2021年01月27日
2020年6月に労働施策総合推進法、通称「パワハラ防止法」が施行され、大企業においてパワーハラスメント対策が義務化されました。中小企業への施行も2022年に迫るなか、改めてパワハラの定義やパワハラ防止のために企業に求められる対応を確認しておきましょう。
【経営・人事最新調査レポート】ハラスメント・危機管理対策編公開中
パーソルグループでは、経営・人事1,300名へ調査を行い、 「ハラスメント対策」「危機管理対策」に関する課題と取り組みについて回答をまとめた 【経営・人事がいま取り組むべきテーマ最新調査レポート2021】を公開しています。
近年多くの企業で経営課題として捉えられている 「ハラスメント対策」「危機管理対策」のためのご参考にしてください。
厚生労働省は、企業におけるパワハラを以下のように定義しています。
パワハラとは、職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えている
③ 労働者の就業環境が害される
上記①から③までの3要素をすべて満たすもの
この定義における「職場」と「労働者」については、以下の通り定められています。
・「職場」とは
事業主が雇う「労働者」が業務を遂行する場所のことです。通常の就業場所だけでなく、以下の場所も「職場」と見なす場合があるとしています。
「職場」と見なされる例
社屋の内外を問わず、労働者が業務を遂行する場はすべて「職場」と見なされます。そうなると、事案ごとに「それは職場なのか」という判断を行う必要が生じます。
判断の際には、「職務との関連性」「その場の参加者の内訳」「参加や対応が義務なのか任意なのか」などの要素を検討することになります。
・「労働者」とは
正規雇用労働者はもちろん、パートタイム労働者、契約社員などのいわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用する全労働者です。なお、派遣労働者については、派遣元事業主、派遣先事業主の両方に、自ら雇用する労働者と同様の措置を講ずることが求められています。
では、上記を踏まえて、パワハラ認定の3要素を確認しましょう。
優越的な関係とは、「業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者とされる者(以下「行為者」)に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係」と説明されています。
わかりやすいのは、明確な職位の上下が存在する、上司と部下の関係です。このほか、ある業務を進める上で不可欠な知識や経験を持つ人物がいた場合、その人は職位を問わず、周囲に対し優越的な立場になるといえます。
また、職位が下でも、勤務歴の差がある場合や、部下が結託して集団となった場合などには、上司の方が弱い立場になることがあります。集団対個人の関係も、この意味で優越的な関係に当てはまります。
「優越的な関係を背景とした言動」の例
事例1)上司Aは、指導という名目で、部下Bに業務時間外・休日にも連絡を強要。また、そのやりとりで得たBの個人情報や私的な画像を、本人に断りなく周囲に開示した。
事例2)英語圏との取引がある部署に異動してきた、英語のわからない上司C。英語が堪能な部下たちは連帯し、英語で行う必要のない社内打ち合わせなどもすべて英語で行い、業務から排除した。
事例3)同期のD、Eがささいなことから険悪に。Dは社内の連絡時に、別部署のEにはわからない専門用語を必要以上に多用し、円滑な業務進行ができない状況にEを追い込んだ。
このように、パワハラは、部下から上司、同僚から同僚へ行われることもあるので、立場だけで加害者、被害者を決めるのではなく、状況で判断することが重要です。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは、「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの」と説明されています。適正な指示や指導は、業務上当然必要な行為であり、職場におけるパワハラには該当しません。
一つ、注意しておきたいのは、労働者に問題行動があり、業務上必要な指導であったとしても、人格を否定するような言動がなされればパワハラになりえるということです。「もともと本人に問題があったから、このような結果になって当然」という考えは通用しないということを押さえておきましょう。
該当するかの判断は、複数の要素を総合して行う必要があります。要素の例を、以下に列記します。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」の例
事例1)新入社員Aは報告や連絡を忘れがちで、業務に悪影響が出ていた。上司Bは改善を図るため、Aに再三注意をしていたが、改善が見られないために、営業車の車中で「親の育て方が悪い」「何か病気でも抱えているのか」と、業務遂行とは関係のない、人格否定につながる発言をした。
事例2)先輩社員Cは、優秀な後輩社員Dに自分の業務を押し付け、さらに自らの昼食の買い出しなどもさせていた。Dがそれを拒絶すると、膨大な量の仕事を翌日までに行うように命じ、できなかったDを無能だと嘲った。
「就業環境が害される」とは、「当該言動により、労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じるなどの、当該労働者が就業する上で看過できない支障が生じること」です。
判断基準は、「同様の状況で当該言動を受けた場合、社会一般の労働者が、就業上看過できないほどの支障が生じたと、感じるような言動であるかどうか」となります。言動の頻度や継続性は考慮しつつ、強い身体的または精神的苦痛を与える態様の言動の場合は、1回であっても就業環境を害すると判断すべき場合もあることを覚えておきましょう。
快・不快の感じ方は人により異なり、判断は難しいですが、「平均的な労働者がどう感じるか」が判断の指針になります。
「就業環境が害される」の例
事例1)上司Aはミスを犯した部下Bを、同僚など他の社員もいる場所で叱責。大声で怒鳴り、机を激しく叩いて本人に物を投げつけるなどの行動を行い、Bは恐怖で翌日から出社できなくなった。
事例2)プロジェクトリーダーである社員Cは、メンバーDの言動がチームの和を乱すとして、Dのみ別室に隔離。電話番などプロジェクト遂行とは無関係の業務のみを与えたり、業務上の情報も与えなかったりした。他メンバーにはDとの関わりを禁止し、懇親会にも誘わないなど仲間外れにした。Dは心身に不調をきたした。
パワハラの認定では、3要素それぞれすべてについて「その事案が該当するのか」を検討・検証していくことになります。判断がケースバイケースとなることが、パワハラの難しさ、わかりにくさです。
判例上は、「社会通念」と「業務上の指導」がポイントとなる傾向にあります。「うちの会社ではこうだから」ではなく、「他者、他業種に置き換えたときにも通用するのか」を想定しながら、判断すべきでしょう。
厚生労働省は、パワハラの代表的な言動とその該当例を提示しています。該当しないと思われる例も記載されているので、参考にしましょう。
なお、事例については「優越的な関係」を背景として行われたものであることが前提となっています。また、あくまでも一例であり、似たような事案でも状況により判断は変わりえます。そのことに十分留意し、個別の事案ごとに適切な対応を取ってください。
パワーハラスメントに該当すると考えられる例/しないと考えられる例
【出典】厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」
2016年の調査では、「過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがある」という回答が回答者全体の32.5%、「パワーハラスメントを見たり、相談を受けたことがある」という回答は回答者全体の30.1%にものぼりました。
パワハラ経験の有無
【出典】厚生労働省「あかるい職場応援団」
これほどの発生率の高さにもかかわらず、パワハラ対策をとっている企業はまだまだ多くないというのが現状です。規模の小さい企業ほど未着手で、特に従業員99人以下の企業においては、26.0%と 3割を下回っています。組織の大小を問わず、より素早く的確な対応をとることが必要とされています。
対策をしている企業の割合
【出典】厚生労働省「あかるい職場応援団」
企業でのパワハラ対策が義務化されるパワハラ防止法。罰則こそありませんが、必要がある場合には、行政は事業主に対して、助言、指導または勧告をすることができます。事業主が勧告に従わない場合、その旨が公表される可能性もあります。
また、企業には民法における使用者責任や安全配慮義務、債務不履行責任があります。パワハラが発生した場合、義務違反として損害を賠償する責任が生じる可能性があります。
このように、パワハラについて企業がなすべきことについて理解しておくことは必須と言えるでしょう。それぞれについて見ていきます。
パワハラ防止法では、以下の事項に努めることが、事業主および労働者の責務として、法律上明確化されました。
事業主および労働者の責務
【事業者の責務】
【労働者の責務】
※労働者には、取引先など他の事業主が雇用する労働者や求職者も含む
パワハラ防止法では、労働者にも責務が課せられていますが、労働者の意識改革についても企業が監督責任を問われます。中小企業の義務化は2022年4月からですが、その時点から対応しようとしても、人の意識や行動はすぐには変わりません。早め早めの対応が求められています。
パワハラ防止法では、防止措置は4つに大別され、それぞれに具体的な行動が示されています。労働者への不利益取扱いも法律上禁止されました。それぞれについて確認してみましょう。
1 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
2 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
3 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
4 上記にあわせたプライバシー保護や不利益取り扱いの禁止等の徹底
事業主に相談等をした労働者に対する不利益取扱いの禁止
労働者が職場におけるパワーハラスメントについての相談を行ったことや雇用管理上の措置に協力して事実を述べたことを理由として、事業主が解雇その他不利益な取扱いをすることは法律上禁止されます。
最初に企業としてやるべきことは、パワハラを許さないという事業者の意思を従業員へ伝えることです。
一方で、「パワハラになったらと思うと、指導ができない」という管理者の悩みも増えています。この対策として有効なのが、上司、部下となる者双方に「パワハラと指導の違い」の知識を持たせるための、研修などによる啓発です。これらは、取引先や、就職活動・実習などで企業を訪れる学生など、社外へのパワハラ防止にもつながります。
万が一パワハラが起こった時に重要となるのが相談窓口です。しかし、相談を受ける側の知識が浅いために、適切な対応ができないばかりか、窓口の人物自身が「あなたにも過失があったのでは」などのパワハラ発言をしてしまう、という事例もあります。窓口を設けて終わりではなく、運用面にも留意しましょう。
なお、外部の相談窓口を利用している企業も多くあります。これは、相談へのハードルを下げ、組織運営の面でも負担軽減にもつながります。検討する価値は十分にあるでしょう。
もし従業員から相談があったときには、被害者、加害者はもちろん、周囲にも必ず聞き取りを行うのがポイントです。当事者の主観や一方的な意見だけでなく、客観的に見てどうだったかを知ることが、正しい状況把握を助けます。
パワハラがあったことが確定した際には、就業規則に基づく懲戒処分、加害者の異動、それが難しい場合は被害者の意向を汲んでの被害者の異動などを行うのが通例です。また、懲戒処分が出た場合は本人が特定されないようにしながら、パワハラがあったこととその概要を社内にアナウンスしましょう。プライバシーを守ることが最優先されますが、これはパワハラの再発策としても効果的です。
厚生労働省が出している「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によると、パワハラが発生している職場に共通する特徴の第1位は、「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」です。
この結果は、良好なコミュニケーションが、パワハラの芽を摘むのに効果的であることを示唆しています。上下の別なく意見を言い合える風通しの良い人間関係が、パワハラ対策の素地になるのです。
ガイドラインも参考にして、自社の状況に合わせた防止策、対応策を決めていきましょう。
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近年多くの企業で経営課題として捉えられている 「ハラスメント対策」「危機管理対策」のためのご参考にしてください。
インタビュー・監修
中村俊之(なかむら・としゆき)
中村社会保険労務パートナーズ代表、特定社会保険労務士・人事コンサルタント。人事労務畑の仕事に40年の経験、会社の実態に沿ったベストソリューション(問題点の解決)を得意とし、企業研修は年50回程度行う。人事制度・賃金制度等処遇制度の構築、人事考課制度の構築・考課者研修、労働相談、就業規則その他規程の作成・見直し、目標管理制の構築・研修、階層別(部長級・課長級・係長級・新入社員)教育訓練ほかに対応。主著に『やさしくわかる労働基準法』(監修、ナツメ社刊)ほか