【林千晶】仕事の苦難は、笑うための「助走」期間

「はたらいて、笑おう。」と聞いて、どんな「笑い」をイメージするだろうか。もちろん、はたらくということは楽しいことばかりではないだろう。人によっては苦しいことを乗り越えた先にこそ、それはあるものかもしれない。はたらいて「笑う」には、どんな心構えで臨むべきか。6人のプロピッカーからのメッセージをお届けする。

仕事に関する苦難には種類がある

はたらいて笑うのは素敵なことですが、いつも笑いながらはたらけるわけではありません。誰しもかなえたい夢に向け、本気で挑むことがあるでしょう。そのプロセスでは、苦しいこともたくさんあるはず。でも、やりたいことに向かって懸命に頑張った結果として心から笑うことができたなら、これほど幸せなことはありません。

私自身、いつも笑っているように思われがちですが、悔しくて泣くことも、反省して泣くことも多々あります。ロフトワークは未来をつくることに特化した専門集団ですが、だからこそ、見えないものに向かっていく難しさがあります。

逆に、見えることに向かっていくことや、日々のルーティンワークが容易かというと、決してそうではありません。これは筋トレで例えると鍛える部位の違いです。新しい何かを生み出す仕事なら、手探りで進む苦しさがあり、道筋を発見した時の歓びがあります。

一方で、ルーティンワークでも日々行うことで見えてくるものがあり、継続する厳しさがありますよね。

仕事にはそうした苦難があるからこそ、やり遂げた時に「良かった」と笑うことができるのでしょう。

もしも今、目の前の仕事や環境がつらいものだったとしても、それがかなえたい夢につながる助走期間であるととらえられれば、前向きになれるのではないでしょうか。

林千晶

林千晶

HAYASHI CHIAKI

株式会社ロフトワーク代表と取締役

2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニケーションデザイン、空間デザインなど、ロフトワークが手がけるプロジェクトは年間200件を超える。デジタルものづくりカフェ「FabCafe」を世界9カ所で運営。MITメディアラボ所長補佐も務める。2015年4月には「株式会社飛驒の森でクマは踊る」を設立、代表取締役社長に就任。共著『シェアをデザインする』『Webプロジェクトマネジメント標準』など。

私が新卒で花王に就職したのは、自分も含めて女性が自信を持ってはたらけるようにしたかったからです。

たとえば肌が荒れるとちょっと落ち込んでしまうように、女性の自信は案外外見と密接な関係があります。特に若いうちは、スキンケア、流行のメイク、ヘアスタイルなど、自分がどう見えるかに関心が高まります。

ところが、実際に化粧品事業部ではたらき始めると、自分も含めて日本女性の肌が、予想以上に荒れていることがわかりました。

アメリカ留学で「はたらき方」の多様性に注目

人はストレスを感じると、肌を酸化させる物質を分泌します。そこで化粧品の力を借りて酸化物質の働きをおさえ、美しくあろうとするわけです。

でもそれでは根本的な解決にならないのではないかという疑問が、日に日にわいてきたのです。むしろ、ストレスに負けない心や環境をつくることのほうが大切なのではないか、と。

そこで私は、「はたらき方の多様性」をもっと知り、いつかはたらく女性をテーマに記事を書く仕事がしたいと志し、アメリカ留学を決意します。

林千晶

アメリカで驚かされたのは、誰もが実に気軽に起業している現実でした。ほんの2万円程度の資金を元手に、「アプリをつくる会社をつくってみた」とか「人材派遣会社を始めたよ」などと、次々に多くのベンチャー企業が誕生しているのを目の当たりにしました。

皆、自由にやりたいことを形にしているのを見て、「あ、“はたらく”って、そういうことでいいんだ」と、大きなカルチャーショックを受けたものです。

その影響もあり、私は「クリエイティブの流通」を目指してロフトワークを起業することになります。

実はその時点では、どう商売に結びつけるかというアイデアや計画は見えていませんでしたが、ロフトワークは今年で18年目を迎え、マイペースに事業を成長させることができています。

不確定要素の多い状況の中で、正確な状況分析を試みようとすることは、時に人を立ち止まらせてしまいます。そもそも定められたルートなどないわけですから、いくら進む方角を計算したところで、正解にたどり着ける可能性は低いでしょう。

それよりも大切なのは、「これがやりたい」という強い意欲と、「きっとできるはずだ」という腹落ち感です。実際、実現できると信じる気持ちが、不可能と思われていた事業を成功に導いた例は世界にたくさん存在しています。

自分の生き方に合った環境は必ずある

時には愚痴や不満を吐きたくなることだってある。そんな時は、我慢せずに全部出し切ってしまえばいいと思います。

これは呼吸と同じで、次の空気を吸い込むためには、いったん肺の中をすべて吐き出さなければいけません。不満を1人で内に抱えず、口に出すだけで少しは楽になる。その後はきっとはたらいて笑えるはず。

もちろん、次のフィールドを探したっていい。職場環境の影響は大きいから、自分が気持ちよくはたらけるかどうかに素直に従って働く場所を探すのは、何も悪いことではありません。

今の職場、今の環境しか居場所がないと思い込んでしまうと、窮屈で苦しい空間になってしまうこともあります。でも、世界には自分に合った環境が必ずあります。

それは会社だけでなく、働く地域も同様。例えば私は今、岐阜県の飛騨市で林業に携わっていますが、キレイな水やおいしい食べ物に囲まれ、幸せそうに仕事をする人が大勢います。

そこには、東京ではたらいている時には気づかなかった、違う種類の豊かなはたらき方があるのです。

未来は自分が作るもの。そして目の前には、たくさんの選択肢が広がっています。そこから自分が選んで生きているんだと意識することは、はたらいて笑うための重要な一歩と言えるでしょう。

林千晶

※この記事は2017年6月の取材を基に作成し、同7月2日に掲載されたものです。

(取材:友清哲 編集:久川桃子 撮影:岡村智明)