月300時間残業の勤務医から芥川賞作家になった小説家・朝比奈秋の“はたらくWell-being”

医師で小説家の朝比奈秋さんにとって、「書く」とは「満足感や自己承認欲求、お金といったものを超えて、たどり着いた究極の仕事」だと言います。

月に300時間を超える残業が続き、生活の境界が消えていった勤務医時代。その後、無職の時間を経て40歳で小説家デビューを果たし、2024年には『サンショウウオの四十九日』(新潮社)で第171回芥川龍之介賞を受賞。2026年には、過去の救急医療での経験が登場人物たちの状況に色濃く映し出された『受け手のいない祈り』(新潮社)が、文化庁主宰の第76回芸術選奨文部科学大臣新人賞に選出されるなど、小説家として目覚ましい活躍を見せています。

激務の果てに、「生きていても死んでいてもどちらでもいい」という感覚に陥りながらも、突然降ってきた「物語を書く衝動」に突き動かされ、気付けば究極の仕事になっていた。そんな“究極の仕事”と出会うためには、私たちは何ができるのでしょうか。今回は、朝比奈さんのこれまでの歩みを通して見えてきた「はたらく」の意味と、仕事との向き合い方を伺いました。

小説家の仕事とは「“はたらくWell-being”を超えて、たどり着いた究極の仕事」

──文学賞受賞を機に、40歳でデビューされた朝比奈さん。5年間プロの小説家として活躍し続けてきた中で、朝比奈さんにとって小説家の仕事とはどのようなものでしょうか?

ぼくにとって「書く」とは、自分のすべてをぶつけられるものです。苦しさも喜びも両方ありますが、それは大したことではなく、自分の全部を投げ打って没頭できるという事実が大事だと思っています。満足感や自己承認欲求、お金など、仕事を語る上でよく挙げられるようなものを超えて、たどり着いた究極の仕事です。

ただ、小説家として「はたらいている」ことについて、不思議だと感じることがあります。なんのためでもなく書いた物語が、出版社の皆さんのおかげで本になり、世の中に出回り、お金をいただいている。仕事って他者のためのサービスだと思うんです。でも、書くことは自分のために行っていることであって、サービスではないので……。

──「他者のためのサービス」でいえば、朝比奈さんは小説家になる前は勤務医としてはたらかれていましたよね。医師の仕事は朝比奈さんにとって、はたらいている実感があるものでしたか?

勤務医時代は他者のために仕事をしていた実感が、たしかにありました。医療の現場には、日々苦しんでいる患者さんがどんどん押し寄せてきます。

もともと、学生時代から「命ってなんやろう」「なんで人は病気になるんや」とぼーっと考えていたタイプでしたが、医師としてはたらいている間は、目の前にいる科学的な治療を求めている方と向き合うことに必死でした。心で感じている人の生死や病気についての「哲学的な問いへの答えを知りたい」という欲求と、医療を提供する仕事の間に大きなギャップを抱きながらも、「医療のプロとして淡々と治療しなければ」と突き動かされていた感覚です。

──30歳ごろにはかなりの激務も経験されたと伺いましたが、心休まる瞬間はあったのでしょうか?

ほとんどなかったですね。当時はたらいていたのは地域の要となる救急病院で、医師の誰かが辞めたら医療崩壊してしまうような現場で、ピーク時には月300時間を超える残業を、ピーク時以外でも月100~200時間の残業をこなしていました。寝ずに翌日を迎えることも当たり前。だんだん、1日の“境界”が分からなくなっていく日々が4、5カ月続いて。

そんな生活を送っていると、だんだんとおかしくなってくるんですよ。あらゆる境界がなくなっていくんです。睡眠と覚醒、生と死、病人と健康な人……対極にあるはずのものが、ぼくにとっては同じように思えてくる。生きていても死んでいてもどっちだっていいという感覚になる。それでも、まだ自分は体が動くから、生死をさまよっている患者さんを拒否できないんですよね。

当時は仕事への満足感やはたらきがいなどを追及する暇もなく、ただ患者さんのためにはたらき続けていました。でも今振り返ると、他者のためにあれだけはたらいたから、自己中心的に書くことが仕事になってもいいのかな、という気もしています。

激務時代の自身の経験が色濃く反映された、救急病院ではたらく医師たちを描いた『受け手のいない祈り』

“書く本質”は昔も今も変わらないけど、社会で活動できるのが“プロ”

──小説を書きはじめたのは、まだ勤務医としてもはたらいていた時期でした。当初は書くことが仕事になると思っていましたか?

いえ、小説家を目指して書きはじめたわけではなかったので。というのも、最初はパソコンに向かって胃腸の論文を書いているときに、ふと頭の中に物語が映像として浮かんできて。そのまま新規ドキュメントを開いて、頭の中で見えたままを文字にしたのが、小説を書きはじめたきっかけです。

気を抜いても頭に物語が浮かんでくるので、自分の内側に溜め続けることができず、書かないとそれを忘れられないんです。書くのもしんどいけど、書かないのも同じぐらいしんどい。じゃあしゃあないか、と書き続けていましたが、ついには医師の仕事に差し支えるほど物語が浮かぶようになってしまって。正社員の医師から、フリーランスになって、週5勤務を週4勤務にしました。そこから少しずつ勤務を減らして最終的に無職になりました。

そんな中で、しだいに「せっかく書いたなら誰かに読んでもらおう」と、小説を書き終えるたびに文学賞に応募するも、ほとんどは一次選考落ち。「医師として真面目にはたらいてきた自分が、なんで無職になるんや」と、言葉にならないストレスを抱えながら、せめて書くことが仕事になればいいのにと思い応募を続けてきました。

無職になってしばらく経ったとき、知人が病気になって専門病院を調べていると、偶然同級生がホームページに載っていたんです。彼は健全にキャリアを積んでいる一方で、ぼくは無職で、お金にならない小説を書いている。とんでもない落ちこぼれのような、社会から見放されたような孤独感を味わうわけですが……でも、それは一瞬です。頭の中の物語を止めることはどうしてもできなかったので。

当時の生活は非常にシンプルなものでした。朝目覚めて、ひたすら物語を書く。ご飯を食べて、洗濯をする。人と話すことはほとんどなく、プロになる前の1年は、年間で5分ぐらいしか声を出していなかったと思います。人って喋っていないと、声が出なくなるんですよ。

──そうして書き続けること5年、書くことが仕事になった今、書くことやはたらくことに対する価値観の変化はありますか?

書くという本質は、職業作家になった今も、一人で書き続けてきた昔も変わらないですね。頭に浮かんだ物語をただひたすら“自動的”に書き進めるだけ。でも、小説が出版されて多くの人に読まれると、書いているときはその物語に取り憑かれたような感覚だったのが、スッと自分の中から抜けていく感じもあるんですよね。読まれることは、知らず知らずのうちに自分に何か影響を与えているのかもしれません。

また、芥川賞などいくつかの賞をいただいて複数の出版社にお世話になる中で、社会人としてのふるまいは重んじるようになりました。時間を守るとか、取材を受けるとか、こうした社会活動を意識するようになったのはプロの小説家になった変化だと思います。

もともと組織の中ではたらくことが苦手ですし、気を抜いたらぼーっとしてしまうというか、物語の世界に没頭してしまうので、“社会にいるとき“は意識してプロとして仕事をしようと努めています。

──苦手を乗り越えるうえで、「意識する」以外に、具体的に取り組んでいることはありますか?

たとえば、今日のこの取材が決まってからはできるだけ人と会わないようにしていました。以前同時期にたくさん取材を受けていたらぐったりと疲れてしまったので。自分は人と社交的に話せる時間が短いんだなと、自分の性質を理解して、コントロールできる部分はなるべく無理をしないようにしています。

究極の仕事と出会うために、目の前のことに全力で向き合ってほしい

──今、自分らしくはたらけていないと感じる読者が、朝比奈さんのように「究極の仕事」と出会うにはどうすればいいと思いますか?

誰でも一生懸命生きていれば、自分のすべてをぶつけられる究極の仕事、つまり天職に出会えるとぼくは考えています。小説家としてはたらけている自分はラッキーだと自覚していますが、ぼくも激務を超えた30代のあの時期だったからこそ物語を書けたんです。もし経験の浅い20代のときに「何かはじめよう」なんて思って書いていたとしても、きっといろいろなものに執着してしまって、自分の全部を投げ出すようには書けなかったと思います。

だから、もし「こんな人生でいいのか」「このはたらき方でいいのか」と思っている人がいるのなら、まずはひとときでも目の前のことに全力で向き合ってみてほしい。なんとなく一生をすごしていると、天職と出会うのは難しいし、天職を見つけ出す自分にもなれないかもしれません。

何かを続ける過程では苦難の時期も来ると思います。「こんな理不尽、やってられるか」と思うこともあるでしょう。そこで逃げられるのなら、逃げてもいいと思いますが、いつか逃れられないときは来るものです。そんなときはもう、割り切ってやるしかない。そうするうちに、自分が本当は何を求めているのかが分かり、ちょっとした幸せややりがいを超えた“大切な何か”を見出していけるものではないでしょうか。

──あらためて、朝比奈さんにとって「はたらく」とは?

ぼくが言うとあまり説得力がないと思いますが、やっぱりはたらくことは人生において重要ですよね。もしかしたら、今後はAIが発達して、仕事の立ち位置が変わってきたり、人間がはたらかなくても良くなったりするかもしれません。でも今のところ、「はたらく」とは、その人のアイデンティティや人間性に深く関わってくる活動だと思います。

仕事やはたらき方を変えることは、人生の一大事ですし、ぼく自身が30代で無職や転職を経験しているので、その大変さは理解しているつもりです。

苦しみながらひとつのことに向き合った経験は、必ず人間としての深みとなり自分に返ってくると私は考えています。

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