アンガーマネジメントとは?
アンガーマネジメントとは、怒りをコントロールするための心理トレーニングで、パワハラ防止策として企業からも注目を集めています。部下の成長を支えながら、信頼関係を築くうえでも役立つスキルです。「怒らないようにする」ことが目的ではなく、怒るべきときは適切に怒り、不必要な怒りは手放すという「感情のマネジメント力」が求められます。
ビジネスで注目される理由
アンガーマネジメントは、近年、ビジネスの現場でも注目されており、社員研修のテーマとして取り上げられることも増えています。その背景には、以下のような組織課題や社会的変化が考えられます。
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1. パワハラ・感情的指導による離職リスクの増加
怒りを適切に扱えない上司による叱責や理不尽な指導は、ハラスメントと受け取られ、部下のモチベーション低下や早期離職につながることがあります。
特に若手社員は、上司との信頼関係を重視する傾向があります。株式会社リクルートマネジメントソリューションズの「新入社員意識調査2024」によると、「上司に期待することは」との質問に対して約半数が「相手の意見や考え方に耳を傾けること」と回答しており、上司からの感情的な対応や一方的な指導は、関係構築を妨げるリスクとなりえます。上司が怒りを適切にコントロールし、信頼関係を壊さない対応を取ることが、若手社員の定着や成長支援に直結するのです。
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2. 心理的安全の重要性が高まっている
チームのパフォーマンスを引き出すためには、安心して意見が言える職場環境、すなわち「心理的安全性」が不可欠です。怒りや威圧的な態度が職場に蔓延していると、部下は委縮し、建設的な議論や学習が阻害されます。
3. 顧客対応や商談でも「感情の質」が問われている
クレームや理不尽な要求に直面する場面でこそ、冷静で信頼感のある対応ができるかが評価される時代です。表面的に丁寧でも、内心の苛立ちが表情や言葉ににじみ出れば、企業全体のイメージにも悪影響を及ぼします。
4. 感情コントロールも管理職の重要なスキルに
はたらき方や価値観が多様化し、「自分らしくはたらきたい」「安心して意見を言いたい」と感じる従業員が増えています。こうした中で、上司から一方的に指示や評価を下されるだけでは、部下は本音を出せず、力を十分に発揮できません。組織の成果を出すためにも、信頼関係を築き、感情にも配慮しながら伴走できるマネジメントが求められるようになってきています。
中でも、怒りや苛立ちといった感情を適切にコントロールし、冷静に対応する力は、信頼される管理職に欠かせません。アンガーマネジメントは、マネジメント層にとって必須の感情コントロールスキルといえるでしょう。
怒りのメカニズム
人が怒るメカニズムは、ライターに例えることができます。ライターは、燃料として入っている可燃性のガスに、着火操作の摩擦で起きる小さな火花が引火することで火が付きます。
怒りにとっての燃料は、「不安」「心配」「焦り」「悲しい」といった「マイナス感情」や「眠い」「疲れた」「空腹」といった「マイナス状態」です。そして、「〇〇は~であるべき」という自分が大切にしている価値観が裏切られたとき、人は苛立ちを感じます。これが火花となり、燃料であるマイナス感情やマイナス状態に引火すると怒りの炎が燃え上がるのです。同じ出来事に対しても強い怒りを感じる時とあまり気にならない時があるのは「自分の中にどのくらい燃料が多くたまっているか」に関係しています。
また、自分の「べき」(大切な価値観)を把握し、その「べき」をゆるめる、手放せる「べき」は手放していくということが、感情を上手にコントロールするために重要となります。
人の怒りが生まれるメカニズム

【出典】一般社団法人日本アンガーマネジメント協会
「怒り=悪」じゃない、「怒り」の5つの性質とは
このように、「『~べき』が裏切られた」と感じたときに人が抱く感情である怒り。しかし、「怒り=悪いもの」というわけではありません。怒りは別名「防衛感情」と言われ「大切なものを守るため」の重要な感情です。
また、怒りには以下の5つの性質があります。
怒りの5つの性質
1 高いところから低いところへ流れる
2 身近な対象にほど強くなる
3 矛先を固定することができない
4 伝染しやすい
5 エネルギーになる
1つ目から3つ目の性質は、まさしく職場でのパワハラ発生の要因に直結します。ポジションが高い人から低い人に怒りはぶつけられやすく、期待も甘えも強くなる身近な部下に対しては、より強い怒りを感じます。もともとの怒りの原因が当人になくても部下に当たってしまうことも、「矛先を固定できない」という怒りの性質に由来します。
そして、4つ目の性質にある通り、怒りは人と人との間で伝染しやすいため、怒りをコントロールできない人がいると周囲の人も気が立ってしまい、職場環境が悪化していく負のスパイラルに陥ってしまうのです。
しかし、性質の5つ目に挙げた通り、怒りという感情は、自分自身や世の中をよりよく変えようとするエネルギーにもなります。この性質を上手に使えるようになるためのトレーニングが、アンガーマネジメントです。
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4つの怒りのタイプ
アンガーマネジメントの実践には、まず「自分はどんなときに、どんな形で怒りを表出しやすいのか」という怒りの傾向を把握することが大切です。怒りのタイプを理解することで、ハラスメントリスクの予防にもつながります。怒りがコントロールできないまま表に出てしまうと、それがパワハラ・モラハラ・感情的指導といった問題行動として受け取られやすくなるからです。
怒りの感情自体は自然なものですが、怒りの表し方が不適切だと、本人に悪気がなくても、「相手がどう感じたか」でハラスメントに該当する可能性があります。以下にビジネスシーンで見られる代表的な怒りのタイプと、それに伴うリスクを紹介します。
攻撃的タイプ
怒りを即座に表出し、強い口調や態度で相手を責めてしまうタイプです。指導のつもりでも、受け手にはパワハラと感じられる恐れがあり、信頼関係の崩壊や離職リスクにもつながります。
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抑圧タイプ
怒りを表に出さずにためこみ、ある日突然爆発してしまうタイプです。感情がコントロール不能なタイミングで噴き出し、周囲を驚かせてしまいます。「扱いにくい人」と見なされやすい傾向があります。
正義感タイプ(~すべき型)
「社会人なら~すべき」「普通こうだろう」と自分の価値観を押し付けがちなタイプです。相手の価値観を否定する言動になりやすく、モラハラや押し付け指導につながりやすくなります。
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間接攻撃タイプ
怒りを言葉にせず、皮肉や無視・ネガティブな態度で表現するタイプです。サイレントモラハラや陰湿な印象を与え 、周囲の心理的安全性を脅かします。
すぐに使える!アンガーマネジメントの3つの実践方法
アンガーマネジメントの基本的なステップは、次の3つです。
アンガーマネジメントの3つのステップ
1.「衝動」のコントロール
2.「思考」のコントロール
3.「行動」のコントロール
それぞれの方法について解説していきます。
1.まずは「6秒」!「衝動」のコントロール
「衝動」のコントロールとは怒りを感じた瞬間に、すぐに反射しないトレーニングです。怒りを感じた時に衝動にまかせた言動をすると、さらに事態を悪化させてしまい、後悔につながります。
このトレーニングのポイントは、「6秒」をやりすごすことです。怒りを感じてカッとなったとしても、6秒ほど経過すると、理性が介入して冷静な判断ができると言われています。
この6秒をやりすごすための方法の1つが「怒りの温度計をつける」ことです。0を自分の「穏やかな状態」、10を「人生最大の怒り」とすると、「いま自分が感じている怒りの温度(点数)は1~10のどれになるか」と自分に問いかけるのです。
「怒りの温度計」をつけてみよう

【出典】一般社団法人アンガーマネジメント協会
多くの人にとって怒りをコントロールしにくい理由の1つは、尺度がないことです。怒りを感じたらすぐに点数をつけることを習慣化し、自分なりの尺度をもって怒りをとらえることが有効です。理性が働くまでの時間をやりすごせるうえ、自分の怒りを客観視できるようになり、自分の怒りの傾向、対処法が考えやすくなります。
2.許容できるかできないかで対処を決めよう!「思考」のコントロール
衝動をコントロールするだけでは、怒りをコントロールしたとは言い切れません。次に「思考」のコントロールを行います。
思考のコントロールは、自分にとって「怒る必要のある」ことか、「怒る必要のない」ことなのかを線引きすることから始まります。
たとえば、相手が締め切りに遅れることに怒りを感じる人は、自身の「締め切りは守るべき」という「べき」の許容範囲を以下の3つのゾーンに分けて線引きしてみましょう。
・まあ許せる=自分の「べき」とは異なるが許容できる範囲
・許せない=自分の「べき」とは大きく異なる上に、受け入れられない、許容できない範囲
締め切り日の定時までの提出は「許せる」、締め切り当日深夜の提出は「まあ許せる」、締め切り日以降の提出は「許せない」、というように自身の「べきの境界線」を明確にします。「まあ許せる」までのゾーンは怒る必要のないこと、「許せない」ゾーンに入ったことは怒る必要のあることになります。
そして、この「怒ること/怒らないこと」の境界線を明確にすることができたら、3つの努力に取り組みましょう。
・境界線を広げる努力
・境界線を一定にする努力
・境界線を見せる・伝える努力
怒りすぎを防ぐためには「まあ許せる」の範囲を広げることがポイントです。怒りを感じやすい人ほど、「まあ許せる」ゾーンが狭いと言えます。自分がどこまで許せるのかを見極めるのに使うキーワードは「せめて」「少なくとも」「最低限」などの言葉です。先の例なら、「まあ許せる」ゾーンは「『せめて』締め切り翌日の朝9時まで」と見直せるかもしれません。
ただし、許容範囲は際限なく広げればいいというわけではありません。これは譲れないという「許せない」ゾーンに入ることもあるでしょう。それは「怒る必要のあること」です。
「心の許容量」(まあ許せる)の範囲を広げよう

【出典】一般社団法人アンガーマネジメント協会
次に心がけるのは、いつでも、誰に対しても、同じ基準で怒ることです。「怒ること/怒らないこと」の境界線がその日の気分、機嫌などによって変わってしまうと、「自分がなぜ怒られているのか」わからなくて関係性に悪影響を及ぼします。この境界線を一定に保つのが大切です。
最後に、自分の「怒ること/怒らないこと」の境界線を人に見せる・伝える努力をします。「べき」の三重丸は人によって異なります。また、その人の三重丸がどのような形や大きさなのかは他の人からは見えません。そのため自分の「べき」の境界線を見せるためには、具体的な言葉にして伝える必要があります。
たとえば、前の図のように「まあ許せる」ゾーンを一定にしたならば、締め切りを相手に伝えるときに「せめて締め切り翌日の朝9時までには確認できるように提出をお願いします」というように、何をどうして欲しいのかを普段から伝えておくのです。
どんなに身近な相手であっても、自分が何を大切にしているか、どの程度が許容範囲なのかは、言葉にしなければ理解してもらえません。
3.2つの軸で怒りを整理!「行動」のコントロール
思考のコントロールで「許容できない/怒る」と判断したら、次は「行動」のコントロールです。「怒り」の感情のままに行動するのではなく、自らの意志でどのように行動すればよいのかを考え、選択します。
行動のコントロールでは、下の図のように4つのゾーンに整理して考えます。まずはこの状況を自分の力で「変えられる」か「変えられない」か、次に、今置かれている立場において「重要」か「重要ではない」か、の2つの軸で対処の仕方を考えます。
2つの軸で考え、行動を選択する

【出典】一般社団法人アンガーマネジメント協会
どんなに怒りを感じても、天気や交通機関の遅延など自分の力で変えられないこともあります。一方で、働きかけ、努力をすることによって変えられることもあるでしょう。怒りを感じたらその対象は「自分の力で変えられるか、変えられないか」を見極めて線引きします。次に「今自分がいる場所、役割、立場において、それは重要なことか、重要でないか」を見極めて線引きします。
たとえば今、あなたが怒っていることがあり、それが十分「変えられる余地のあるもので重要」だと考えるならば、今すぐ取り組まなければならない課題です。「変えることはできるけれど、今はそれほど重要でない」と考えるならば、余力がある時に取り組めばよいという課題になります。
あなたが怒っていることが「変えられないけれど、重要なこと」だという時は、変えられないという状況を受け容れ、その上で現実的な選択肢を探します。怒りを感じていることが、「変えられなくて重要でもない」のであれば、それは放っておけばいい問題です。
そして、怒りを感じた時に行動を選択する基準は、「ビッグクエスチョン」です。
アンガーマネジメントのビッグクエスチョン
「自分にとっても周りの人にとっても、長期的に見て健康的な選択は何だろうか?」
自分が選択した行動によって起こる結果が、この基準に沿ったものであるかどうかが重要です。

【お役立ち資料】管理職が身に着けるべきマネジメントスキル&学び方
感情をコントロールしながら、部下と信頼関係を築く力は、今の管理職に欠かせないスキルです。本資料では、管理職に必要なスキルと習得法、マネジメントのコツがわかりやすく紹介しています。とくに、「新任管理職」の方におすすめです。
【ビジネスシーン別】アンガーマネジメント活用例
アンガーマネジメントの考え方は、日常のビジネスシーンに数多く応用できます。ここでは、よくある3つの場面において、怒りを適切に扱う実践例を紹介します。
1. 上司として部下を指導する場面
状況 | ・何度も同じミスを繰り返されて、つい声を荒げてしまう ・報告・相談が遅れ、業務に支障が出た |
活用ポイント | ・怒りを感じた瞬間に「6秒ルール」で間を取る ・感情に任せて叱るのではなく、「なぜ自分は怒りを感じたのか」を内省する ・指摘は「感情」ではなく「事実」に基づいて伝える 例:「なぜできないんだ」ではなく、「この確認を怠ると、納期が遅れるリスクがあるよね」と説明する |
効果 | 部下は委縮せず、改善行動に集中できる。結果的に信頼関係が深まり、報連相の質も向上する |
2. チーム内の摩擦・すれ違い
状況 | ・他部署との連携がうまくいかず、相手に苛立ちを感じる ・メンバー同士の主張が対立し、空気が悪化する |
活用ポイント | ・「相手の行動」に対して怒っているのか、「期待が裏切られたこと」に怒っているのかを区別する ・まずは自分の感情を整理し、「感情をぶつける」のではなく「期待を伝える」 例:「先に共有があると助かった」「○○ してくれると、スムーズに動ける」など Youメッセージではなく Iメッセージで伝える |
効果 | 怒りをきっかけにしても、人間関係を損なわずにコミュニケーションの質を高めることができる |
3. 会議・商談など、緊張感のある場面での衝突
状況 | ・相手の言動にカチンときて、言い返したくなる ・自分の意見を軽視されたように感じて、感情が乱れる |
活用ポイント | ・「自分が怒ったこと」にすぐに反応せず、「なぜそう感じたか」を一歩引いて観察する ・瞬間的な反応を避け、まず質問を投げ返す 例:「そう考えた理由を、もう少し詳しく教えていただけますか」 |
効果 | 場の空気を壊さず、自分の立場も守りつつ、相手の理解を促進できる。結果的に冷静で生産的な議論が可能になる |
怒りの感情は、そのまま放っておくと「問題行動」になりますが、適切に扱えば、“信頼関係を深めるきっかけ”や“建設的な提案”に変えられるものです。 アンガーマネジメントは、怒りを我慢するための手段ではなく、建設的なコミュニケーションを生むきっかけとなるスキルといえるでしょう。
まとめ|アンガーマネジメントはトレーニング!継続して効果を高めよう
アンガーマネジメントは、怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニングです。筋トレなどと同じように、「知って終わり」ではなく、継続して取り組み続けることが重要です。「衝動」→「思考」→「行動」のコントロールという3つのステップを日常的に取り入れ、習慣化することでその効果は高まっていきます。
前述のとおり 、怒りは高いところから低いところへ流れる性質があるといわれています。そのため、まずはトップや管理職層がアンガーマネジメントを学び、実践していくことが、組織全体のパワハラ防止や健全な職場風土の醸成に直結します。
さらに、近年企業が強く意識しているのが、「レピュテーション(評判)マネジメント」です。SNSの発達により「社内の雰囲気が悪い」「価値観が古い」といった評判が一気に広がり、採用活動やブランドイメージ、業績にまで影響を及ぼすリスクがあります。アンガーマネジメントが根付いた組織では、一人ひとりの感情や価値観が尊重され、安心してはたらける環境が育まれます。その結果、組織は自然と高いパフォーマンスを発揮し、外部からも「魅力ある企業」として認知されていくのです。
【お役立ち資料】管理職に必要なスキルとマネジメントのコツ
組織がうまく機能し、会社が成長していくためには、リーダーの存在が不可欠です。しかし、近年の管理職を取り巻く環境は非常に厳しく、どの企業も優秀な管理職を育てることが必務となっています。
アンガーマネジメントの視点からも、冷静に対話し、信頼関係を築くマネジメント力がますます重要視されています。
そこで本資料では、管理職にとって必要なスキルと習得法、マネジメントのコツをお伝えします。とくに、「新任管理職」の方にお役立ていただける情報をまとめました。貴社の管理職育成にご活用いただければ幸いです。