世界の経営学が示唆する、イノベーション創出のための人材・組織マネジメントのあり方(後編)

東京 経営者・役員 人事

早稲田大学大学院
早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄 氏

市場環境の変化や国際競争が激化するなか、日本企業、特に大企業は今、生き残りを懸けた大きな転機を迎えている。日々新しい技術や製品が次々と生み出され、大企業といえども企業の持続的な成長のためには、「イノベーション」を継続的に生み出していくことが必要不可欠だ。実際、イノベーション創出は、大企業を中心に多くの日本企業において、重要課題の一つに位置付けられ、様々な取り組みが行われている。にもかかわらず、日本企業の「イノベーション」の成果は欧米企業に大きく差をつけられている。
講演では、日本を代表する新進気鋭の経営学者である、早稲田大学大学院/早稲田大学ビジネススクールの入山章栄氏が登壇。アメリカで10年間経営学者として研究を重ねてきた入山氏が、「世界の経営学」の見地から日本企業がイノベーションを創出するためのヒントを示した。

目次

ダイバーシティは目的ではなく、イノベーションのための手段

個人レベル、戦略レベルに続いて3番目は組織レベルの「知の探索」について。できるだけ遠くの知を幅広く取ってきて、組み合わせるのが「知の探索」だから、バラバラな知を持っている人が同じ組織に入ることが、組織レベルの「知の探索」においては最も重要となる。これがまさにダイバーシティの本質であり、その意味では3年前に成立した女性活躍推進法や政府が推し進めているダイバーシティ施策は、イノベーションを促進する意味において正しいといえる。

「女性活躍推進法ができたタイミングで、多くの大企業のダイバーシティ担当者が困り果てた様子で私のところにやってきたので、『なぜあなたの会社ではダイバーシティを進めているのですか』とたずねたところ、みんな口をそろえて『さあ』『社長が言うから』と。それだと、ダイバーシティのためのダイバーシティ、つまり手段が目的になってしまっている。でも経営学からみると、ダイバーシティは知の探索のための手段なのです。イノベーションのために不可欠だからです」(入山氏)

近年海外の大手企業では、イノベーションのために世界中から人を集め、外国人を経営幹部に起用する例が増えている。日本の多くの企業は、日本人の中年男性で占められているが、組織レベルで「知の探索」をするのなら、女性、外国人は増やすこと、つまりダイバーシティが重要となる。

ダイバーシティの本質は「知の探索」だが、もしひとりの人間の中に、多様な知見と経験があれば、その個人の中でも、知と知の組み合わせが多様となる。これを「イントラパーソナルダイバーシティ(個人内多様性)」といい、世界の経営学の中でも、ここ10年で急速に注目が分野である。

「私は日経ウーマン・オブ・ザ・イヤーの審査員を4年連続でやらせていただいていますが、4年前に選ばれた4人の女性の共通点は、マルチキャリアです。例えば、クリエイターのプラットフォームの創設したロフトワークの林千晶さんは、元ジャーナリスト。未来食堂を生み出した社会起業家の小林せかいさんは、元・IBMのエンジニア。VRヘッドマウンドを開発するFOVEのCEO、小島由香さんは元マンガ家。映画『君の名は』の宣伝プロデューサー・弭間友子さんは、映画のみならず、様々なPRに携わっています。イントラダイバーシティの高い人の共通点ですね」(入山氏)

創造的なアイデアは、”チャラ男・チャラ子”から生み出される

4番目は人脈レベルの「知の探索」。世界の経営学では、SNS研究、つまり人脈のデータを解析することによって、どういう人脈を持てばパフォーマンスが上がりやすいかという巨大な研究分野があり、ノースウエスタン大学では、専門の研究所も作られている。

その中で最も重要な考え方は「強い結びつきと弱い結びつき」で、弱い結びつきの方が、パフォーマンスが上がりやすいことがわかっている。

わかりやすく言えば強い結びつきとは「親友」、弱い結びつきは「知り合い」。比べれば弱い結びつきの方が、簡単につくれて、遠くへ広がりやすい。つまり弱い結びつきの方が、幅広い知見や経験を持っている人の発信が簡単に流れてくるため、遠くの幅広い知見をとってくるのが目的の「知の探索」には、弱い結びつきの方が適しているといえる。これを専門用語で「the strength of weak(弱い結びつきの強さ)」いい、スタンフォード大学のMark Granovetterという社会学者が1973年に示して以来、世界のSNS研究の最も重要な考え方といわれている。Facebookのデータサイエンティストが解析に用いるなど、現代のビジネスにおいても通用する理論である。

「経営学では弱い結びつきを持っている人のほうが、クリエティビティが高いという研究結果が多くでています。強いて言うなら”チャラ男””チャラ子”なわけです。日本企業では疎まれがちな存在ですが、意外と斬新な切り口でアイデアを出してくる。もしみなさんの会社で創造的なアイデアが足りないとすれば、それは”チャラ男”と”チャラ子”が足りていないからかもしれません」(入山氏)

もう1つの考え方としては、副業の解禁や週休3日制といった働き方改革だ。時間外労働の上限規制など、労働環境の見直しも重要だが、率先して働き方改革を行っている企業には、副業もしくは休暇の間に得た知見や経験、人脈を業務に活かしてもらうことを期待しているところがあるという。

「イノベーションを起こし、おもしろいことができている企業は、こうした働き方改革から『知の探索』やイントラパーソナルダイバーシティ、弱い結びつきが生まれるのをわかって取り組んでいる。このことはぜひ知っていただきたいですね」(入山氏)

情報の共有化とは、「Who knows what」を知っていること

知の探索には、持って帰ってきた知を組み合わせる必要があるが、それには組織内での情報の共有化が重要となる。「情報の共有化」というと「組織の全ての人間が同じことを覚えていること」と多くの人が勘違いをしているが、これは数千人規模の組織では不可能である。

世界の経営学では「トランザクティブ・メモリー」という考え方が定着している。組織の情報の共有化において重要なのは「誰が何を知っているか」を漠然と知っている、つまり「Who knows what」を覚えていることである。南カリフォルニア大学のマーサ・ホリングスヘッドの研究が1998年に行った研究では、トランザクティブ・メモリーを高めるには、言葉よりも顔を合わせたコミュニケーションが重要という結果が出ている。またカイル・ルイスという人の研究では、トランザクティブ・メモリーの高いのは、日頃から顔を合わせたコミュニケーションを大切にしている人、対して低いのはメールばかりをしている人という結果が示された。

「昔は『たばこ部屋で重要なことは決まっている』といわれていましたが、顔をあわせたコミュニケーションでトランザクティブ・メモリーを高めていた。また就業時間後にこっそりやる研修『闇研』も典型的な『知の探索』で、青色発光ダイオードなど、そこから生まれたヒット商品はたくさんあります。実は昔の日本企業の方が、『知の探索』、トランザクティブ・メモリー、弱いつながりを作り出す仕組みがいっぱいあったのではないかと。今後は『たばこ部屋』や『闇研』の代わりとなるような仕組みを考えていく必要があるでしょう」(入山氏)

SNSの進化とともに、転職は「非日常」から「日常」に

日本の組織に一番足りていないのは『センスメイキング理論』だという入山氏。センスメイキング理論とはミシガン大学の組織心理学者Karl Weickを中心に発展してきた理論で、世界の経営学において最も重要な考え方だ。

「センスメイキング理論では不確実性の高い状況に必要なのは『accuracy(正確性)』ではなくて、『plausibility(納得性)』、すなわち『腹落ち』。今後ますます競争と変化が激しくなり、先が見えなくなる時代に一番やってはいけないのは、正確な分析に基づいた将来予測です。正確な分析がいけないということではなく、変化が激しい世界において分析だけに頼ろうとするがダメなのです」(入山氏)

日本の多くの企業にはビジョンが無い、あっても社員が知らないか、腹落ちしていない。3年後の正確な予測ではなく、10年、20年、30年後の未来に向けて「うちはこういう思いでやっている。だからこういう方向で、社会に対し価値を提供していこう」と発信し、社員や顧客、取引先に納得してもらって前に進むことが、イノベーション創出には重要となってくる。

「この会社は何のためにあって、自分はなんのために働いているのかという『腹落ち感』はイノベーションに不可欠です。今日、お話したのは、すべて世界の経営学で普通にいわれていることです。イノベーションを起こすヒントとして、ぜひご一考いただければと思います」と、入山氏は講演を締めくくった。

本記事は2019年10月23日開催の「PERSOL CONFERENCE 2019」の講演を記事化したものになります。

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