俳優として舞台・映像の両方で活躍する河内大和さん。40代でドラマ『VIVANT』への出演を果たすなど、着実にキャリアを積み重ねてきました。その道のりは決して順風満帆ではなく、20代〜30代はアルバイトと俳優業を掛け持ちしながら、思うように結果が出ない時期も経験してきたといいます。
それでもなぜ、河内さんは歩みを止めなかったのか。そこには、「やらされる」のではなく「やりたい」ではたらくこと、そして「自分のため」から「誰かのため」へと変化していった、はたらく意味の転換がありました。
自分の選択を積み重ねながら俳優としての道を切り拓いてきた河内さんに、「はたらく」ことをどう捉えているのか、そして河内さんが体現する“はたらくWell-being”とは何かを伺いました。
やらされるのではなく、「やりたい」ではたらくということ
──まず、河内さんが考える「はたらく」についてお伺いしたいです。俳優として「はたらく」ことを、どのように捉えていらっしゃいますか?
俳優の仕事は、はたらいている感覚はあんまりないんですよね。僕の場合、大学生の頃に演劇研究部に入り、そこから演じることにのめり込んで俳優になりました。キャリアだけでいえば20年以上になりますが、俳優一本で生活できるようになったのは40歳目前。それまではアルバイトと掛け持ちしていました。
そのときと比べると今は、自分が好きなこと、やりたいことでお金をいただけている。なので仕事をするというよりも、「やりたいことをやっている」という感覚に近くて。
──そう思うと、アルバイトをしていた期間が長かったからこそ、「仕事」は生活していくためのものという認識なのかもしれないですね。ちなみに、“はたらくWell-being”の指針の1つに自己選択があるのですが、ご自身で選んだからそのように感じる部分もあるのでしょうか?
そうですね、「自分で決めて選んできた」ことは大きいと思います。誰かに強制されたわけではなく、自分がやりたいから俳優の道を選んできた。ただ、これは俳優という仕事に限らず、企業に勤めている方の中にも同じ感覚の人はいるんじゃないかなと思います。やりたくてやっていることが、結果として仕事になっている人もいますよね。
もし、自分で選んだのではなく、周囲や環境に強制されていたとしたら、「はたらかされている」と感じてしまうと思うんです。そして、強制されるはたらきは、きっと苦行になってしまう。実際に、僕にとってアルバイトの時間はそういう側面もありましたから(苦笑)。
一方で、自分がやりたくて選んだはたらきは、もちろん苦しいことやつらいこともありますが、根本では「喜び」なんですよね。だからこそ、困難も受け止めることができる。
──舞台から始まり、現在はドラマや映画など映像作品への出演も増えていますが、演じる場が変わったことで、はたらく感覚に変化はありましたか?
はたらく喜びという意味では、大きな変化があります。舞台には舞台の良さがあり、そこでも充実した時間を過ごしてきましたが、僕自身はずっと「いつか映像作品に携わりたい」という思いを持っていたんです。そもそも俳優に興味を持ったきっかけも、高校時代に映画好きの友人と出会い、映画の中でさまざまな役を演じる俳優に憧れたことでした。だからこそ、その思いを抱えながら舞台に立っていた頃と、実際に映像の現場に立っている今とでは、はたらき方の感覚も大きく違いますね。責任やプレッシャーは確実に増えていますが、それ以上に「やりたかったことができている」という実感がある。だからこそ今は、なんというか、魂が喜ぶはたらき方をしていると感じています。
自分のためから、誰かのためへ。演じるやりがいが変わった
──先ほど、俳優に興味をもったきっかけのお話がありましたが、そもそもなぜ俳優になろうと思ったのか気になります。
高校生のときに、映画好きの友人と出会ったのが転機でしたね。彼にたくさんの作品を教えてもらうなかで、最初はブラッド・ピットに憧れて、出演作品のワンシーンを友人の前でよく真似していたんです。「自分以外の誰かになれる」ことが楽しくてね。
当時の僕は、見た目や性格にコンプレックスがあり、人間関係もうまくいかない自分のことがあまり好きではなくて。「自分じゃない誰かになりたい」と思っていました。そんなときに映画の中の俳優たちを見て、「これなら、もっと面白い自分にも、かっこいい自分にもなれるかもしれない」と思ったんです。彼らの真似を見た友人も面白がってくれて、その反応が演じる喜びにつながっていきましたね。
──映画、そして俳優に救われた経験があったのですね。
その後、新潟の大学に進学して演劇研究部に入りました。ブラッド・ピットの次は劇作家の野田秀樹さんに憧れて、また真似をしましたね(笑)。やがて演劇にのめり込み、大学は中退。アルバイトを掛け持ちしながら役者活動を始めました。
ただ、20代の頃はずっとしんどかったです。納得のいく芝居ができず、厳しい指導のなかで精神的にも追い詰められていきました。同年代で活躍している俳優を見ては、「自分は何をやっているんだろう」と虚無感に襲われて……。そして27歳のとき、ついに台本を開いても声が出せなくなり、新潟から地元の山口に戻りました。
部屋に閉じこもる日々が続くなかで、知り合いのプロデューサーから出演の依頼をもらったんです。「これで最後にしよう」と決めて臨んだ舞台のカーテンコールで、観客の方から「河内さん、待ってました!」と大きな拍手をもらいました。その瞬間、「ああ、自分はこれで生きていくんだ」と覚悟が決まったんです。
──演じることを始めた当初は、「自分以外の誰かになる」という、自分に向いたベクトルが強かったのかなと感じました。今、その気持ちに変化はありますか?
そうですね。もちろん今でも自分以外の何かになれる喜びはありますが、それ以上に、演じることそのものが楽しいと感じています。自分が演じたキャラクターが作品の中で生きているのを見ると、やっぱり嬉しい。それに加えて今は、家族が喜んでくれることも大きなモチベーションになっています。
──ベクトルが外向きになっていったのですね。
はい、大きく変わりました。以前は自分のためでしたが、2019年に結婚して家庭を持ってからは、家族の存在がとても大きいですね。さらに、コロナ禍も自分にとって大きな転機でした。当時は舞台中心で活動していたのですが、仕事が一気になくなってしまって。それまでの僕は、ありがたいことに周りの方々との巡り合わせでさまざまな舞台作品にお声がけいただいていたんです。27歳のときに声をかけてくれたプロデューサーや、その後に出会った俳優の吉田鋼太郎さん、演出家の蜷川幸雄さんなど人とのご縁によって支えられてきたのだと改めて実感しましたね。
そうした経験を経て、演じる理由も少しずつ変わっていきました。僕は自分のためというよりも、誰かのために演じるほうが力が湧いてくる。今はもう、自分のためだけだったら、ここまで頑張れていないかもしれません。
比べきった先にしか見えない、自分の価値
──そして2021年に野田秀樹さん演出の舞台『THE BEE』のメインキャストに抜擢されたことが、『VIVANT』出演にもつながっていくんですよね。
はい。『THE BEE』を『VIVANT』のプロデューサーの方が観てくださっていて、そこからモンゴル人役でお声がけをいただきました。
──40代で念願の映像作品出演という夢を叶えられたことについて、ご自身ではどのように感じていますか?
よく「遅咲き」と言われることがあるんですけど、僕自身は早いと思っています。もともと40代でこんな機会をいただけるとは思っていなかったんです。僕のような個性的な容姿は、もっと年齢を重ねてからじゃないとチャンスは来ないだろうと思っていて、50代、60代をイメージしていて。だから自分としては「もう来たのか」という感覚ですね。
ただ一方で、20代、30代での苦労があったからこそ、今につながっているとも感じています。若い頃に先輩から「20代、30代でどれだけ苦労したかで、40代以降が変わる。今のうちに苦労しておけ」と言われたことがあって、本当にその通りでした。あの頃の地道な積み重ねがなければ、今ここにはいないと思います。
──先ほど20代での挫折経験のお話もありましたが、周囲と比べてしまう気持ちとは今、どのように向き合っているのでしょうか?
今振り返ると、その嫉妬や羨望も含めて、すべて必要な経験だったと思います。そのときはつらいですけど、そういう感情を通過しないと、次の段階には進めない気がするんです。僕は目一杯悔しがって、羨んで、自分と比べてきました。そうやって比べきった先で、ようやく気づくんですよね。「自分は自分にしかなれない」ということに。
だから今は、年齢に関係なく活躍している俳優のみなさんを素直に尊敬していますし、その人の良いところを見て、「自分はどうすればもっと良くなれるか」と考えられるようになりました。比べること自体が悪いわけではなくて、比べた先でどう受け止めるか。その積み重ねが、今の自分をつくっているのだと思います。
咲くまで待つ。忍耐が、自分を育てる
──これまでのお話を伺っていると、焦らずに積み重ねることの大切さを感じます。
今だから言えることかもしれませんが、僕は20代の頃に日の目を浴びなくてよかったとさえ思っているんです。当時の自分が聞いたら怒るかもしれないですけど(笑)。でももし声をかけられるなら、「今は焦らずに、地道にやれ」と言いたい。「苦しめ」「その時間もきっと必要なんだ」と。
当時からずっと支えになっているのが、俳優の白石加代子さんがインタビューでおっしゃっていた「忍耐が花を咲かせる養分になる」という言葉です。僕はそれを信じてやってきましたし、20代で得た一番のものは忍耐だったと思います。たとえば花も、無理に早く咲かせようとすると、いい花にはならないじゃないですか。土壌が整っていないとすぐに枯れてしまうし、水や栄養も時間をかけて与えていかないといけない。人も同じで、焦って結果を求めすぎると、どこかで崩れてしまう気がするんです。
──確かに、咲くタイミングを待つことも大切ですよね。
そうですね。極端な話、咲くのは何歳でもいいと思っていて。大事なのは、ちゃんと咲くこと。そのために必要な時間があるなら、それは決して無駄ではないはずです。
今は「頑張れ」と言うことが少しためらわれる時代かもしれませんが、僕自身はやっぱり、頑張るって素敵なことだと思っています。頑張ったあとに食べるご飯はおいしいし、汗をかいたあとには、小さなことにも喜びを感じられる。そういう感覚って、すごく大事だなと思うんです。焦らず、比べすぎず、それでも信じて続けること。その積み重ねが、気づいたときにちゃんと花を咲かせてくれるんじゃないかと思います。
──今後、演じてみたい役はありますか?
やっぱり映画の主演をやってみたいですね。それも、追いつめられる役で(笑)。犯人でも刑事でもいいんですけど、ギリギリの状況に置かれるような役を演じてみたいです。