人的資本経営とは|人材の価値を最大限引き出す実践のポイント

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近年、投資家からの要望や海外での開示義務化などの背景から「人的資本経営」という言葉が注目を集めています。人的資本についての情報開示を求められているものの、「何から始めればいいか」「ガイドラインをどう自社に当てはめていけばいいか」など、困惑している担当者の方も多いのではないでしょうか。

本記事では、人的資本経営の定義や本質、実際に進めていくためのステップを解説します。開示に動いていくために、必ずおさえておきたいポイントも紹介しますので、ぜひ参考にしてください。

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目次

人的資本経営とは

経済産業省は、人的資本経営について以下のように定義しています。

人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方

【参照】経済産業省「人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~ 」

企業が投資する資本の中には「有形資本」と「無形資本」があり、人的資本は無形資本に分類されます。具体的な要素は、従業員の能力や経験などです。

さらに細分化していくと、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した、ISO30414「人的資本に関する情報開示ガイドライン」では以下11の領域に関する指標が提示されています。

ISO30414「Human resource management」

  1. コンプライアンスと倫理
  2. コスト
  3. ダイバーシティ
  4. リーダーシップ
  5. 組織文化
  6. 健康・安全
  7. 生産性
  8. 採用・異動・離職
  9. スキルと能力
  10. 後継者の育成
  11. 労働力
【参考】ISO「 ISO 30414:2018 - 人的資源管理 - 内部および外部の人的資本報告のためのガイドライン

企業を支える人材の能力や経験に投資して、企業価値の向上を目指す経営手法が人的資本経営だと言えます。

日本と海外の人的資本経営への取り組み 

日本では、2022年5月現在、人的資本についての情報開示は義務化されていません。しかし、アメリカではすでに義務化が進んでおり、グローバルスタンダードに適応するため、準備を進める日本企業も多くあります。

本章では、日本の現状と海外の現状をまとめました。

日本における人的資本経営

情報開示の義務化はされていないものの、2020年9月に経済産業省が変革の方向性や人材戦略についてまとめた「人材版伊藤レポート」を発表しています。このレポートは、2020年1月に開催された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書です。

企業が経営環境の変化に対応しながらも持続的に企業価値を向上させていくことを目的とし、人材戦略に関する経営陣、投資家それぞれの役割や投資家との対話のあり方、関係者の行動変容を促す方策が検討されました。


【参考】経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)

さらに、2022年5月には、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するかという点について、レポートの内容を深堀り・高度化した「人材版伊藤レポート2.0」が発表されました。特に、「3つの視点」「5つの共通要素」という枠組みに基づいてそれぞれの視点や共通要素を人的資本経営で具体化させようとする際に、実行に移すべき取組、及びその取組を進める上でのポイントや有効となる工夫が示されています。

また、2021年6月には、東京証券取引所と金融庁によってコーポレートガバナンスコードが改訂されています。「人的資本に関する開示・提示」と「取締役会による実効的な監督」が求められるようになり、投資家目線での情報開示の必要性も高まってきました。

現在も引き続き、人的資本情報の開示について内閣官房や金融庁などで議論や検討が進んでおり、規制の改訂や新たな基準の策定が発表される予定です。

海外における人的資本経営

人的資本の情報開示に向けた議論は、世界各地で急速に進んでいます。

EUでは2022年10月にも人的資本を含めたESG(環境・社会・企業統治)の情報開示ルールが策定される予定です。2017年度会計年度より、従業員500人超の企業には人的資本開示が義務化されていますが、開示する内容の詳細は定めていませんでした。

アメリカでは、2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)がアメリカの上場企業に対して人的資本の開示を義務化しました。開示内容は各企業の自主性に任されていますが、現在開示すべき項目の具体的な指定と、法律による義務化についての審議が進められています。

以前からアメリカは人的資本を含む無形資産への投資を積極的に進めてきた背景があります。アメリカの知的財産に関するアドバイザリー会社であるOcean Tomoが発表した 「Intangible Asset Market Value Study」によると、S&P500の市場価値の構成要素は下図のように変化しています。


【参考】OCEAN TOMO「Intangible Asset Market Value Study」

1975年には有形資産が8割ほどだったのが、2015年には逆転し、2020年には無形資産の割合が9割を超えていることがわかります。市場価値の構成要素として無形資産が重視されるようになってきていることからも、人的資本を重視している姿勢が見えます。

人的資本経営に注目が集まっている理由

近年、日本で人的資本経営という言葉が使われるようになったきっかけは、海外での開示の義務化が大きいでしょう。では、なぜ世界的に人的資本経営に注目が集まっているのでしょうか。

理由として、以下の2つが考えられます。

    1. 技術の進歩による市場の成熟
    2. ステークホルダーの意識の変化

1.技術の進歩による市場の成熟

自動化が進んだ第3次産業革命を経て、世界の市場はAIやロボットが業務を最適化する第4次産業革命を迎えています。テクノロジーを活用して市場が成熟していくと、企業は技術力だけで競合との差別化を図ることが難しくなっていきます。


そこで重要になるのが、イノベーションのアイデアを生み出せる人的資本です。現在の技術ではAIやロボットは学習により最適解を導き出すことはできるものの、潜在的ニーズを探り出したり、市場を破壊するような革新的なイノベーションを起こしたりといったクリエイティブな活動はできません。

均質化された市場の中で競合優位性を保つために、従業員が価値を発揮できる環境を整える「人的資本経営」が求められているのです。

2.ステークホルダーの意識の変化

環境汚染や不当労働問題などの社会課題を受け、企業の持続可能性(サステナビリティ)を評価する投資家や消費者が増えています。サステナビリティは下記の3つの観点から評価されます。

    • 環境:森林伐採、海洋温泉、温室効果ガスなどの環境問題への取り組み
    • 社会:ジェンダーや教育の格差に取り組み、社会の安定への貢献
    • 経済:貧困問題や労働環境、セーフティネットなど社会保障の整備・拡充

上記のうち、経済に関する取り組みとして求められているのが「人的資本経営」です。サステナビリティを重視して投資を行うことは「ESG投資」と呼ばれており、人的資本開示を進めるきっかけになっています。

投資家や消費者に対して適切な取り組みを行っている企業であることを示すために、人的資本経営を進める企業も多いでしょう。

関連記事「ESG/ESG投資とは?企業が取り組むべきことと事例を紹介」を見る

人的資本経営を実践するためのステップ

人的資本経営を実践していくには、どのようなステップで進めていけばよいでしょうか。基本的には、以下のPDCAを回すことが求められます。

    1. 経営戦略と人材戦略を紐づけ、目指す姿を設定する
    2. KPIの設定と施策の考案
    3. モニタリング・改善

1.経営戦略と人材戦略を紐づけ、目指す姿を設定する

まずは、経営戦略と人材戦略の紐づけを行うことが重要です。

パーソル総合研究所の「人的資本情報開示に関する実態調査」によると、人的資本情報のマネジメント実態について「経営戦略と連動する人材戦略が策定できている」と回答した上場企業の役員層・人事部長は59.2%でした。

また、人的資本情報のデータ蓄積やHRテックの導入など<HOW>の部分の項目を中心に役員層と人事部長の認識のギャップが大きいことがわかりました。

経営戦略と人材戦略に乖離が発生する理由にはさまざまなものが考えられますが、経営層と人事部門の認識合わせが甘く、お互いの考えを十分に理解できていない可能性が高いでしょう。例えば、次のようなケースです。

  • 人事部門から人材戦略を立案し、経営層に提案しているものの、理解されず、独自にできることを進めている
  • 人事部門のメンバーがボードメンバーに含まれておらず、経営戦略の立案に関与できていない
  • 経営層の指示にしたがって人事部門が人材戦略を立案したものの、指摘された点のみしか反映できていない(経営の意図がつかみ切れていない)

まずは目指す姿のゴールを設定するために、時間軸を考慮し、以下2つの観点で自社を客観的に整理します。

    • 過去から現在に至るまで取り組み
    • 現在から未来に向けて目指す姿

今までの取り組みと、それによって作られた自社の現在の状況を踏まえて目指す姿とのギャップを把握することで、より強化すべきものや足りないものが見えてきます。

戦略の乖離を防ぐための方法として人材データを見える化し、共通言語を持つことが挙げられます。しかし、企業として「どのような組織を目指していくか」の共通認識がないと、そもそもどのような情報を、どのような粒度で見ていくかを決めることができません。データを蓄積することが先行してしまわないよう、注意しましょう。

2.KPIの設定と施策の考案

自社が目指す姿を設定できたら、次はどのような施策を行っていくか考えていきます。KPI設定では、3つの視点を持つことが重要です。

KPI設定において重要な視点

①未来志向:過去を振り返りながら、現状を認識し、未来を語る
②経営戦略との整合性:部分最適にならないよう、経営戦略との連動を意識する
③自社らしさ:他社との比較可能性を担保するための共通項目と、自社らしさを表現する独自性を盛り込む

人的資本の開示が目的化することは避けるべきですが、投資家は対象とする企業が「投資先として適切か」という信頼性を見ています。信頼性は現在の能力(売上や保有する技術)だけではなく、「描いた戦略を実行するための力を持っているか」や「描いた戦略を強く推進する意図(姿勢)が感じとることができるか」といった側面からも判断されます。

特に他社と比較できる共通項目以外に、自社らしさを表現する独自性を盛り込むことは、経営層のビジョンや意思決定の背景を見せることにもつながります。3つの視点を意識することで、ステークホルダーにとって魅力的な企業の姿を伝えることができます。

なお、すべての施策に対し、定量的なKPIを設定しなければいけないわけではありません。人事データで示される数値は、あくまで議論を促進するためのものです。情報の開示やツールの活用が目的化して、無理に定量的なKPIを設定しないよう、注意しましょう。

3.モニタリング、改善

最後に、施策の実行と効果検証を行います。効果検証には下記のような方法を用い、設定した目標への到達度や施策実行による変化の推移を検証します。

    • 人事データの整理
    • エンゲージメントサーベイ
    • KPIを参考にした議論

有給取得率や研修受講率といった定量的なKPIの場合は、システムを活用して人事データを整理することで検証できます。

給与や福利厚生、環境に対する満足度には、エンゲージメントサーベイを用いるとよいでしょう。エンゲージメントサーベイとは、企業と従業員の「心のつながり」を測るための調査のことです。「会社の設備やサポート、人事評価体制についてのこと」「会社での人間関係のこと」「自己研鑽のこと」といった設問を組み込めます。

とはいえ、人的資本は無形資本であるがゆえに、数値化・定量化しにくい部分もあります。定量化されていないものの評価については、プロセスの妥当性や質について議論するとよいでしょう。

施策を通して、社内外に向けて「自社の目指している姿が伝わっているか」「メッセージ性があるか」も判断基準となります。

人的資本経営を行う際は、継続的な取り組みが必要です。人的資本について一度開示して終了ではなく、中長期的に経過や推移を見ていくことで、より将来の予測性が高まり、本来の人的資本経営で求められるあり方へと近づいていきます。

成果と課題とを見きわめ、再度施策の考案へ戻るといったPDCAサイクルを意識して取り組みましょう。


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人的資本経営を実践するためのポイント3選

人的資本経営を実践するステップを紹介しましたが、本来の目的は人的資本経営により、「持続的な成長を図ること」です。目的を達成するため、押さえておくべきポイントは3点です。

    1. 開示を目的化しない
    2. 戦略との紐づけを徹底する
    3. 自社のありたい姿を大切に

1.開示を目的化しない

海外での開示の義務化や投資家の要望など、外部環境からの影響を受けることで開示が目的となってしまうことがあります。そもそも何のために開示するのか、企業価値を高めていくためにどうするべきかを目的として考えることが大切です。

「とりあえず開示する」といった考えで動いてしまうと、データの計測や集計だけで終わってしまうこともあります。あくまで会社を良くしていくための取り組みとして考えましょう。

2.戦略との紐づけを徹底する

人的資本経営を進めていくなかで、人材戦略と経営戦略がかけ離れてしまうことも起こり得ます。例えば、自社の状況が変わっているのに、社内の制度や規定が細分化されており、柔軟に対応しにくくなってしまっているということもあるでしょう。人事部門は採用や研修といった目先の課題に対応するだけでなく、経営戦略を紐どき、未来を見据えた検討が大切です。

全社的に目標とする未来像を描き、実現する道筋を未来から現在にさかのぼって考える「バックキャスト」で考えていきましょう。そのための手段として、人材戦略と経営戦略の擦り合わせを行い、紐づけを徹底していきましょう。

3.自社のありたい姿を大切に

人的資本経営を行ううえで陥りがちな課題として、下記が挙げられます。

  • 他社がやっているからと右に倣え状態になる
  • ガイドラインや指針に準拠し、経営判断に使っていない、重要視していないKPIを設定する

    このような課題があるまま、人的資本経営の取り組みを始めると、ゴールが開示になってしまいます。開示義務や他社との比較可能性への対応も大事な観点ではありますが、自社がありたい姿を大切に、次のような流れで議論を進めましょう。

      1. 「なぜ取り組むのか?(経営戦略と人材戦略と紐づけ)」
      2. 「何が重要か?(テーマの設定)」
      3. 「どのように高めていくか(具体的なアクション)」

    人材に関する内容であることから、人事部門だけで進めてしまうこともあるかもしれませんが、人的資本経営は財務や広報など全部署が関係してきます。そのため皆で同じ方向を向いて進めてこそ真価が発揮されます。将来的な自社の目指す姿について、各部署など小さな範囲で行うというよりは大きな枠組みで捉えることが大切です。

    また、人的資本は無形資産であり、定量化して図ることが難しいこともあるでしょう。だからこそ、全社的に同じ方向を向いて進めていくことが求められます。

    まとめ

    人材を資本として捉え、中長期的な企業価値向上を図る人的資本経営について解説しました。企業の根幹となるビジネスモデルを考えていくのは、人の力です。今後の企業に求められるのは、自社の人材の価値を引き出し、力を発揮できるようにしていくことでしょう。そのためにも人的資本経営に向き合い、将来を見据えた経営を全社で進めていくことが望ましいです。

    そして、人的資本経営を短期の流行と捉えるのではなく、将来あるべき自社の姿を考えていくきっかけとして捉え、変化の激しい社会であっても強みを発揮できる会社へと変革していきましょう。

    人事・組織戦略の最新動向レポートをご覧いただけます

    コロナ禍によって人々のはたらき方は大きく変化し、それに伴い人事・組織戦略の新たな課題も浮かび上がっています。人事施策や組織戦略の展望にお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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    インタビュー・監修

    株式会社パーソル総合研究所 主任研究員

    井上 亮太郎

    大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。組織や人の感情・感性に着目したモデリングや計測をベースとした調査・研究に従事。研究実績:「タレントマネジメント実態調査」(機関誌,2019)、「はたらく人の幸福学」(機関誌,2020)、「仕事における“ワクワク感”の構造化」(日本感性工学会,2020)など。慶應義塾大学大学院特任講師、Project Management Institute(PMP)


    株式会社パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 マネジャー

    中島 夏耶

    東京都立大学大学院経営学研究科修了。大手調査会社において、見えざる資産の顕在化、それを活用した経営に関する調査・研究に多数参画。2018年3月より現職にて人事制度改革やキャリア自律支援等数々の組織・人事コンサルティングプロジェクトに従事。共著書『ミドル・シニアの脱年功マネジメント』(労務行政,2020) 、『経営戦略としての人的資本開示』(日本能率協会マネジメントセンター,2022)、研究レポート「人的資本の開示 調査研究レポート」(一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム,2021)

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