デザイン思考とは?DX活用事例と実践プロセスを5ステップで解説

製品やサービスの開発プロジェクト、DX推進のプロジェクトに携わるとき、以下のような問題に直面することがあります。

    • 新しいアイデアが浮かばない
    • ユーザーのニーズを掴みきれない
    • 画一的な意見しか出ない
    • チームにまとまりがない

このような問題はよく起こりがちで、放置しておくとプロジェクトの成果にも大きな影響を与えてしまいます。

一方、ユーザーニーズをしっかり捉えて製品やサービスの改善に成功し、飛躍的に売上を伸ばしている企業も存在します。

こういった企業では、プロジェクトに「デザイン思考」を積極的に取り入れているケースが多く、さらに最近では企業の経営戦略やDX推進においてもデザイン思考の活用が注目されています。

そこで本記事では、デザイン思考の概要やメリット、ビジネスに活用するプロセス、注意点などを中心に解説します。

目次

デザイン思考(デザインシンキング)とは?

デザイン思考(デザインシンキング)は、デザイナーがデザイン設計する際に用いている思考プロセスをビジネスに活用する方法で、「ユーザーの視点」という要素に最も重きを置いたアプローチです。

ユーザーを深く理解することによって、革新的な製品やサービスを生み出すことができ、製品やサービスの開発だけでなく、ビジネス戦略や社会課題の解決にも応用されてきています。

デザイン思考が注目される背景

デザイン思考が注目される背景には、現代のビジネス環境の目まぐるしい変化と、それに伴って将来の予測が非常に困難になっているという状況が大きく関わっています。

VUCA(ブーカ)の時代と呼ばれる今日、マーケット構造が変化し、従来の「仮説検証型」のアプローチだけでは課題やニーズの発見や解決が難しくなってきています。企業が競争力を維持して成長を続けるためには、イノベーションや新規事業開発など、より付加価値の高い課題に取り組むことが必要とされています。

そこで、ユーザーを深く理解してユーザーが抱える問題を明確化し、そこから新しいアイデアを生み出すことができるデザイン思考への注目が高まっているのです。

また、独立行政法人情報処理推進機構「DX白書2023」によると、DXの取り組みで成果が出ている企業の割合は「日本58.0%、米国89.0%(2022年度)」となっており、日本企業のDX推進は立ち遅れていると言わざるを得ません。

しかし、DXの取り組みにデザイン思考を取り入れることによって、成果を出している企業も出始めています。

デザイン思考とアート思考の違い

デザイン思考とよく並べられるプロセスに「アート思考」がありますが、デザイン思考が顧客ニーズの理解など顧客を起点に課題を解決するのに対して、アート思考は自由な発想や表現によって新しい価値観や視点を生み出します。

デザイン思考は、既存の製品やサービスをさらに進化させる場合に有効で、ユーザー視点で課題を発見し、問題提起やアイデア発見を繰り返しながら、顧客視点に寄り添った解決策を見つけていきます。

一方、アート思考は既成概念にとらわれない自由な発想から出発し、芸術家のように独自の思考や感情をベースにアイデアを出すことで、ビジネスの現場でも独自性のある新しい製品やサービスを生み出すことができます。

デザイン思考が「他人軸」からアイデアを生み出すのに対し、アート思考は「自分軸」からアイデアを生み出すという根本的な違いがあります。

デザイン思考をあらゆるビジネスシーンに活用するメリット

デザイン思考をビジネスシーンに活用することは、変化が激しい現代社会において特に重要であり、以下のようなメリットも得られます。

    • 顧客視点でのアプローチ
    • イノベーションの促進
    • 提案力の向上
    • チームワークの強化

これらのメリットについて十分に理解しておくことで、より積極的にデザイン思考を活用することができるでしょう。

顧客視点でのアプローチ

企業はデザイン思考の活用によって、顧客のニーズ、顧客体験、顧客感情を深く理解でき、それに基づいたユーザーフレンドリーで価値のある製品やサービスを生み出すことができます。AppleやGoogleもデザイン思考を採用しており、ユーザー中心の製品開発を行っています。

また、デザイン思考によるアプローチ方法は「顧客視点」を重視しているため、結果として顧客との関係性(ユーザーエンゲージメント)向上にもつながるでしょう。

イノベーションの促進

デザイン思考を取り入れることで、多角的な視点でユーザーのニーズや問題点を捉えられるため、新しいアイデアや解決策の発見につながります。

例えば、ダイソンのコードレス掃除機は、デザイン思考を用いた製品開発の成功事例です。

従来の掃除機に対するユーザーの不満(吸引力の弱さやバッテリーの持ちが悪いなど)を深く理解し、これらの問題を解決するために何千回もの試作とテストを重ねました。その結果、高い吸引力とデザイン性を兼ね備えた製品を開発し、市場で大きな成功を収めました。

デザイン思考を用いると、ユーザーのニーズを深く理解しながら課題の本質に迫っていくことができるため、多角的なアプローチによって革新的なアイデアが生まれやすく、それが強力な武器にもなり得ます

提案力の向上

デザイン思考では、各プロセスを反復しながら試行錯誤を繰り返してアイデアを洗練させていきます。社内でアイデアが採用されなかった場合は、その理由や原因を分析し、採用されるために必要な要素を洗い出します。

このような作業が必然的に何度も繰り返し行われるため、より実現可能性の高い、ユーザーに響く提案ができるようになり、チームとして提案力も高まるでしょう。

デザイン思考は、ユーザー中心の革新的なアイデアを生み出すだけでなく、課題と解決策を整理するスキル、ニーズを言語化し具体的に説明する力を磨くことにも役立ちます。

チームワークの強化

デザイン思考では、各プロセスを行き来しながらアイデアを生み出したり、解決策を見つけたりするため、チームのメンバーやステークホルダーとのコミュニケーションも促進されやすくなります。

コミュニケーションが活発になることで、アイデアや情報の共有化もより一層進みます。結果として、チームメンバーが互いの視点を理解できるようになり、共通の目標に向かって協力するチームワークも強固になります。

お互いの立場を尊重して、お互いの視点を理解できるようになれば、チーム内では失敗を恐れずに活発に議論が行われるようになり、創造的なアイデアが生まれやすくなるでしょう。

デザイン思考を取り入れることで、異なる立場の多様な視点を受け入れることができるようになり、互いに協力しながら問題解決に取り組む文化も育むことができます。

デザイン思考はDXにも役立つ

デザイン思考は、DXにおいても非常に重要な役割を果たします。デザイン思考の特徴でもある「ユーザーを中心とした考え方」は、デジタル技術を活用したビジネス変革の土台をつくるものです。

また、デザイン思考をDXに活用することで、企業は以下のようなメリットを得られます。

    • 目的を「ユーザー視点」においたまま製品やサービス設計ができる
    • 社員の意見やアイデアを反映しやすくなる
    • 柔軟かつ革新的なアイデアを生み出せる
    • 顧客満足度の向上や顧客との関係性を強化できる

DXを成功させるためには、技術面の変革だけではなく、ユーザーを意識したアプローチが不可欠です。

DX推進を目指す企業にとって、デザイン思考は、デジタル化というテクノロジーの波に乗りながらも、ユーザーが持つ「真のニーズ」に応える商品やサービスを提供するための重要な考え方と言えるでしょう。

デザイン思考の5段階プロセス

デザイン思考の代表的なプロセスとして、スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所(d.school)によって提唱された5つのプロセスがあります。

    1. 共感(Empathize)
    2. 問題定義(Define)
    3. 創造(Ideate)
    4. プロトタイプ(Prototype)
    5. テスト(Test)

これら5つのプロセスを柔軟に行き来することで、複雑な問題に対しても革新的な解決策を見つけ出すことができ、ユーザー中心の製品やサービスの開発が可能になります。

1.共感:ユーザーへの共感

このプロセスでは、インタビューやアンケートを行ったり、ユーザーの行動を観察したりして、ユーザーのニーズ、感情、動機をできるだけ深く理解することを目指します。

この段階で重要になるのは、ユーザーが発する意見を鵜呑みにするのではなく、その背後にある本音や潜在的なニーズを探り出すことです。ユーザーが本当に求めているものは何か、を見つけ出しましょう。

ユーザーへの共感は、ユーザー中心の製品やサービスを生み出すための出発点となる重要なプロセスです。

2.問題定義:ユーザーが抱える問題の明確化

ユーザーへの共感段階で得られた情報をもとに、解決すべき具体的な問題を明確に定義します。

この段階では、ユーザーの声を直接聞いたり、観察によって得られたりした情報を活用して、問題点をユーザー中心の視点から捉えつつ、解決すべき核心となる課題を特定します。

ユーザーが実際に直面している問題を正確に捉えることで、それを効果的に解決するための製品やサービスの開発へと近づけるでしょう。

3.創造:課題解決に向けたアイデアの創出

ブレインストーミングやミーティングなどを通じて、チームメンバーが持つ創造性を最大限に発揮させながら、さまざまな解決策を発掘していきます。

このときに重要なのは、どんなアイデアも最初は否定せず、可能な限り多くのアイデアを生み出すことです。そうすることで、従来の思考パターンにとらわれない新しい視点や解決策が見つかる可能性があります。

この段階では、ブレインストーミングやブレインライティング、SCAMPERなど、アイデアを生み出すためのさまざまな手法を活用できます。

ブレインストーミング グループで行うアイデア生成の手法の一つ。参加者が自由にアイデアを出し合い、批判や評価を避けることで、クリエイティブな思考を促進する。どんなアイデアも歓迎され、量より質が重視される
ブレインライティング アイデアを書き留めて共有する方法。参加者は一定時間内にアイデアを書き出し、そのアイデアを他の参加者と交換する。次に、他の人のアイデアに基づいて新しいアイデアを追加していく。内向的な参加者にもアイデアを共有しやすいのが特徴
SCAMPER 既存の製品やサービスを改善するためのアイデアを生み出すための手法で、以下の7つの異なるアプローチの頭文字を取ったもの
・Substitute(代替する)
・Combine(組み合わせる)
・Adapt(適応させる)
・Modify(変更する)
・Put to another use(別の用途に使う)
・Eliminate(排除する)
・Reverse(逆転させる)

チームメンバーが自由にアイデアを出し合うことで、問題を解決するための新しい視点やアプローチが見つかりやすくなるでしょう。

4.プロトタイプ:速やかな試作品の作成

複数のアイデアの中から期待できそうなものを選び、低解像度のプロトタイプ(モックアップ、スケッチ、模型など)を作成します。

プロトタイプの作成は、アイデアを視覚化し、チーム内外のステークホルダーとのコミュニケーションを活発化させるための重要な手段です。作成する上でのポイントは、できる限り低コスト・短期間でおこなうということです。高いコストや時間をかけずに、効果的にアイデアの検証と改善を行うことができます。

この段階の作業を通じて、採用したアイデアが実際にユーザーのニーズに応えるものであるかを確認し、必要に応じてアイデアを修正または発展させることができるでしょう。

5.テスト:効果検証の実施

作成したプロトタイプの実用性やユーザビリティを確認し、ユーザーが持つ問題を解決できるかを評価します。テストを行ったら終わり、というわけではなく、テストで得られたユーザーの反応やフィードバックに基づいてプロトタイプの改良を繰り返し、より製品やサービスを洗練させていきます。

このプロセスでは、ユーザーの実体験と直接的なフィードバックが重要です。ユーザーのフィードバックから、最終的な製品やサービスがユーザーの期待に応えられるか、実際の問題を解決できるかなどを確認していきます。

これらのプロセスを通じて、製品やサービスが継続的に改善されることにより、ユーザーが真に求めるものを生み出すことができるでしょう。

デザイン思考を取り入れる際の注意点

デザイン思考にはさまざまなメリットがある一方、以下のような注意点もあげられます。

    • ゼロベースからの開発には不向き
    • 時間や人的コストがかかる
    • 多種多様なメンバーが必要
    • 環境作りが難しい

それぞれ詳しく解説していきます。

ゼロベースからの開発には不向き

デザイン思考は、ユーザーの深層ニーズや課題を理解し、それに基づいて革新的な製品やサービスを生み出すプロセスです。しかし、ゼロベースから新しいアイデアで製品やサービスを開発する場合、ユーザーの既存の思考やニーズをベースにするデザイン思考はあまり向いていません。

そのため、デザイン思考を活用する際には、プロジェクトの性質や目的を十分に理解し、適切なアプローチを選択することが重要です。

時間や人的コストがかかる

デザイン思考の5つのプロセスのうち、共感やプロトタイプ、テストでは、多大な時間と労力を要します。これらのプロセスは、ユーザーの深層ニーズを理解し、効果的な製品やサービスを開発するために欠かせないからです。

デザイン思考を活用する際は、プロジェクトの初期段階でリソースの必要性を明確にしたうえで、リソース配分と予算確保が必要です。

多種多様なメンバーが必要

デザイン思考のプロセスでは、専門性があるだけでなく、知識や経験、興味がバラエティに富んでいないと、発想が偏ってしまう可能性があります。

デザイン思考で成果を出すためには、チームメンバー間でのオープンなコミュニケーションと相互理解を促進することが不可欠であるため、多様な視点を尊重しながらオープンな議論を奨励することが重要です。

異なるバックグラウンドを持つメンバーが協力し、それぞれの知識や経験を共有することで、プロジェクトはより高い成果を生み出せるようになります。

環境作りが難しい

デザイン思考を使ったプロジェクトを実践できるようになるまでには、時間がかかることはもちろん、組織内で理解を得ることにも労力がかかります。

また、デザイン思考の導入は組織文化の変化をともなうため、特に大きな企業や伝統的な業界では、受け入れられるまでに時間を要します。

そのため、組織や経営陣からの理解を得るには、小規模なプロジェクトから始めて徐々に拡大することが理想です。

デザイン思考で求められる「多様なメンバーが協力し合い」ながら「オープンな議論を奨励する」といった環境を作るには、組織全体でのコミットメントが必要であり、時間をかけて徐々に変化を促していきましょう。

デザイン思考を取り入れた事例

生活協同組合コープこうべでは、ユーザーである組合員のことを中心に考える「人間中心設計」に基づいて、機能づくりを行っています。

2016年にはスマートフォンアプリの開発をスタートし、以下の課題解決に取り組みました。

    • 生協の伝統的な「紙のカタログを見て注文する」スタイルが年々減ってきている
    • 若い方にとって利用しやすい生活協同組合(生協)になる
    • 組合員自身が生協の運営に参加できる利点を活かして一緒に地域や暮らしをよくしたい

「初期フェーズでは、コープこうべがアナログで提供している「強み」を活かしつつ、それをデジタルと融和させることにポイントを置き、機械的な体験にならないように「人気(ひとけ)」や「対話」、「距離感」を提案とデザインに込めた」としています。

日々の宅配注文や店舗でのお買い物に利用されるアプリを通じて、若い世代も含めた組合員が気軽な気持ちで意見や情報交換を行えたり、自然な形で地域の助け合いに参加できたりするような状態を目指しました。

そして実際にコープこうべアプリでは、いかにアプリ利用ハードルを下げるかという観点のもと、気がついたら生協活動に参加している状態をつくる「投票機能」や、組合員同士が自然につながる体験「きいて」などを開発しています。

このアプリはダウンロード数が50万を超えるなど着実に利用者を増やしており、組合員が日々の生活の中で自然と地域づくりに参加する体験を生み出すことにも成功しています。


【出典】生活協同組合コープこうべ「コープこうべアプリ

まとめ|デザイン思考は活用目的やシーンを決めて実践することが大切

デザイン思考は、ビジネスにおいて有効なアプローチ方法です。しかし、ゼロベースからの開発には不向きであったり、時間や人的コストがかかったりといった懸念点もあります。

そのため、デザイン思考を活用する際には、以下の点を押さえておきましょう。

    • プロジェクトの具体的な目標設定
    • デザイン思考の活用目的・活用シーンの明確化
    • 成果の測定基準を設定

また、デザイン思考はユーザー中心のアプローチであり、最終的な成果はユーザーの満足度や問題解決の度合いによって測定されます。成果の基準を明確にしておくことで、組織内の理解も得られやすくなるでしょう。