【馬場渉】「無駄な」笑いがイノベーションを生む

「はたらいて、笑おう。」と聞いて、どんな「笑い」をイメージするだろうか。もちろん、はたらくということは楽しいことばかりではないだろう。人によっては苦しいことを乗り越えた先にこそ、それはあるものかもしれない。はたらいて「笑う」には、どんな心構えで臨むべきか。6人のプロピッカーからのメッセージをお届けする。

自分が立てた目標に向かって、他人のためにはたらく

前職のSAP時代、社会人10年目くらいの頃に、ふと自分の「価値」に気づいたんです。そういえば自分は、日本語が話せるぞ、と。これはグローバル企業のSAPにいて、英語のコミュニケーションをしている中で突然、ひらめいたことです。

世界にはいわゆるグローバルリーダー的な経営者が大勢います。彼らが日本の企業やマーケットにアプローチする際には、必ず僕を経由するような状況になれば凄いことですよね。

馬場渉

馬場渉

BABA WATARU

パナソニック株式会社
コーポレートイノベーション担当

大企業組織におけるイノベーションとそれを可能にするリーダーの開発とテクノロジーの採用を専門とし、SAPアジアで初のチーフイノベーションオフィサーを務めた後、今年4月にパナソニック株式会社に電撃移籍。

おまけに僕は、言語としての日本語だけでなく、日本的な空気を読む文化など、コンテキストまで含めて熟知しています。これは生涯変わることのない、自分の価値でしょう。

さらに実感したことがあります。それは、多くの人は「他人から与えられた目標」に向かってはたらいている、ということ。皆、仕事でストレスをため込みがちなのは、そのためではないでしょうか。

日本人にありがちなのは、「他人から与えられた目標」に向かって、「自分の成果」のためにはたらいているパターン。この場合、目標を達成することで得られる昇進や昇給といったリターンは、大きなモチベーションにはなりにくいでしょう。

しかし、自分で立てた目標に向かって、他人の成果のためにはたらくことができれば、仕事はもっとやり甲斐のあるものになるはずです。

僕が日本語能力に自分の価値を見つけたのも同様です。 結果として僕は、SAP時代に培った知見を生かし、現在はこうして日本の製造業でイノベーションを起こすことに使命感を見いだしたわけです。自分の成果のためではありません。

馬場渉

新天地パナソニックでの刺激

仕事をしていれば笑えないこともたくさんあります。それでも、多少無理をしてでも笑顔を心掛けていたほうが、自分も周囲も楽しくはたらけることは間違いありません。

僕はもともと、仕事にプレッシャーを感じるタイプではないのですが、パナソニックに移籍した直後は、さすがに笑うに笑えない状況に置かれました。このトラディショナルな企業で自分に何がやれるのか、不安に思わないはずがありません。

しかし、パナソニックへ移って2カ月(※取材時)が経った今は、とても気楽にやれています。自分なりのアセスメントを終えたという感じでしょうか。

つまり、プレッシャーや不安は、自らの行動で排除することができるわけです。現在、非常に心躍る野心的なプロジェクトを、各部門と連携して率いるようになりましたが、正直なところ、こうした議論ができる環境をつくるには、少なくとも2年はかかるだろうと覚悟していたので、これは嬉しい誤算でした。

ただし、プレッシャーがまったくない状況はつまらない。だから、僕が次にやるべきは、次のプレッシャーの対象を探し、健全なストレスレベルに戻すことだと思っています。

僕は正直、パナソニックの家電製品についてこれまで、今ひとつデザインが面白くないと感じていました。

しかし、社内でストックされているアイデアや、訳あって世に出ることのなかったプロダクトを見ると、どれも驚くほどかっこいいものばかり。これにはパナソニックという会社が持つポテンシャルを、あらためて再認識させられたものです。

おかげでパナソニックが来年、創業100周年を迎えようとしているこのタイミングで、こうして次の100年をつくるお手伝いができることに今、大きな刺激を感じています。

効率と生産性は別物である

以前、ある大手企業から「リスクを負ったチャレンジが、なかなか社内で生まれない。一体どうしたらよいか」と相談を受けたことがあります。そこで僕は、「失敗したらボーナス増額、成功したらボーナス減額」という制度を提案しました。失敗が称賛される土壌をつくれば、人は新たなチャレンジを恐れなくなるだろうと考えたのです。

大人になればなるほど、人は自身の能力値を大きく逸脱するチャレンジを無意識に避けるようになります。しかし、それでは何も新しいものは生まれません。

馬場渉

イノベーションを起こすためには、カオスな状況が必要であることは、科学的にも実証されています。極端に言えば、組織の中でイノベーションを起こそうと思えば、皆でバカ笑いでもするしかないと僕は思っています。

フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグが先日、あるイベントのスピーチでこう言っていました。「シリコンバレーの人々には、大きな過ちが2つある。1つは、ほんの2~3年で世の中を大きく変えられると、過剰な期待をしていること。もう1つは、10年あれば世の中を大きく変えられるのに、その力を過小評価していることだ」と。これは大いに納得させられる言葉でした。

例えば、iPhoneが発売されてから、今年でちょうど10年。iPhoneがどれだけ世の中を大きく変えたのかは、言わずもがなです。こうした発明は、机に座ってどれだけ唸ったところで、まず出てくるものではありません。皆でゲラゲラ笑いながらアイデアを出し合ったほうが、よほど規格外のアイデアに恵まれるはず。

たびたび笑いが起きる会議は、一見すると非常に効率の悪い会議に見えるかもしれません。しかし、効率と生産性は別物。日本の企業はどうしても効率を重視したがる傾向がありますが、プロジェクトを計画通りに遂行したところで、必ずしも理想的な成果に結びつくとは限りません。効率を追うばかりに、10年単位で見たときに生産性を下げてしまっていては、意味がないですよね。

無駄な笑い、無駄に見える時間が生み出すものに、もう少し注目してみてもいいのではないでしょうか。

馬場渉

※この記事は2017年6月の取材を基に作成し、同7月3日に掲載されたものです。

(聞き手:友清哲 編集:久川桃子 撮影:岡村智明)