新規事業とは何か、なぜ必要なのか
現代の市場環境は激変しています。新しい科学・情報技術が人々の消費行動を変え、製品ライフサイクルは短くなり、なかには市場から淘汰される製品・サービスもあります。激化する環境下で、多くの企業が必要としているのが新規事業です。
では、そもそも新規事業とはどのようなものでしょうか。中小企業庁によると、企業の事業展開には5種類あり、うち4つが新事業展開であるとしています。5種類の事業展開とは、(1)市場浸透戦略、(2)新市場開拓戦略、(3)新製品開発戦略、(4)多角化戦略、(5)事業転換戦略で、うち新事業展開であるのが(2)(3)(4)(5)とされています。
事業展開の戦略
戦略 | 説明 | |
(1) | 市場浸透戦略 | 既存市場で既存製品・サービスを展開する戦略。競合他社との競争に勝つことにより、マーケットシェアを高めていくことが主となる |
(2) | 新市場開拓戦略 | 新市場で既存製品・サービスを展開する戦略。新たな販路を見いだすことが主であり、例えば、海外展開を実施していくことが挙げられる |
(3) | 新製品開発戦略 | 既存市場で新製品・サービスを展開する戦略。既存製品に新たな機能を付与したり、新製品・サービスを開発したりするものの、あくまでも既存顧客への展開を目指す |
(4) | 多角化戦略 | 既存の事業を維持しつつ、新市場で新製品・サービスを展開する戦略。新たな分野で成長を図る戦略であり、高リスクを伴う場合が多い |
(5) | 事業転換戦略 | 既存の事業を縮小・廃止しつつ、新市場で新製品・サービスを展開する戦略。多角化戦略よりも、高リスクとなる場合が多い |
【出典】中小企業庁「中小企業白書2017」第2-3-1図、Ansoff,I.(1957). Strategies for Diversification, Harvard Business Review, Vol.35 issue 5, Sep-Oct 1957, pp. 113-124を基に中小企業庁作成
新規事業の手法として、よく話題にのぼるのが、(1)リーンスタートアップと(2)ゼロ・トゥ・ワンです。
リーンスタートアップとゼロ・トゥ・ワン
戦略 | 説明 | |
(1) | リーンスタートアップ | 立案したビジネス案に対し構築・検証を行い、納得のいかない検証結果が出た場合は軌道修正する手法。事前にあまり計画せず、できるだけ早くつくるべき製品・サービスをつきとめるべく行われる |
(2) | ゼロ・トゥ・ワン | 1をnにするのではなく、ゼロから1をつくり出す、まったく新しい誰も見たことがないものを産み出す手法。競争を避け、独占できるようなコンセプトを事前に計画し、そこにすべてを賭ける |
【出典】リーンスタートアップ:道原健太・湯浦克彦「リーンスタートアップ・ビジネス計画法における有効性の評価方法」、宇都宮大学・久保博義「リーンスタートアップ」/ゼロ・トゥ・ワン:ピーター・ティール「ZERO to ONE」
このような新規事業の手法、新事業展開の戦略をどう選択していけばよいかを考えていきます。
新規事業が必要な背景
新規事業・スタートアップが少ない日本
日本企業の新事業展開の状況はどうなっているのでしょうか。下図は2013年から2018年に新事業展開を行った企業の割合です。実施した企業は製造業で18.3%、非製造業で16.1%と、あまり高いようには見えません。
中小企業に限って新事業分野へ進出したかどうかを見てみると、「進出した」企業は製造業が16.6%、非製造業は14.2%と、さらに低くなっています(中小企業庁「中小企業白書2020年版」)。
国際的に見ても、日本の起業・スタートアップ数は少ないことが知られています。下図はGDPに占めるベンチャー・キャピタル投資額の割合で、32カ国中トップのイスラエルと比べると、日本は10分の1程度です。また、ユニコーン企業と呼ばれる創業10年以内で評価額10億ドル以上、かつ未上場の企業も少ないことが知られています。
GDPに占めるベンチャー・キャピタル投資額の割合

【出典】OECD「Entrepreneurship at a Glance 2015」
ただし、経年変化を見ると面白いことが分かります。中小企業白書2018年版によると、設備投資を行った企業の目的が「新事業への進出」である割合は2007年度が14.5%、2012年度が11.8%、2017年度が11.1%と減少傾向にあるのに対して、M&Aを行った企業のうち目的が「新事業展開・異業種への参入」である割合は、2009年以前が16.1%、2010〜2014年が17.5%、2015年以降が24.6%と増加傾向にあります。
つまり、自社のみならず社外の人材・技術といった経営資源をも活用するオープンイノベーション、協業やM&Aによって新事業への展開を模索する日本企業の姿を見て取ることができるのではないでしょうか。
新規事業を起ち上げるときに知っておきたいこと
新規事業計画によく見られる問題点
総務省ICTベンチャー向け事業計画作成支援コースによると、新規事業計画には以下のような問題点が多く見られるそうです。
・技術やアイデアへの過信、思い込み
・その事業ビジョンをなぜ追求するのかの検討不足
・競争優位性、売上計画、消費行動パターン・顧客ニーズの検討不足
・数値の計画だけ
・社長自身の事業計画遂行への強い意志・熱意の不足
激変する市場環境、予測しがたい未来、さらに新型コロナウイルスの影響が加わった困難な状況下、新規事業の起ち上げを検討する企業は少なくないでしょう。しかし、前述のような過信や検討不足を避けなければ、新規事業は成功に至らないでしょう。事業計画の策定方法については、以下関連記事で詳しく説明しています。
同時に、新規事業展開においては、資金繰りやどの市場をどういう商品・サービスで目指すか、販路開拓が課題として挙げられます。ここでは、決してショートしてはならない資金繰りに絞って課題解決の仕方を見ていきましょう。
資金繰りの手段
新規事業の資金繰りには以下の手段が知られています。
・政府系金融機関・外郭団体による融資や支援
・補助金・助成金、給付金
・民間金融機関による融資
・クラウドファンディング
・ファクタリング
・家族や親戚、知人などからの借入
特に急ぎの資金が必要で、借り入れる先の家族や親戚などが見込めない場合は、ファクタリングが検討できます。しかし、これは給与ファクタリングという金融庁によって違法となった制度と混同しやすく、後述します。まず、多くの場合に必要となる中長期を見据えた資金繰りについて解説します。
政府系金融機関・外郭団体による融資や支援
【日本政策金融公庫】
日本政策金融公庫や中小機構、商工組合中央金庫(商工中金)が融資・支援を行っています。まずは日本政策金融公庫による融資を見てみましょう。日本政策金融公庫の融資制度では、(1)新事業育成資金(2)資本性ローン(挑戦支援資本強化特例制度)(3)新株予約権付融資制度などが利用できます。
(1)新事業育成資金:https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/01.html
融資限度額は直接貸付6億円まで。高い成長性が見込まれる新たな事業を行う企業向けの融資です。新事業を事業化させておおむね5年以内、他企業に利用されていない知的財産権や中小企業技術革新制度に係る特定補助金などの交付を受けて開発した技術を利用して新事業を行う予定であるといった条件があります。
返済期限や返済の利率(年)は上限3%というように、信用リスクなどにより変わります。返済期限は設備資金が20年以内(うち据置期間5年以内)、運転資金7年以内(うち据置期間2年以内)です。
(2)資本性ローン(挑戦支援資本強化特例制度):https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/57_t.html
融資限度額は1社あたり3億円。(ただし事業承継・集約・活性化支援資金(企業活力強化貸付)は1社あたり別枠3億円)新規事業や企業再建などに取り組む中小企業の財務体質強化を図るための融資です。新企業育成貸付、企業活力強化貸付または企業再生貸付と、利用する貸付制度により、それぞれの返済期限と利率(年)が適用されます。
(3)新株予約権付融資制度:https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/shinkabu.html
企業が新たに発行する新株予約権を、日本政策金融公庫が取得する代わりに無担保で融資する制度です。新たに発行される社債の取得や貸付でも可能です。新株予約権とは、権利を行使することによって、企業の株式を一定の行使価格で入手できる権利のことです。融資限度額は2億5,000万円。ただし当制度の融資および社債の合計の限度額は6億円となっています。返済期間は7年以内、利率(年)は基準利率(上限3%)です。なお原則的に日本政策金融公庫が新株予約権を行使して株式を取得することはありません。
【中小機構】
また、経済産業省主管の外郭団体である中小機構では、(1)農商工等連携の支援(2)NIPPON MONO ICHIといった新規事業展開の支援策を設けています。
(1)農商工等連携の支援:https://www.smrj.go.jp/sme/new_business/agri_commerce/index.html
農商工等連携とは、農林漁業者と商工業者が互いの強みを活かして新商品・新サービスの開発・生産・需要開拓を行うことです。こうした連携によって新商品・新サービスを開発しようという中小企業に対して、中小機構が事業の構想段階から事業化まで一貫して支援を行います。
支援内容としては、専門家による事業計画策定のノウハウ提供、国の認定取得支援、認定後の商品開発へのアドバイス、計画実施・支援策活用サポート、展示会や面談会の開催、販路開拓などが挙げられます。これらに関して首都圏のみならず、全国10カ所の地域本部・事務所で無料相談を受け付けています。なお、連携によって作成した事業計画が国の認定を得た場合は、政府系金融機関による低利融資などの支援を受けることもできます。
(2)NIPPON MONO ICHI:https://nipponmonoichi.smrj.go.jp/about/support/
中小機構では、民間企業と中小機構がパートナーシップを結び、地域の活性化・ブランド化を推進するプロジェクト「NIPPON MONO ICHI」を推進しています。このプロジェクトでは、中小企業が地域の産品や技術を活かし、新商品・新サービスを開発することを支援しています。
例えば、次のような支援を行っています。展示会主催、同展示会展示ブースの専門家による装飾アドバイス、セミナー開催(業界知識の取得セミナー、ウェブ活用セミナー、知的財産に関するセミナーなど)、展示会出展商品に対する評価・アドバイス、商談機会提供、広報PR支援、販路提供など。
【商工組合中央金庫(商工中金)】
https://www.shokochukin.co.jp/corporation/service/solution/new-business/
商工組合中央金庫(商工中金)では、リスクの高い事業に乗り出そうとする地域・地方の中核企業や、再編や新たな成長が見込まれる産業に対して、商工中金の持つ全国ネットワークを活かした次のような支援を行っています。事業計画策定のサポート、補助金や助成金といった公的支援制度の紹介・申請サポート、全国・海外のネットワークを活かしたビジネスマッチング、M&Aサポート、一括返済融資、知的財産にかかわるサポートなど。
さらに、商工中金経済研究所では、知的財産権の取得から管理まで、弁理士が電話や面談による無料面談に応じてくれます。また商工中金の外部連携先である工業所有権情報・研修館(INPIT)では、47都道府県に無料の相談窓口を置いており、担当者が会社に直接訪問して知的財産の創造・活用・保護にかかわる総合的なアドバイスをしています。
・補助金・助成金、給付金
(1)ものづくり補助金:https://seisansei.smrj.go.jp/pdf/0101.pdf
補助上限:1,000万円/補助率1/2(原則)
※ただしグローバル展開型は最大3,000万円
新商品・新サービスの開発、生産プロセス改善に必要な設備投資・システム構築などに関して支援が受けられます。次の3つの要件を満たす3~5年の事業計画を策定・実施する中小企業であることが条件です。(1)付加価値額+3%以上/年、(2)給与支給総額+1.5%以上/年、(3)事業場内最低賃金(1人当たりの時間給)=地域別最低賃金+30円以上。加えて革新性や事業性などの審査があります。
(2)持続化補助金:https://seisansei.smrj.go.jp/pdf/0102.pdf
補助上限:50万円/補助率:2/3
店舗の改装やチラシの作成、広告掲載など、ブランド力の向上により販路開拓を目指す小規模事業者が対象です。提出する事業計画期間で「給与支給総額が年率平均増加」「事業場内最低賃金を地域別最低賃金より増加」を計画していることが必須条件です。
(3)IT導入補助金:https://seisansei.smrj.go.jp/pdf/0103.pdf
補助上限:A類型は30万~150万円未満、B類型は150万~450万円/補助率:1/2
業務効率化や顧客獲得など生産性向上につながるITツールを導入する中小企業を支援します。いずれも提出する事業計画期間で「給与支給総額が年率平均1.5%以上向上」「事業場内最低賃金が地域別最低賃金+30円以上」を満たすことなどが加点要件です。
・民間金融機関による融資
コロナ禍において、日本政策金融公庫が行う「新型コロナウイルス感染症特別貸付」への申請が殺到し、融資実行までに通常よりも時間がかかってしまっています。こうした状況を受け、国は2021年5月1日から都道府県などによる制度融資の仕組みを用いて、「民間金融機関での実質無利子・無担保、据置最大5年、保証料減免の融資」を開始します。
融資上限は6,000万円、返済期間10年(据置期間5年以内)で、次のいずれかを満たしていることが要件です。
(1)セーフティネット保証4号(売上高▲20%)の認定
(2)セーフティネット保証5号(売上高▲5%)の認定
(3)危機関連保証(売上高▲15%)の認定。
申し込み・相談は取引のある民間金融機関の窓口で行います。
【出典】J-Net21(中小機構)「民間金融機関での実質無利子・無担保・据置最大5年・保証料減免の融資」「セーフティネット保証・危機関連保証(信用保証制度)」
・クラウドファンディング
インターネットを介して不特定多数の人々から資金を調達する方法がクラウドファンディングです。民間金融機関が不確実性の高い新規事業に対する融資に消極的になるような景況下、中小企業・小規模事業者といった非上場企業が資金を調達するために使える、従来型の融資などに代わる資金調達法として注目を集めています。クラウドファンディングには、主に以下3つのタイプがあるとされています。
(1)融資型(投資型)
資金需要のある企業が資金使途・返済期間などをウェブサイトに掲載し、これを出資者が閲覧、当該企業のリスク・金利などを考慮して融資するものです。また現在は金融緩和されて一定の非上場株式の勧誘が可能になったため、クラウドファンディングで株式投資を勧誘できるようになっています。
(2)購入型
資金需要のある企業・個人が商品・サービスや権利を販売し、得た代金をもとにプロジェクトを実行するものです。J-Net21(中小機構)によると、東日本大震災の被災者が製造した製品が購入型クラウドファンディングを介して購入されることにより、復興支援に寄与したと評価されています。
(3)寄付型
資金需要のある企業・個人が資金を必要とするプロジェクト詳細をウェブサイトに掲載、これを見た個人などが自らプロジェクトを選んで支援するものです。
クラウドファンディングの例
タイプ | サービス名 | 事業者 | ウェブサイト |
融資型(投資型) | イークラウド | イークラウド株式会社 | https://ecrowd.co.jp/ |
融資型(投資型) | FUNDINNO | 株式会社日本クラウドキャピタル | https://fundinno.com/ |
融資型(投資型) | CAMPFIRE Angels | DANベンチャーキャピタル株式会社 | https://angels.camp-fire.jp/ |
購入型 | READYFOR | READYFOR株式会社 | https://readyfor.jp/ |
購入型 | CAMPFIRE | 株式会社CAMPFIRE | https://camp-fire.jp/ |
購入型 | COUNTDOWN | アレックス株式会社 | https://www.countdown-x.com/ja/ |
購入型 | Makuake | 株式会社マクアケ | https://www.makuake.com/ |
寄付型 | GoodMorning | 株式会社Good Morning | https://camp-fire.jp/goodmorning |
寄付型 | LIFULL | 株式会社LIFULL | https://lifull.com/ |
寄付型 | FAAVO by CAMPFIRE | 株式会社CAMPFIRE | https://camp-fire.jp/faavo |
【出典】日本政策金融公庫「中小企業やNPOの可能性を広げるクラウドファンディング」
・ファクタリング
ファクタリングとは、売掛金などの債権を譲渡するといった方法で現金を調達できる資金繰り手法です。未回収の売掛金のリスクを軽減することもできるため、企業の強い味方といえます。以下に述べる貸金業無登録業者が行うものでなければ合法ですので、短期資金が必要な企業には検討しうる選択肢となるでしょう。
注意が必要なのが給与ファクタリングです。給与ファクタリングとは、従業員に支払う給与を債権とみなし、これをファクタリング業者に一定の手数料を支払って買い取ってもらう仕組みです。
給与ファクタリングは金融庁により貸金業とされており、貸金業登録業者のみ行うことができます。貸金業登録を受けていないファクタリング業者(ヤミ金融業者)が行う給与ファクタリングは違法で、また高額な手数料を支払わされるケースもありますので、注意しましょう。
【出典】警視庁「無登録のファクタリング事業者に注意!」
実際に新規事業はどのように展開されているのか
日本でも、オープンイノベーションやCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)といった、外部資源とともに起ち上げる新規事業が増えています。CVCとは、事業会社がベンチャー企業に対して株式投資を行うことです。企業がいち早くベンチャー企業の新技術にアクセスする方法として注目を浴びています。経営学の分野でも、従来は社内ベンチャー研究が多く見られたのが、特に2010年代からはCVCを扱う論文が増えているといいます。
【参考】福嶋路(東北大学大学院経済学研究科)「新規事業創造についての研究の系譜」
とはいえ、同上論文では「社内ベンチャーという仕組みは、CVCと並んで、日本企業にとって真剣に検討し取り組むべき新規事業創造の手段であり続けると思われる」ともしています。また異なる論者によると、社内ベンチャーの長所として「既存資源の活用」「才能ある起業家を社内にとどめることが可能」という点をあげています。同時に、社内ベンチャーの課題についても次のように述べています。
進出部門の将来性が不確実でありリスクが大きいこと、新規事業の販売等のノウハウの獲得が困難であること、あるいは、技術的ノウハウが不足していることなどを、新規事業を行う際の問題点としてあげている企業が多くなっている。このことは、既存企業にとって、新規事業分野の情報が不足していることを意味し、新規事業への進出の難しさを示しているように思われる。
【出典】飛田幸宏「新規事業創造の企業戦略に関する一考察」(高崎経済大学論集)
社内ベンチャーもいまだ重要な新規事業への取り組み方ではあるものの、同時にノウハウ獲得の困難さやノウハウ不足、新規事業領域の情報不足が課題としています。そこで、社内ベンチャーの課題を踏まえた取り組み方とともに、新しい経営理論として登場し、近年取り組む企業が増えてきた、以下2つの新規事業の展開方法を見ていきましょう。
・両利きの経営
・オープンイノベーションとCVC
両利きの経営
両利きの経営とは、(1)既存事業の効率化と漸進型改善(知の深化)と、(2)新規事業の実験と行動(知の探索)の2つを同時にバランス良く進める経営手法です。2016年にチャールズ・オライリー氏(スタンフォード大学系大学院教授)とマイケル・タッシュマン氏(ハーバード・ビジネス・スクール教授)が提唱しました。
実証研究によると、両利きの経営によって、イノベーションや財務指標、企業生存率といった企業業績が向上するとされています。逆に、知の深化のみを行って目先の利益にばかりとらわれていると「成功の罠」に陥り、最悪の場合は倒産に至る、という例が報告されています。
両利きの経営は、特に十分なリソースを持つ大企業で有益であるとされますが、同時に企業環境の不確実性が大きい場合にも一層有益であるとされています。AIやロボットといった新技術により市場環境が激変する現代、どの企業にも有益であると考えることができるのではないでしょうか。
両利きの経営は、いまや日本企業でもよく知られるようになり、応用を試みる企業も増えているとはいえ、発展途上の学説であるともいえます。また日本での実証研究がまだ不足していることも否めません。知の深化と知の探求に、企業内外の資源をいかに配分するかという課題は、従来からあったR&Dへの資源配分をどうするか、という課題と相似しています。
それでもなお興味深い議論であることは間違いないため、参考となる資料をご紹介します。もちろん、チャールズ・オライリー氏とマイケル・タッシュマン氏による書籍「両利きの経営」(邦訳あり)が参考になることは言うまでもありません。
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「世界の経営学が示唆する、イノベーション創出のための人材・組織マネジメントのあり方」
オープンイノベーションとCVC
イノベーションが企業の成長と新たな価値の創出にとって重要であることは、多くの人にとって論を待たないところでしょう。しかし、従来のイノベーションや価値創出の方法が限界に達したという議論があります。オープンイノベーションは、そうした従来のクローズドイノベーションに代わる企業成長・価値創出の方法として注目を浴びています。
オープンイノベーションとは、社内のみならず他の企業・団体の人材・アイデア・知的財産などのライセンスを連携・活用することにより新たな価値を創出する活動です。クローズドイノベーションとオープンイノベーションには、以下のような違いがあるとされています。
クローズドイノベーションとオープンイノベーションの比較
要素 | クローズドイノベーション | オープンイノベーション |
人材 | 自社内で最良の人材を有する | 自社で最優秀の人材を抱えているわけではなく、社内外に限らず優秀な人材と連携する |
研究開発 | 研究開発から収益を得るためにも、自社で研究開発から販売まですべて行う | 外部研究開発も付加価値を創出することができる。一方、その価値の一部を享受するには内部研究開発も必要である |
市場化 | イノベーションを早く市場投入した企業が優位に立つ | 市場化よりビジネスモデルの構築が優先 |
マインド | 最良のアイデアを最も多く製品化できれば優位性を築くことができる | 社内外のアイデアを効果的に活用することができるかが鍵 |
知的財産 | 自社の知的財産は厳重に保護すべき | 他社間とのライセンスアウト/ライセンスインを積極的に行うべき |
出所:MIT Sloan Management Review, “Top 10 Lessons on the New Business of Innovation”, 2011 |
【出典】NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)「オープンイノベーション白書・第二版」
しかし、何でも自前主義を排してオープンイノベーション、すなわち外部の企業や研究機関などと提携すればよいというわけではありません。「オープンイノベーション白書・第三版」によると、オープンイノベーションとは「創出したい価値を実現するにあたって、自社の技術やリソースを活用することを前提としつつ、足りない技術やリソースに関して「自前で行うべきか」「他社から借りた方が良いか」を検討することと同義」とされています。
一方CVCとは、前述のとおり事業会社がベンチャー企業に対して株式投資を行うことで、企業がいち早くベンチャー企業の新技術にアクセスする方法でもあります。つまり、オープンイノベーションの一形態であるといえるでしょう。日本で成功したベンチャー企業の数が諸外国よりも少ないことは前述のとおりですが、理由の一つとして、CVCが十分に認知されず、普及していないことが指摘されています。
以下ではオープンイノベーション・CVCの現今の課題と遂行時の注意点、参考となるサイト・資料を紹介します。
【オープンイノベーションで参考となるサイト・資料】
・NEDO「オープンイノベーション白書」初版・第二版・第三版
・特許庁「オープンイノベーションポータルサイト」
・経済産業省「新たなイノベーションエコシステムの構築に向けて」
【CVCで参考となるサイト・資料】
・経済産業省「平成30年度産業技術調査事業(研究開発型ベンチャー企業と事業会社の連携加速に向けた調査・最終報告書)」
・経済産業省「我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究〜CVC・スタートアップM&A活動実態調査ならびに国際比較〜」
社内ベンチャー
学問的にはさまざまな見解がありますが、一般的に社内ベンチャーとは既存企業のなかにあって新商品を開発したり新市場へ進出を検討したりする試みであるといえます。新規事業の展開を目指す場合、利益が出ないかもしれないリスクを負いますが、オープンイノベーションやCVCといった外部資源を用いないメリットとしては、人材育成が可能である点、革新性を重視する企業風土が醸成できる点があげられるでしょう。
最近の研究では、両利きの経営という視点から、知の深化と知の探索を両立させる組織形態として社内ベンチャーを捉える考え方があります。ただし、知の探索に傾注すると失敗につながりかねないため、トップやマネジメント層との関係構築を巧みに行い、知の深化をもバランス良く行うことが社内ベンチャーの生存率を高めるとされています。
【出典】福嶋路(東北大学大学院経済学研究科)「新規事業創造についての研究の系譜:社内ベンチャーとCVCについての研究動向」