自由な出退勤で離職率ほぼゼロ、売上20倍 岐阜の老舗町工場「坂口捺染」の挑戦

岐阜県にある、創業70年超の坂口捺染株式会社。Tシャツなどの衣料にプリントするシルクスクリーン印刷の事業を主とし、Tシャツプリントで全国トップクラスのシェアを誇る同社は、求人を出さずとも人が集まり、退職者はほとんどいないという驚異の組織運営で注目を集めています。その変革をもたらしたのが、代表取締役の坂口輝光さん。家業を継いだことをきっかけに、工場設備の改善やはたらき方の柔軟化、福利厚生の充実、そして従業員一人ひとりとの深い信頼関係づくりに徹したそうです。坂口さんが実践する「従業員にすべてを尽くす経営」について話を伺いました。

プロフィール:

坂口 輝光
1982年岐阜県生まれ。高校卒業後に渡米し、現地の大学を卒業。2004年に家業である坂口捺染に入社し、現場や営業を経て2014年に代表取締役に就任。はたらき方や職場環境の改革に取り組み、Tシャツプリント事業で全国トップクラスのシェアを実現。現在は約230名の従業員を抱え、地域に根ざした雇用創出や複合施設の運営などにも注力している。

この記事でわかるポイント

  • 坂口捺染は岐阜県の衣料プリント工場で、はたらき方や職場環境を徹底的に見直すことで、売上を約20倍に成長させた企業です
  • 「固定時間勤務を廃止」「出勤時間は自己申告」など、一般的なはたらき方にはたらきにくさを感じている人を前提にした柔軟な制度を導入しています
  • 毎日全社員と対話し、雑談から福利厚生や制度をつくるなど、社長が全員と向き合う姿勢を貫いています
  • 社屋内での駄菓子屋設置、洗車サービスの提供、保育支援など、家庭や地域にまで目を向けた支援が、従業員の安心感と定着につながっています
  • 「仕事のなかでふと笑える瞬間があるかどうか」を、“はたらくWell-being”の指標と捉え、制度だけでなく感情の機微を大切にしています

アメリカ帰りの3代目社長の現場改革。はたらき方も工場も「このままではいけない」から始まった

──従業員の「はたらき方改革」で先進的な取り組みをしているとして、県庁で県職員300人を前に講演をしたり、東海3県の県知事が視察に訪れたりと、特に岐阜県では有名な企業だと伺いました。まずは坂口捺染の成り立ちと、坂口さんご自身の経歴を教えてください。

坂口:1953年に祖父が創業し、最初は着物の友禅染めをやっていました。父が30代で会社を引き継いだあたりで着物の需要が落ち込み、Tシャツなどの衣料にプリントするシルクスクリーン業にシフト。私はアメリカ留学から帰ってきた22歳の時に現場に入り、その後31歳で会社を継ぐ流れになりました。

──現場に入って、最初に感じたことは?

坂口:正直いろいろありましたが、特に感じたのは「忙しい時期は終業がやたら遅い」ということでした。Tシャツのプリントを大量受注する繁忙期は、朝8時に出勤し、退勤が夜中の2~3時ということもあり、私自身体力的にきつかったですね。

──忙しい時期は、どのくらい続くのでしょうか?

坂口:Tシャツの繁忙期は3〜5月です。その期間は残業代が出るので、手取りはそれなりにありました。でも、夏を迎え、お盆を過ぎると仕事がなくなって、残業代はゼロになる。私が22歳で入社したときで、手取りが13万5千円ぐらいでした。当時は長女が生まれたばかりでしたが、社長だった父と同居していたので、家賃や光熱費の負担がなく済んでいた状況。でも、他の従業員はこの手取りで生活費をまかなっていかなくてはならない。「このはたらく環境は、変えなくては」とずっと思っていました。

──入社当時の経験が起点となり、はたらき方を変える動きを始めようと思ったのですね。まずはどんなことから始めましたか?

坂口:27歳で専務になったころに、特定の時期に偏っている仕事量の平準化に取り組みました。繁忙期の残業代込みの金額を基本給にしたいと考えた時に、残業を減らすのではなく「暇な時期をなくす方が先」と思ったんです。まずはクライアントを増やそうと、それまで1社依存型だった営業先を全国に広げました。さらに設備投資を進めてプリントのキャパシティを増やしたり、それに伴って分業体制を整えるなど、受注できる商品の幅を広げていきました。毎日のようにアクションを起こし、現場と一緒にやってみて「うまくいかん」「これはいいな」を繰り返していきましたね。

──結果は、どのように変わりましたか?

坂口:31歳で代表になる頃には、繁忙期が2~9月に延び、1年のうちの仕事の波が平準化されました。そして、ほぼ残業がなくても一定の仕事が回るようになり、給料水準も改革することができました。

「はたらきにくい人」を主役に 固定観念をくつがえす出勤自由という制度

──営業、サービスを見直し、はたらく環境の改革もされたのですか?

坂口:そうですね。まず「工場=汚い」というイメージではたらかれるのが嫌で、「うちの工場はきれいだし、なんか楽しい!」と言える職場にしていきたかったんです。私の入社当時は、イタチは入るわタヌキは入るわ、ネズミのフンがあるというのが日常で、雨漏りもひどかった。工場の増改築を繰り返した結果、工場の中なのに一部だけ外みたいな造りになっていたんです。この環境は商品にも悪いし、はたらく子たちも嫌だろうと思い、少しずつ改善していきました。雨漏りを直そう、入口を広げよう、導線を確保しよう、エアコンを導入しよう、LEDに変えよう……。一つひとつ積み上げて、結果的に、はたらく環境づくりにこれまで4億以上はかけたと思います。

──はたらく環境づくりに総額4億円というのは、かなりの思い切った投資です。その結果、どのような変化がありましたか?

坂口:私の入社時に16名だった従業員が、今は230名に増えました。そのうち、200名はパートと委託の従業員です。男女比も、昔は男性が9割でしたが、今は女性が9割です。はたらく環境が変わると、はたらきたいと言ってくれる人も変わると実感しています。

──はたらく環境の整備のほかには、どういったことに取り組みましたか?

坂口:パートさんたちのはたらき方でいうと、固定時間で働いてもらうのをやめました。かつては9時~5時の勤務時間だったのを、「いつはたらいてもOK」にしたんです。 前日までに「明日来られる時間」を言ってもらうようにしています。うちは製造ラインが12個あって工程も多いのですが、パートさんにはあらかじめ関わる可能性のある業務すべてに対応できるように仕事を覚えてもらっています。そのため、当日の朝、各ラインにパズルを埋めるように人員を配置していくだけで業務が進むんです。この体制を採用し始めてから、急な納期変更や、雪で製造ラインを動かせないときの対応も自然にできるようになりました。結果的に、生産現場の柔軟性が上がり、生産性が格段に上がったんです。

──採用する側からすると、「いつ来るかわからない人」より「決まった時間に必ず来る人」を採りたいのではないかと思うのですが、なぜこの制度を始められたのでしょうか?

坂口:正直、メリット優先で考え始めた制度ではありません。おっしゃるように、一般的に企業側としては、「決まった日数を欠かさず出勤してくれる人」の方が、都合がいいでしょう。でも日本にそういった企業しかないのであれば、弊社が全く別のスタンスをとることで、はたらきにくさを感じている人がもっと豊かにはたらけるようになるのではないか、と思ったんです。

──「はたらきにくい」と思っている人をもっと活かすことで、人材難という問題は解決できる、という意味合いでしょうか?

坂口:社会でこれだけ人材難が叫ばれているなか、弊社には先月だけで全国から30人以上応募が来ました。ここ5年間は求人さえ出していないにも関わらず、「はたらきたいです」という問い合わせが後を絶たない状況です。

──全国から。どのような方が応募されるんですか?

坂口:いろいろな方がいますが、採用担当には「これまで全然仕事が続いてこなかったり、引きこもりの経験があったり、家庭内で事情がある方をなるべく雇ってあげてくれないか」というお願いをしています。実は私、面接をしたことがないんですよ。自分ではなく、一緒にはたらく従業員にやってもらっています。

直近3年は驚異の離職率3% 坂口社長流「全員マネジメント」

──そうして雇われた従業員の離職率はどうでしょうか?

坂口:離職率は直近で3%、一昨年では1%ほどでした。たとえば、前職でパワハラにあい、しばらく社会復帰できなかったけれども勇気を持って弊社に再就職した、というような従業員は少なくないです。そういう人でもうちでは辞めません。ただ、離職率は低くても「辞めたい」という時期はどんな従業員でも絶対2回はあります。

──2回。「辞めたい」という従業員には、どのように対処するのでしょうか?

坂口:悩みを聞いて、一緒に泣くときもあります。人間関係だったり、家族の問題だったり、いろんな問題に直面することで「仕事を辞めたい」と思うことは誰しもありますよね。そんなときに一人でふさぎ込んでしまうと、社会からの孤立を深めてしまう人も出てくる。でもそのような状況でもなにか光を見つければ結果は変わってくるはずです。まずは話を聞いて、一緒に悩んで、一緒に頑張ろう、と繰り返しアプローチすることにしています。

──230人の従業員全員に、坂口社長1人でそういった対応をするのですか?

坂口:その覚悟はあります。悩み相談に限らず、私は従業員の顔が見たいので、8つある工場に毎日行って従業員と日常会話を交わします。私自身、今は現場の仕事は持っていないので、現場が「忙しくて手が離せません」というときには、私が作業を手伝いつつ、ついでに喋ります。結果的に230人全員の名前や性格から家族の状況まですべて頭に入っていますよ。

これは経営者として、できて当たり前だと思っているんです。今後会社がもっと成長して従業員が500人になったとしても、できるでしょうね。今の時代、はたらく人は条件を見て職場を選ぶのが普通です。だからこそ雇う側は、入社初日からその人を150%信じてあげる覚悟が必要だと思っています。たとえ過去にどんな背景があっても、「お前を信じる」と最初から決めて関わる。それができていれば、信頼関係は自然と生まれるんですよ。

──現場に行って従業員と話すこと以外に、どのようにコミュニケーションをとっているのでしょうか?

坂口:たとえば、社食ですね。それも「料理しかできない」と話す人と出会い、「じゃあ、うちでごはんを作ってもらおう」と雇ったのですが、その流れでみんなが集まって食べられる場所もつくろうと、事務所の前に社食をつくりました。今ではそのスペースを使ってヨガをしたり、みんなでご飯を食べたりしています。他にも、ついさっき昼休みに従業員たちと公園で野球をしてきたところです。あとは、忘年会もあります。自由参加にも関わらず社員から「まだやらないんですか?」と聞かれるくらい毎年楽しみにされていて、気づけばほぼ全員が一次会も二次会も参加してくれます。

──従業員との雑談から生まれた福利厚生も多いそうですね。

坂口:基本的に、福利厚生施策はすべて従業員の相談ごとから生まれています。たとえば社内に駄菓子屋があるのですが、子どもが不登校だというパートさんの相談を受けて「子どもの居場所をつくろう」と、設置しました。そのうち、「学校の書道で子どもが使う半紙は数枚だけでいいのに、量販店では100枚単位でしか売っていない」という話から半紙をバラ売りするようになったり、「給食の白衣を売っている店が少ない」という話から、白衣を置くようになったりもしましたね。

そのほかにも、車社会の岐阜で従業員にとって何が助かるかなと考えて「月500円で手洗い洗車が1か月間無料になる」制度をつくりました。会社が業者に依頼するので実際は赤字なんですが、そんなことよりも従業員の笑顔をまずは考えなくてはならないと思っているんです。

──痒いところに手が届く福利厚生ですが、一定のコストがかかるジレンマとはどのように折り合いをつけていますか?

坂口:従業員やその家族が「どうしたら幸せになれるか」をまず先に考えるので、ジレンマを感じたことはありません。たとえ会社に直接利益が入ってこないものでも、そこで生まれた余白が家庭や人生に回ります。結果的に従業員は120%の力を仕事に出してくれるようになり、人材も定着して収益も上がり、地域も元気になって……と、すべてつながっていくんです。一時的なコストがかかったとしても、それは社長である私が頭を使って、他で収益化すればいい、という考え方ですね。

笑える瞬間がある現場が“はたらくWell-being”につながる

──今後、従業員や地域に向けて、さらに取り組んでいきたいことはありますか?

坂口:これもパートさんから寄せられた相談から取り掛かろうと決めたものですが、認可外保育施設や病児保育施設の設置も視野に入れています。それから今年、岐阜県初のプロ野球の独立リーグを立ち上げて、企業とつなげて若い人のはたらき口をつくりつつ、夢を追いかけられる場もつくる予定です。

──あらゆる方向からの改革によって、会社の数字も大きく伸びていますね。

坂口:私が入社したときは5,000万円だった売上が昨年は11億円になり、20倍になった計算です。

──20倍! 各地で講演されることも多いと伺いましたが、皆さんその秘訣を知りたいですよね。

坂口:私の価値観である「経営者は従業員にすべてを尽くせ」というテーマで話すと、「そんなことが可能なのか?」「資金も時間もある会社だけができる」という否定的な反応が返ってくることもあります。でも私としては、「これをやったら損をする」とか「時間がなくなる」とかいうのは企業本位の考え方で、従業員を雇うという覚悟がなさすぎるのでは、と思うんです。社長業とは、「従業員が考えていることがわかること」です。それさえちゃんとできれば、従業員は絶対ついてきてくれますし、仕事に対して120%の力を出してくれるはずです。

──坂口社長にとって”はたらくWell-being”というのはどういう状態ですか?

坂口:はたらいているなかで、ふと笑顔になれる瞬間があれば、それが“はたらくWell-being”につながると思います。たとえば、出社したとき、休憩中、仕事が終わったあと、誰かと他愛のない会話をしているとき。人々が笑っている、そんな光景が自然とある職場かどうかが大切です。仕事で成果を上げたから笑ってもいいし、隣の人が変な動きをしたからクスッとしてもいい。とにかく、仕事をしている時間のなかで、従業員にそういう瞬間がきちんとあること。それが、私や会社にとっての幸せだと思っています。

たとえ売上が何千億あっても、みんなが沈んだ顔で黙々とはたらいているような会社に魅力は感じません。誰かが悩んでいたら周りが「どうした?」と声をかけられる、共感し合えるような関係性や空気があることこそが、“はたらくWell-being”につながるんじゃないかなと思います。

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