健康経営とは?
健康経営とは、従業員の健康管理や保持を経営的視点から考え、戦略として実践する経営手法のことです。
米国の経営心理学者ロバート・ローゼン氏によって、1992年発行の著書『The Healthy Company』で提言されたものといわれており、以来米国ではこの概念が広く浸透。日本でも2000年代後半頃から知られるようになりました。
健康経営を行って従業員の健康維持・健康増進に投資すると、従業員の集中力、パフォーマンスの向上、優秀な人材の確保や定着率の向上、そして企業イメージ、業績、収益のアップという良いサイクルが生まれていくことが期待されます。企業のコンプライアンス強化やリスクマネジメントへのアプローチとしても有効です。
健康経営が生む良いサイクル
逆に、従業員の健康確保がされない状況である不健康経営では、従業員のモチベーション低下や生産性の低下、さらには業績と企業イメージの悪化などが連鎖的に起きます。不健康経営は、会社の経営に大きなマイナスをもたらすといえるでしょう。
健康経営が求められる背景
健康経営への関心が大きく高まっている背景には、以下のようなものがあります。
1. 生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
2. 長時間労働の一般化
3. 新型コロナウイルス感染症拡大による業務スタイルの変化
それぞれについて解説します。
1. 生産年齢人口の減少・従業員の高齢化
健康経営が重要視される大きな理由の一つには、日本のはたらく人の数が減っているというものがあります。
年齢別人口推計の推移
少子高齢化の進む日本では、生産年齢人口(15~64歳)は1995年の約8,700万人をピークに減少が続いています。この傾向は今後も続き、2060年の生産年齢人口は約4,800万人と、2015年の約6割の水準まで減少すると推計されています。
この結果、各企業で従業員の高齢化によって病気などにより貴重な人材がはたらけなくなるというリスクが高まっていること、長期にわたって深刻な人材不足が続くことは明らかです。このような背景から、従業員が活き活きと長くはたらくことができる職場環境づくりが、継続した企業活動には不可欠になりつつあります。
2. 長時間労働の一般化
現在の日本では、長時間労働が社会問題となっています。
人材不足や各種制度、職場の慣習など多数の要因があると考えられます。長時間労働が慢性化すると、従業員の心身に不調を引き起こし、欠勤・休職の増加や離職率の高まり、生産性の低下につながっていってしまいます。
さらに、長時間労働は脳・心臓疾患の発生とも関連性が強いという医学的知見も知られており、人命にもかかわる問題です。業務の影響によって従業員の甚大な健康被害が認められた場合、訴訟などに発展することも少なくありません。企業への健康経営の目線から、長時間労働にもメスを入れていく必要があるといえるでしょう。
3. 新型コロナウイルス感染症拡大による業務スタイルの変化
コロナ禍においてリモートワークや在宅勤務が広まっていることも、健康経営がより重要になっている理由の一つです。企業が各従業員の健康状態が確認できなくなっているほか、自宅などでの業務でこれまでとは違う健康への不安が持ち上がっています。
株式会社askenが行った「第1回新型コロナウイルスによる健康経営の影響に関するアンケート」と「第2回新型コロナウイルスによる健康経営の影響に関するアンケート」では、コロナ禍の従業員の健康について認識している課題として、2020年4月から6月にかけてメンタルヘルスの割合が80%に増加し、最も重視されるものになりました。さらに、運動不足や睡眠不足、肩こり・腰痛といった項目も無視できない不安要因になっています。
コロナ禍において従業員の健康について認識されている課題
未曾有のコロナ禍で多数の企業が手探りの変化を経験し、従業員にも従来にない負担がかかっています。その中で健康不安をできるかぎり取り除くことは、従業員を守り、企業としてコロナ禍を乗り越えるための必須課題といえるでしょう。健康経営はコロナ禍でこそ見直され、検討されるべき手法だといえます。
健康経営がもたらす4つのメリット
健康経営のメリットにはさまざまなものがあります。主なものは以下の4点です。
1. 労働生産性・業績の向上
2. 人材の確保・定着率の向上
3. 企業の負担費用の削減
4. 企業イメージの改善
それぞれについて解説していきます。
1. 労働生産性・企業業績の向上
従業員が健康で、モチベーション高く仕事に取り組むことができる企業では、労働生産性が高くなります。従業員の健康意識の高まりから良質な労働環境が構築でき、ヒューマンエラーが少なくなれば事業全体の業績アップにつながることは明白です。
企業の健康経営と業績の関係を調べると、健康経営を行っている企業はレジリアンス(耐久性)が高い傾向があるとも示唆されています。健康経営の考え方は事業を成功させる上での重要な基盤になるといえるでしょう。
2. 人材の確保・定着率向上
健康経営を行うことにより、企業の採用や人材の定着の面でも大きなメリットがもたらされます。
経済産業省の調査によれば、平成28年度時点で就活生とその親が就職したい/させたいと思う企業の条件として、「従業員の健康や働き方への配慮」は就活生・親双方で特に高い回答率を示しました。
健康経営と労働市場の関係性(平成28年度調査の結果)
健康経営を行っているかどうかによって、求職者に就職先として選ばれるか否かが大きく変わることは明らかです。さらに健康経営を行って職場環境を整えれば、従業員がはたらきやすくなり、定着にもつながります。
採用に苦戦している・採用してもすぐ辞めてしまうなどの理由で人材不足問題に面する多くの企業にとって、健康経営は人材不足を解消するための有効な手法になりうるのです。
3. 企業の負担費用の削減
企業が健康経営に取り組むことで企業の負担費用も減らすことができます。
まず、従業員の長時間労働を見直すことにより、残業代を節約することが可能です。さらに、従業員が健康でいることで病気にかかるリスクも抑えられます。健康保険を使う機会も減るため、企業が負担する医療費も軽減することができます。
健康経営の先駆けでもある米企業のジョンソン・エンド・ジョンソンは、健康経営に対する投資1ドルに対するリターンが3ドルになるとの調査結果も出しています。健康経営は金銭的にも大きなメリットをもたらしてくれるといえます。
4. 企業イメージの改善
「2.人材の確保・定着率向上」で触れたように、健康経営を行っていることは求職者が企業を選ぶ上で重要な選定基準の一つとなります。同様に、金融機関や他企業からの企業イメージも、健康経営によってアップさせることができます。
健康経営は政府の成長戦略である「日本再興戦略」の中で、国民の健康増進を図る国策の一つとして普及・推進が掲げられているものです。政府は「健康経営優良法人」をはじめ健康経営にかかわる各種顕彰制度を整備しています。
これは、優良な健康経営に取り組む法人が、関係企業や金融機関などからも評価を得ることができる環境づくりを目指すもの。実際に、「健康経営優良法人」に認定されると、各自治体や地銀、保険会社から事業資金の融資の金利優遇・保険割引といったインセンティブを受けられます。
健康経営を行うことで、企業イメージを高め、さらにスムーズな業務の遂行、新事業へのチャレンジもできるようになっていくといえます。
こんな悩みがあったら注目!健康経営に取り組むべき企業
健康経営はすべての企業が取り組むべきものだといえますが、以下のような企業は特に優先的に健康経営にとりかかるべきでしょう。
健康経営に取り組むべき企業とは?
・従業員のストレスチェックの結果が悪い企業
・長時間労働や休日出勤、人材不足に関する悩みを抱えている企業
・所属社員の平均年齢が高い企業
・従業員からの不満が多く上がっていて満足度が低い企業
・業務内でのヒューマンエラーが多くなっている企業
労働生産性の向上、人材の確保・定着に大きなメリットがある健康経営は、上記のような悩みを抱える企業に有効な手法です。健康経営に早い段階から取り組むことで、従業員の健康悪化からパフォーマンスダウン、業績と企業イメージの悪化へとつながっていく悪いサイクルを止めるきっかけになるのです。
健康経営を導入する5つのステップ
メリットの多い健康経営ですが、短期的な目線で取り入れて「効果がないから」とすぐやめてしまうようでは、理想的な結果は得られません。
以下のSTEP1〜STEP5の段階を踏んで導入していきましょう。
STEP1 健康経営を経営理念・方針に取り入れる
STEP2 組織体制づくり
STEP3 従業員の状況把握
STEP4 状況に合わせた施策の実行
STEP5 取り組みを評価、PDCAを回す
それぞれの段階について解説していきます。
STEP1.健康経営を経営理念・方針に取り入れる
健康経営に実践的に取り組むためには、まず、経営トップがその意義や重要性を認識することが必要不可欠です。
さらに、その考え・理念を社内外のステークホルダーにしっかりと示すことが非常に重要だといえるでしょう。特に、健康の重要性については従業員一人ひとりと共有できるのが理想的です。
次に、設定した経営理念に基づいて、具体的に何をどのように実践していくのか、組織としての行動方針を示し、社内外の理解を得るようにします。
STEP2.組織体制づくり
十分な告知をしたあとは、従業員の健康保持・増進に向けた組織体制を構築します。長期的な取り組みのための体制づくりは重要です。
組織構築にあたっては、方針に応じて、専門部署を設置する、人事部など既存の部署に専任社員、兼任社員を置くなどの選択肢がありえるでしょう。従業員の健康保持・増進を担当する立場には専門資格を持つ社員、もしくは専門の研修を受けた社員の配属が望ましいです。
さらに、健康経営については企画立案の段階から役員会での取り扱い事項とするなど、体裁のみの取り組みにせず、確実に実行していくためのフローをつくることも重要です。
STEP3.従業員の状況把握
体制を整えたら、従業員の健康状況の把握に移ります。
コロナ禍で労働環境が変わっている昨今は、感じている体調の変化も多いはず。健康診断やストレスチェックの受診率・結果を確認するほか、ヒアリングなども行うと思わぬ課題が見つかるかもしれません。
産業医、健康保険組合とも連携し、自社の状況にあった制度、施策の実行に移っていくことが重要です。
STEP4.状況に合わせた施策の決定・実行
従業員の状況の把握ができたら、施策を決定・実行します。大々的な施策を突発的に始めるのではなく、自社の状況と方針に基づき、小さな施策を積み重ねていくことが健康経営成功のコツ。この施策決定の際、重要なチェック項目は以下の2つです。
・施策が自社の風土、状況に合っているか
・従業員が行動に移しやすい施策になっているか
施策を用意しても、現実的ではない内容だったり、従業員が取り組まなかったりすれば意味はありません。自社の従業員が取り組みやすい内容、取り組みたいと感じるような仕組みの施策を立て、実行しましょう。また、施策への取り組み前に、成果目標と評価指標をあらかじめ立てておくことも重要です。
STEP5.取り組みを評価、PDCAを回す
健康経営を掲げても、従業員の健康増進に効果のない施策を続ければ意味はありません。施策を実行して一定期間経ったら取り組みの効果を検証することが重要です。
STEP4であらかじめ決めておいた評価指標にのっとって、次の取り組みに活かせるように取り組みの効果を確認。結果に基づいて継続、もしくはアプローチを変えるなどの判断をし、PDCAを回していきましょう。
健康経営の取り組み事例
健康経営の施策に、決められた形はありません。自社の課題に合わせた柔軟な発想で施策を行っていくことが必要となります。ここでは、さまざまな課題にアプローチする健康経営のヒントになるような施策例を紹介していきます。
指標が分かりづらい健康を「見える化」
健康問題は現状や改善具合がなかなか目に見えません。年に一度の健康診断受診は義務付けられているものの、十分な動機付けにはなりづらいのが実情。これは健康経営に取り組むにあたってモチベーション維持を難しくしているポイントだといえます。
そこで健康経営へのモチベーションアップのため、多くの会社で健康状態を数値などに「見える化」して改善にあたる取り組みが行われています。
健康を「見える化」する取り組みの例
・従業員の喫煙率や血圧、長期の疾病休業日数を計測して半減を目指す
・経営トップを含む全社員のBMIの目標値を設定、期間を区切って改善に取り組む
・健康、はたらき方などに独自の指数を設け、年度ごとの明確な目標を設定する
・BMI、検診受診歴などをポイント化し、商品引き換えを可能に
従業員の禁煙促進、受動喫煙対策
2020年4月からの改正健康増進法の全面施行によって、オフィスや事業所などでも「屋内禁煙」が原則に。望まない受動喫煙を防止することが企業の努力義務になっています。
社会全体の健康と密接に関わる保険・製薬会社や日用品メーカー、喫煙率が高い運送業の企業では、法律での規制やコロナ禍に先んじて禁煙を制度化、サポートする取り組みが行われています。
従業員の禁煙促進、受動喫煙対策の例
・週に数日の「禁煙デー」を作り、経営トップも含めて禁煙を徹底する
・禁煙外来受診に対する補助金の支給
・希望者への禁煙ツール、禁煙プログラムの提供
・就業時間中の完全禁煙
従業員の運動量増加
身体活動や運動が、メンタルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすことは明らかにされています。従業員の運動量を増やすことにより、高血圧やガンをはじめさまざまな健康リスクを減らすことが可能です。 特にコロナ禍では在宅勤務、外出自粛による運動不足が問題になり、従業員の健康管理の観点からもより重要な問題となっています。
従業員の運動促進策の例
・歩数計、活動量計を従業員に配布、運動量を測定し、その結果に応じた商品引き換えを行う
・スポーツジムなどの運動施設利用費の補助
・従業員の運動量や生活習慣を記録するヘルスケアアプリの導入
コロナ禍で浮上した健康問題へのアプローチ
コロナ禍にあたってリモートワークを取り入れた職場では、これまでオフィスで提供してきた施策では従業員の健康を守ることが難しくなっています。そこで、リモートワークでの健康にまつわる不安要因にアプローチを行う企業も出てきました。
特にIT企業やスタートアップ企業では、健康経営サポート用のアプリなどを使って従業員の健康を見守る取り組みも多く見られます。例えば以下のような事例があります。
コロナ禍の健康経営の施策例
【課題】労働環境の変化によりメンタルヘルスの問題が目立つ
・Web会議ツールを使って遠隔で臨床心理士やカウンセラーによるメンタルヘルスケアを行う
・ウェアラブルデバイスと連携するアプリで従業員の脈拍を計測し、ストレス度を把握する
・Web会議ツールを利用して雑談の時間を設け、愚痴や本音を伝える場をつくる
【課題】肩こり、腰痛の悪化を訴える社員が多い
・Web会議ツールで理学療法士・ヨガインストラクターなどによるケア・ストレッチ指導を行う
・肩こり、腰痛の痛みを診断、アドバイスを行う専用アプリを全社的に導入する
【課題】若い単身の従業員が多く食生活に懸念がある
・食生活指導のWebセミナーを行う
・食生活へのアドバイスを行うアプリを全社的に導入する
コロナ禍で起きている問題は、各企業によって違うはず。必要性に合わせた柔軟な対応が求められているといえるでしょう。
まとめ|健康経営で骨太な経営を目指す
健康経営という経営手法は、2020年からのコロナ禍で従業員のメンタルヘルスが懸案事項に挙がるなど、昨今さらに注目を浴びるものになっています。
生産性向上や企業イメージ向上などにもメリットの大きい手法ですが、導入の際には企業の経営側がしっかり情報発信することから始めるのが重要です。自社の目標、現状に合った取り組みを行い、その後には効果を測定、次の取り組みを検討するというPDCAを回して、骨太な会社を目指していきましょう。
ウェルビーイングを高める健康経営のお役立ち資料をご覧いただけます
企業経営におけるウェルビーイングへの注目は高まり、ウェルビーイングははたらきやすさの新たな基準となりつつあります。
パーソル総合研究所では「はたらく人の幸福学プロジェクト」にて研究を続け、ウェルビーイングを高める経営の実現に向けたガイドブック『健康経営/ウェルビーイング経営がもたらす効果と推進時のポイント』を提供しています。
健康経営やウェルビーイング推進の基礎情報、経営や職場マネジメントにおける具体的な施策について解説しています。ウェルビーイングの推進をお考えの企業担当者の方は、ぜひご活用ください。