企業におけるエンパワーメント(権限委譲)とは
英語のempowerment(エンパワーメント)は、power(力)に接頭辞em-(〜にする)がついて、「力をもたせる」「力を引き出す」といった意味をもつ言葉です。広い意味では「湧活」とも訳され、経営学ばかりではなく、心理学や教育学などの分野でも用いられます。
たとえば臨床心理・健康心理といった心理学の分野では、パワーレスな(権限・力がない)状態からくる「無力感」が健康を損ねる要因の1つとして考えられています。そこで、自分の意思・態度や行動を、自分自身で決定し変えていくために、権限・手段・資源などといった「力」を与えていこうと考えるのです。ヘルスプロモーションやストレスマネジメントの考え方や手法の1つでもあります。
一方、教育分野では従来の教育にあった父権主義、すなわち父親が子どもを支配するような関係性を廃そうとする考え方でもあります。なぜなら、父権主義のもとでは個人や集団としての子どもたちが権限や力を与えられずに、いつまでたっても自分の人生の主人公になれずじまいになってしまうからです。そうではなく、子どもたちに権限・力を与えることで内発的な動機づけをし、成功体験をさせて有能感を醸成し、自ら学習して自分の長所を伸ばしてもらおうとします。
広義では、エンパワーメントには8つの原則があるとされています。
エンパワーメントの8つの原則
特に、ビジネス分野でエンパワーメントという言葉を用いるときは、権限委譲を意味します。企業においては、エンパワーメント(権力委譲)は組織づくりの一環、教育の一環として行われます。
組織づくりのエンパワーメント
エンパワーメントを導入することで「迅速な意思決定」「従業員の自主的な能力向上の促進」「管理者不足の解消」に効果があります。特に、グローバルで企業間の競争激化が進み、SNSなどインターネットが普及し膨大な情報があふれる、不確実かつ予測しがたい「VUCA(ブーカ)の時代」といわれる現代にあっては、あらゆる企業行動にも迅速さや従業員の主体性が求められます。
組織として迅速な意思決定を可能にするためには
現代では市場の需要が絶え間なく変わり、商品のライフサイクルも短くなっています。そのため、経営にもスピードが求められます。さらに、変転する経営環境では、経営者ひとり、または少数の管理者だけでは手に余る状況も生まれやすいでしょう。そうした状況にも迅速に対応するために、従業員をエンパワーし(一定の権限・力を与え)、一人ひとりができることを増やそう、と考えることは自然です。
このとき、従業員が自立的に動くことができるようになるためには、従業員本人が、「自分にはそれをする力(パワー)がある」と認知している必要があります。これまでの研究からも、認知の高い人ほど、「自分は仕事をコントロールできている」という感覚をもちやすい(Spreitzer、2008)ということが報告されています。
“心理的にエンパワーされた従業員は、自身の潜在可能性を最大限に引き出すことができ、結果的に組織の有効性を高めるといわれている(Conger and Kanungo, 1988;Maynard, Luciano, D’Innocenzo, Mathieu, and Dean, 2014;Singh and Sarkar, 2012)”
エンパワーメントを受けた人が「自分は従来よりも権限を与えられ、自分にはそれをする力がある」と感じている状態は「心理的にエンパワーされた」状態ということができます。心理的エンパワーメントは従来のエンパワーメントよりも拡大された概念です。以前は客観的な権利の委譲だけをもってエンパワーメントと捉えられていましたが、研究が深まり、エンパワーメントの心理的側面も注目されるようになってきました。
この心理的エンパワーメントは、「意味」「能力」「自己決定」「インパクト」という4つの認知的な動機づけからなる、と考えられています。4つの要素それぞれで3つの質問をすることで、従業員の心理的なエンパワーメント度合いが高いかどうか、判定することができます。それが、以下の質問です。
【意味】
・私の仕事は自分にとって重要であるか
・仕事内容は個人的に有意義であるか
・私が行っている仕事は自分にとって意味があるか
【能力】
・私は仕事を実行する能力について自信があるか
・私は仕事上の活動を行う能力をもっていると確信しているか
・私は仕事に必要なスキルを習得しているか
【自己決定】
・私は仕事の進め方について裁量権をもっているか
・私は仕事をどのように進めるかを決めることができるか
・仕事の方法を自由に決める機会が多いか
【インパクト】
・職場で生じることに対し、私の影響力は大きいか
・私は職場で生じるたいていのことを統制できるか
・私は職場で生じることに対して大きな影響力をもっているか
自社の従業員に問いかけることで、有効活用したいものです。
管理者を迅速に育てる
しかし、エンパワーメントは、いきなり権限を丸投げしても上手くいきません。教育を行う相手の、教育段階に応じて行う必要があります。つまり、企業内の権限委譲は、新人からベテラン・管理者になるまでに、部下の成長の度合いに合わせて行われなくてはなりません。一般的には以下の4段階を踏まえて行われます。
企業内の教育・エンパワーメントの4段階
1. 指示
まず、知識・技術がまだまったく身についていない新人に対しては、手取り足取り「指示」します。この段階では、まだエンパワーメントはありません。
2. 合意
次に、ある程度の知識や技術が身についてきたら、ある程度の権限委譲を行い、一定の範囲で裁量をもって業務にあたってもらうようにします。このとき、一定の目標・手法の「合意」をもってエンパワーメントを行う、ということになります。
3. 援助
さらに部下が育ち、十分な業務知識や技量をそなえてきたなら、上司はさらに大きな権限を委譲し、「援助」するのみといった役割に徹します。この段階までくれば、部下は相応の裁量をもち、上司の手をそれほどかけることなく仕事ができるようになっていることでしょう。
4. 委任
最後が「委任」です。管理者が自らもつ権限をすべて委譲し、同じ職務につくだけの知識と技量を部下がもつことができたということです。ここまでくれば、一定の教育は完遂されたと考えることができます。
導入する際の注意点
エンパワーメント経営が広く知られるようになるにつれ、失敗の事例もしばしば聞かれるようになりました。失敗の要因として知られるものに、以下の4点があります。
1. 会社のビジョン・経営目標共有の不徹底
2. 権限と責任の丸投げ、または委譲の不徹底
3. 教育不足
4. 環境の不整備
会社のビジョン・経営目標共有の不徹底
エンパワーメントは個々の自律を促すため、ともすると社のサービスカラーの散失や無秩序をも生み出す可能性があります。会社の目標・社の姿勢を広く周知することで、これを防ぐことができるでしょう。
権限と責任の丸投げ、または委譲の不徹底
トップやマネジメントによる、委譲の進め方にも問題があることがあります。
部下がその権限と責任をまっとうする知識と技量を得ていないのに、権限を委譲する。または逆に、部下を信頼できずに委譲したがらない、という場合です。委譲される側が能力に見合わない権限と責任を負わされても、「仕事量と責任の増加」ととらえ、これを忌避するのは想像に難くありません。また、管理者側が権限を渡したくない心理的傾向のために委譲をためらうのも、同じくエンパワーメントの失敗につながることでしょう。
教育不足
教育の4段階を経ずに、権限委譲される側の教育程度と状況を無視して、見合わない権限を委譲しても、エンパワーメントは失敗するでしょう。部下の育成度合いに応じ、成熟度に見合った権限を委譲することが求められます。
環境の不整備
権限委譲にともなう環境整備を怠っても、エンパワーメントは失敗することが研究結果により明らかにされています。
なかでも指摘されているのは、(1)共通のルールや基準、(2)情報などの資源、(3)給与システム、(4)評価システムがともなわない場合の失敗です。権限委譲にともない、これら環境を適正化しないことには、エンパワーメントは機能しないようです。
また、エンパワーメントが無秩序を生む可能性を述べましたが、ルール化とコントロールの強弱が、エンパワーメントが機能するかどうかに相関する、とした研究があります。
ルール化とコントロールが強く行われたときと弱く行われたときにはエンパワーメントは機能し、中途半端に行われたときに機能しない、というのです。理由は明らかにされておらず、今後の課題とされています。
経営層・上司が部下の教育度合いと環境に配慮しつつ導入しよう
エンパワーメント(権限委譲)は、委譲する側・委譲される側・環境整備の面で適正に行われるならば、不確実で複雑、かつめまぐるしく変転する時代に適応した、有効な経営マネジメント手法となります。上手く導入すれば、意思決定と行動の迅速化、管理者不足の解消、部下の自律的な行動と学習による教育効果、顧客満足度の向上といったメリットを享受することができます。
注意したいのは権限を丸投げしないこと、部下の育成度合いに見合った権限と責任を委譲すること。また経営目標を広く周知徹底すること、そしてルールと基準を明らかにし、部下がアクセスできる情報資源を拡大し、給与システム・評価システムを権限委譲に合わせて適正化することです。
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