【林要】最高のチームを作るために、おにぎりが必要だ

「はたらいて、笑おう。」と聞いて、どんな「笑い」をイメージするだろうか。もちろん、はたらくということは楽しいことばかりではないだろう。人によっては苦しいことを乗り越えた先にこそ、それはあるものかもしれない。はたらいて「笑う」には、どんな心構えで臨むべきか。6人のプロピッカーからのメッセージをお届けする。

おにぎりがコミュニケーションをつなぐ

GROOVE Xでは19時になると、スタッフがおにぎりを握るんです。これには夜型のスタッフへの配慮もさることながら、皆でおにぎりを頬張りながら、いつもとは違ったコミュニケーションが図れるメリットがあります。

人と人がいかにうまく関わり合うか。これは組織を考える上で、非常に大切なポイントであると僕は考えています。

1人の天才でできる範囲には限りがあります。とくにロボットは、板金からAIまで幅広い専門分野に跨るジャンルですから、多くの人材が機能的に働ける組織づくりが必要となります。

例えば板金が弱くてたわむと、AIの学習や認識の精度が下がるケースもあります。専門性の高い分野が互いに影響し合う中で、いかに横の連携を管理できるかが問われます。

そのためには、チーム間で仕様書をやり取りするだけでなく、できるだけ密なコミュニケーションを取ることが欠かせません。おにぎりはそのための工夫の1つですね。

林要

林要

HAYASHI KANAME

GROOVE X代表

1973年愛知県生まれ。トヨタに入社。同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトを経て、トヨタF1の開発スタッフに抜擢され、渡欧。帰国後、量販車の開発マネジメントを担当。次世代リーダー育成プログラム「ソフトバンク・アカデミア」に外部一期生として参画。孫正義氏に誘われ、ソフトバンクに転職。人型ロボット「Pepper」の開発リーダーを4年担当。2015年、ロボット・ベンチャー「GROOVE X」を起業。著書に『ゼロイチ』がある。

しかし、それぞれが持っている完成イメージというのは、どうしても微妙に異なるものです。その半面、会社として形にしたいユーザー体験ははっきりしていますから、それをすり合わせる過程では、侃侃諤々(かんかんがくがく)の議論が何度も行われることになります。

時にはぶつかり、気分を害し、怒る人も拗ねる人もいるでしょう。でも、ギリギリのところでそれを乗り越え、完成したロボットが動き始めた瞬間には、大きな感動が待っています。

私たちがはたらくことを通して目指す笑いとは、そういう努力とのギャップがもたらしてくれるものではないでしょうか。

人が集団の中で不安を覚える理由

これはソフトバンクでPepperの開発を手がけた時から考えているテーマなのですが、人は本能的に、集団生活を送ることに安心感を覚える生き物です。

なぜなら太古の昔、人は単独で食料を採取することはできても、集団で行動しなければ子孫を残すことができなかったからです。つまり、集団との関わりに不和があると、集団にいられなくなる可能性を予見して、不安を覚える。これもまた、本能と言えます。

もし、仕事でまったく笑うことのできないという人がいるなら、ここに一因があるのかもしれません。

安心感のために重要なのは、集団の中で「役割」を持てているか。そして、その役割を全うし、周囲から評価されているかどうかです。この2つが満たされて初めて、僕らは喜びや充実感を得られるのではないでしょうか。

林要

そこで気をつけなければならないのは、役割と達成感の両方をそれなりに持っていたとしても、認知のバイアスに左右されることで、不平不満が膨らむこともあるということです。

例えば、「自分はこんなに頑張っているのに、どうしてあいつのほうが……」という他責の念。あるいは、「あそこの部署は楽しそうでいいなぁ、俺もあそこなら……」という、隣の芝生が青く見える気持ち。こうした思い込みは、なかなか払拭できるものではありません。

だからこそ、現状に不満を感じている人は、まず自分の役割を再確認し、それを適切に全うすることに立ち返りそのサイクルを少しずつ大きくしていく努力をすることが、結果的にはたらいて笑うことに結びつくのではないかと僕は思っています。

2019年まで一切稼がない組織

もちろん、それは決して簡単なことではありません。僕自身も今、様々な不安を抱えながら日々を過ごしています。なにしろGROOVE Xという会社は、最初の製品をリリースする2019年まで一切稼がないと決めた組織ですから、不安を感じて当然でしょう。

ただ、投資家から募った資金を使うことが、僕の役割でもあります。資金を適切に使って、最短時間で目的を達成し、グローバルに誇れる製品を日本から発信する。そうした役割が明確であるからこそ、不安であっても全うすることができるわけです。

林要

僕らが開発しているロボットは、これまで誰も体験したことのないものです。スタッフにとっても開発経験のないものですから、最初に立てる開発計画は、もっとも経験不足の時に立てた不確実な計画に過ぎません。それが正しい保証はないのです。

そのためGROOVE Xでは、すべての計画を詰めてから開発に取り組むウォーターフォール型開発ではなく、試行をくり返し開発を進めるアジャイル型を採用しています。これは言い換えれば、「2週間後には2週間後の壁があるから、その時に考えよう」という、極めてEasy Goingなスタンスです。

こうした組織の大きなメリットは、一人ひとりが率先して役割を探しに行くことができる点にあります。もし何らかの穴を見つけた場合、積極的にそれを塞ぎに行っても、本来の作業が遅れて怒られることはないからです。こうした安全、安心が担保されていることは、自律的な組織をつくる上では、何より重要でしょう。

それでも、苦労や誤算の連続。それを乗り越え、目指すものを世に提供できた時――、僕たちがどのような笑顔を見せるのか、楽しみにしていただきたいですね。

林要

※この記事は2017年6月の取材を基に作成し、同7月4日に掲載されたものです。

(聞き手:友清哲 編集:久川桃子 撮影:岡村智明)