世界の経営学が示唆する、イノベーション創出のための
人材・組織マネジメントのあり方(前編)

 
 
早稲田大学大学院
早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄 氏

市場環境の変化や国際競争が激化するなか、日本企業、特に大企業は今、生き残りを懸けた大きな転機を迎えている。日々新しい技術や製品が次々と生み出され、大企業といえども企業の持続的な成長のためには、「イノベーション」を継続的に生み出していくことが必要不可欠だ。実際、イノベーション創出は、大企業を中心に多くの日本企業において、重要課題の一つに位置付けられ、様々な取り組みが行われている。にもかかわらず、日本企業の「イノベーション」の成果は欧米企業に大きく差をつけられている。
講演では、日本を代表する新進気鋭の経営学者である、早稲田大学大学院/早稲田大学ビジネススクールの入山章栄氏が登壇。アメリカで10年間経営学者として研究を重ねてきた入山氏が、「世界の経営学」の見地から日本企業がイノベーションを創出するためのヒントを示した。

イノベーションなくして、組織の未来はない。

今、世界では、アメリカの経営学の国際標準化が急速に進んでおり、ヨーロッパ、アジアを含む世界中の経営学者が同じ経営理論を使い、統計解析を行い、科学的に研究を進めている。今日もそのような知見に基づく話をしたい。

今回の講演のテーマは「イノベーション創出」。ここでいうイノベーションとは、新規事業や業務改善など、組織が新しいことを実践し、前に進んで変化することすべてを指す。

「IT技術の導入により、今後はますますグローバルに異業種と競争をしなければならない厳しい時代。急速な技術革新により安泰と思われていた企業や業界が一気になくなるということが現実に起きています。そうした時代に企業・組織が何もせずに現状維持のままでいると、もう先はないと、多くのみなさんが肌感覚で気づいている。だからイノベーション創出が重要といわれているのでしょうが、実際はなかなか難しい」(入山氏)

まさに今、日本中で求められているイノベーション創出。それを企業や組織で起こすための「思考の軸」となる世界の経営学の知見をもとにイノベーション創出に向けた「重要な示唆」が紹介された。

 

「知の探索」と「知の深化」のバランスを
追求がイノベーション創出の鍵

イノベーションを起こすことは日本だけではなく、世界中の会社が悩んでいて、世界の経営学において最も重要な研究テーマの一つに位置づけられている。しかし、その根本原理はもう何十年も変わっていない。イノベーションの第一歩は新しいアイデア、つまり「知」を生み出すことである。そして「今ある既存の知と、別の既存の知の新しい組み合わせ」によって新しい知が生み出される。これはイノベーションの父と言われた経営学者であるJoseph A. Schumpeterが、80年以上前からNew Combinations」、日本語で「新結合」という名前で示した考え方で、いまだに世界のイノベーション研究における最も根本的な原理である。

しかし、人間というのは認知に限界があり、本質的に目の前にあるものだけを組み合わせる傾向がある。だからイノベーションが生まれづらいのだという。

 

「イノベーションが起きないと悩んでいるのは歴史の長い会社が多いです。そして日本の企業はいまだに新卒一括採用、終身雇用の観衆が残っている。同じ業界、同じ場所に、同じような人に囲まれて何十年もいると、知と知の組み合わせはすべてやり尽くしてしまっている。そこから脱却するためには、目の前ではなく、なるべく自分から離れた遠くにある知を幅広く探索して持ち帰り、新しく組み合わせることが何よりも重要です。これは『知の探索(Exploration)』といいます」(入山氏)

さらに、イノベーションを生み出すためには「知の探索」だけではなく、見つけた知を数多く組み合わせ、良いものは徹底的に深掘りし、収益化する必要がある。これを「知の深化(Exploitation)」という。この「知の探索」と「知の深化」の2つを、まるで右手と左手がバランスよく使える両利きの人のようにバランスよく実践できる組織やビジネスパーソンがイノベーションを起こす確率が高いというのが、世界の経営学のコンセンサスとなっている。

しかし、企業や組織は「知の深化」に偏る傾向がある。「知の探索」には時間も人もお金もかかり、簡単ではない。さらに知と知を新しく組み合わせるのは失敗も多いため、現在、収益を上げている組み合わせばかりを深掘りする方向に流れてしまう。短期的にはある程度収益をあげることは可能だが、本質的なイノベーションに必要な「知の探索」がなおざりになることで、中長期的なイノベーションが停滞する。これを経営学の専門用語で「競争力の罠(Competency Trap)」という。

「日本においてイノベーションが起きていない理由として様々な理由が挙げられていますが、世界の経営学から見ればすべて同じで、多くの企業が知の深化に偏りすぎてCompetency Trapに陥っていることにほかならない。もしみなさんの会社で変化が足りていないのなら、『知の深化』に偏りすぎず、『知の探索』を徹底的に促す必要があるのです」(入山氏)

 

「失敗を受け止められる組織」になることが最も重要

では、どうしたら「知の探索」を促すことができるのか。一番目は個人レベルの「知の探索」について。当然、会社は人でできているので、ひとりひとりが「知の探索」を積極的に行う必要がある。

「例えばスティーブ・ジョブズは、山のように失敗作を作っていて、打率としたら1割にも満たない。iPhoneやMac Bookというメガヒットがあるため、大天才だと思われていますが、彼の本質は大失敗王、典型的な『知の探索』人間なのです」(入山氏)

そこで一番重要となるのが、「失敗を受け止められる組織になること」。成功のためには「知の探索」が必要であり、副産物としてたくさんの失敗作が生まれるが、それを受け止めなければならない。しかし「失敗を受け止める」のは、日本の企業が一番苦手なことである。

「社是に『安心』『安全』とついている会社は、細かい業務プロセスにおいても徹底されているためイノベーションは起きづらい、と言えるかも知れません。特にインフラ系企業などは安全が大事であることはもちろんですが、徹頭徹尾やりすぎてしまうと、イノベーション創出は実現しにくいでしょう。その場合は、ルールとして失敗ができる余白を作ってあげないといけない」(入山氏)

さらに「知の探索」を起こさせない大きな理由となるのが「人事評価」。「失敗」「成功」で紋切り型に評価されるだけだったら、その瞬間から失敗が怖くなり、「知の探索」ができなくなる。イノベーションのために、一番変わらなければならない部門はR&Dでもマーケティングでもなく、人事。会社は人でできているのだから、人事がイノベーションを促す施策を積極的に打ち出す必要がある。

「日本の会社の人事は上から降ってきたものをこなすだけという印象が強いですが、僕の周りでおもしろいことができている会社はすべからく人事がおもしろい。実際、並み居るスタートアップ企業は、紋切り型の評価制度を廃止しています」(入山氏)

グローバルに目をやれば、ベンチャー企業のみならず、世界的な大企業も失敗・成功に囚われた評価制度から脱却している。日本でも失敗を受け止める組織になるために、人事評価を含め、考え直すべきである。

 

オープン・イノベーションによる知の探索

個人レベルに続いて、2番目は戦略レベルの「知の探索」について考える。まずは「オープン・イノベーション」。異業種の会社と連携、もしく新興のベンチャー企業に投資し、コラボレーションを通してお互いに学んでいくことで、日本でもここ数年でだいぶ定着してきた。異業種や新興のベンチャーは、”遠くにある”知見を持っているので、そこと組んで何かをすることは当然「知の探索」となる。海外では常識で、並み居る企業はほぼ全てオープン・イノベーションを行っている。

「世界の経営学では、オープン・イノベーションに積極的な企業のほうが、事後的な企業価値やイノベーションパフォーマンスが高いという分析結果があります。日本においてもイノベーション創出の手法として、今後ますます拡大していくでしょう」(入山氏)

 

本記事は2019年10月23日開催の「PERSOL CONFERENCE 2019」の講演を記事化したものになります。

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