国内最大級の経済ニュースプラットフォーム「NewsPicks」や、経済情報プラットフォーム「Speeda」を展開する株式会社ユーザベース(以下、ユーザベース)。世界中のビジネスパーソンがアクセスできる経済情報インフラを目指しています。
近年、企業運営においてDiversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)を組み合わせた「D&I」や「DE&I」などが重要視されるようになりました。ユーザベースは、2020年度よりD&I(Diversity&Inclusion)のプロジェクトをスタート。
2023年にはD&Iに「Equity(公平性)」と「Belonging(“自分の居場所がここにある”と一人ひとりが感じられている状態)」を新たに加えた「DEIB」と名称を変更し、社員一人ひとりが「仕事を通じて自分の居場所がここにある」と実感し、持続的な事業の成長にコミットできる組織作りを行っています。自分らしくあることで、安心して力を発揮できる“はたらくWell-being”な組織への道のりを、松井 しのぶさん、渡瀬 雄平さんに聞きました。
プロフィール:
株式会社ユーザベース
上席執行役員CHRO 松井 しのぶ(写真右)
HR Domain 採用責任者およびピープルアナリティクス管轄 渡瀬 雄平(写真左)
目次
社内アンケートで見えた、「機会の平等」の意外な認識差
——まずは、D&Iの取り組みを始められた経緯を教えてください。
松井さん:取り組みの原点は、ユーザベース創業者・梅田の問いかけでした。梅田は当時ニューヨークを拠点にしていたのですが、2020年に世界的に広がった人種差別抗議運動「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」を目の当たりにし、社内チャットに「この問題について考えたい」「ユーザベースに、本当に機会の平等はあるのだろうか」と投稿したんです。
そもそも当社は、2012年に社員の行動指針や価値観として「The 7 Values」を定め、そのなかの1つに「異能は才能」を掲げてきました。

社内の評価や昇格において、出身や国籍、性別、年齢といった個人の属性を意識したことはありませんし、梅田をはじめ経営陣も「機会の平等はある」と考えていたので、改めての問いかけでしたね。きちんとデータをもとにしようということで、「業務・評価・採用のプロセスに機会の平等があるか?」という社内アンケートを実施しました。
——アンケート結果はいかがでしたか?
松井さん:結果として「機会の平等がない」と回答した社員が、約3割いました。その数値を見たときは率直に「3割も感じていたのか」と驚きましたね。ゼロではないと思っていましたが、想定を超える数字だったんです。ただ内容を精査すると、その3割のうちの半数は「採用において機会が平等か分からない」というものでした。というのも採用では「The 7 Values」とのマッチを重視しているため、合致しない人には必然的に機会がないと考えられることができ、社員の同質性が高くなります。一方、残りの半数は「自分がフェアに扱われていない」「周囲がフェアに扱われていないと感じる」という回答でした。
この結果を受け、まずは社内で「機会の平等」という表現の認識を揃える必要があると感じました。ユーザベースは採用において、パーパスとバリューを前提にしていることを改めて全社員に共有し、「機会の平等だから」といってバリューにマッチしない人を採用することはない、とはっきり発信したんです。そのうえで、すでにある制度や仕組み、それらが生まれた背景・思想への理解も不十分であると考え、「HRハンドブック」を作成し、社外公開もしました。
——創業者である梅田さんの問いをきっかけに、全社員の前提を揃えること、理解の過不足をなくすことに取り組んでこられたのですね。
松井さん:はい。約1年、そうした取り組みや全社集会などを通じて「会社としてD&Iに取り組んでいきたい」という姿勢を伝えていきました。そして2021年6月にD&Iを経営方針のひとつに位置付け、「情報の透明性を担保する取り組み」「従業員と管理職のジェンダー別比率の乖離を減少させる取り組み」「社会構造上の課題から生じたハードルを乗り越えるための支援」「DEIBコミッティーを立ち上げ、DEIB関連数値と施策の継続定期開示」の4つにコミットする、D&Iコミットメントを発表。同時に、有志による推進チーム「D&I コミッティー」も結成しました。「社会構造上の課題から生じたハードルを乗り越えるための支援」の取り組みの1つとして「産休・育休ハンドブック」を作成し、社外にも公開しています。こういった取り組みは、ぜひみんなで真似しあって、日本全体の社会構造上の課題の解決に少しでも役立てばと思っており、あえて社外にも公開しています。
新たな定義づけではなく、「The 7 Values」から見直すD&I
——社内外で「D&I」への意識を整えていかれた。そのなかで、社員の方々の反応はいかがでしたか。
松井さん:そうですね。当社は事業柄、社会的な潮流に関心を持つ社員が多いため、「D&I」という言葉自体の認知度は高かったと思います。ただ当時は、それを自分ごととして捉えるというより、「一般的に大事な考え方」という認識に留まっていたんです。
そのため、D&Iコミットメントのひとつ「従業員全体のジェンダー比率と管理職のジェンダー比率の乖離」を掲げた際には、既存の女性管理職から反発の声もあがりました。彼女たちは実力でステップアップしてきており、「女性だから」という理由でリーダーに抜擢されたわけではありません。しかし新たに課題として取り上げることで、かえって「女性リーダー」というラベルを貼られてしまうことに違和感を覚えたのです。また「社会的に女性管理職比率の増加が求められているから実行する」というやり方は本質的なのか?という意見も出ました。
——なるほど。御社はもともと、個人の属性によらない評価を大切にされてきましたよね。
松井さん:はい。そこでD&Iコミッティーを中心に、「ユーザベースにとってのD&Iとは何か」を定義することから始めました。そうして立ち返ってみると、「The 7 Values」のひとつ「異能は才能」こそがD&Iそのものなんですよね。策定当時は「D&I」という言葉はまだ世の中で一般的ではありませんでしたが、すでにその素地がユーザベースには存在していた。そこで新しい定義をつくるのではなく、「異能は才能」がD&Iと同義であると発信したところ、違和感の声はなくなりました。
とはいえ、バリューを策定した当時と比べて市場環境は大きく変化しています。「異能は才能」というバリューそのものは変えずとも、その意味をさらに掘り下げて言語化していく必要があると考え、2022年には副文のアップデートプロジェクトをスタートしました。

松井さん:さらにその延長として、「The 7 Values」をブレイクダウンしたカルチャーブック「31の約束」の見直しも実施しました。副文を更新し、単に覚えてもらうだけではなく、「『異能は才能』をこう実現すればいいんだ」と社員が行動に落とし込めるように具体的な要素を追加し、2023年に「34の約束」へと進化させました。
パーパスとつながる「Belonging」ユーザベースが描くDEIBの形
——2023年には、これまでのD&Iではなく、「Equity(公平性)」と「Belonging(“自分の居場所がここにある”と一人ひとりが感じられている状態)」を加えた「DEIB」とされていますね。
松井さん:はい。D&I コミッティーのなかで、どんな社員であっても公平に機会や待遇を受けられる「Equity(公平性)」の必要性が高まったと同時に、あるメンバーが「海外では『Belonging』を加えている例もある」と紹介してくれたんです。Belongingは直訳すると「帰属意識」ですが、当社として「Belonging」を加えるかどうかを議論するため、Committeeで合宿と称して1日ディスカッションを行いました。渡瀬さんも参加していたよね。
渡瀬さん:はい。ちょうどこの会議室で、先行事例をシェアしながら「ユーザベースらしいBelongingとは何か」「Diversity・Equity・Inclusion・Belongingのつながりはどうあるべきか」を話し合いましたね。その結果、「Belonging」=「自分の居場所がここにあると一人ひとりが感じられる状態」と定義し、ユーザベースのDEIBのあり方がまとまりました。

渡瀬さん:整理すると、ユーザベースのDEIBは、まず組織に多様な社員が存在する「Diversity」があり、この多様な社員が自分らしく働けるために取るべき手段として「Equity」「Inclusion」がある。その上で、社員が感情的に「Belonging」を実感できる。それらが機能した結果、パーパスの実現へとつながる、と考えています。
松井さん:特に私が重視したのは、パーパスとの接続です。私たちはパーパスを実現するためにユーザベースに集まっているので、その前提を忘れてはいけません。単に居心地が良いからとか、仲が良くて楽しいからといった理由だけではなく、パーパスに向かって貢献できていると実感できることが大切なんです。つまり、「仕事を通じて、ユーザベースに自分の居場所がある」と実感できることで一人ひとりの個性や才能が最大限に発揮され、パフォーマンスが高まり、さらなる事業成長につながっていく。これこそが「Belonging」の本質だと考えています。
——「ここに自分の居場所がある」と感じながら、貢献実感を得る。まさに“はたらくWell-being”だと感じます。
30人以上が有志で参画。プロジェクト型で進化するコミッティー
——ところで、これまでのプロセスの中心となっている「コミッティー」ですが、当初は有志チームでスタートされていました。今は、専門の部門や部署になっているのでしょうか?
松井さん:いえ、DEIB コミッティーは現在も有志チームで、数人のコアメンバーとボランタリーに参加してくれているメンバーとで構成されています。専任はおらず、全員が現業と兼務しながら活動を続け、DEIB推進担当役員として私がチームを率いることで長期的に取り組める体制を整えています。
——そうなのですね!専任者がいないとは驚きです。
松井さん:DEIBの取り組みには正解がなく、常に試行錯誤が求められるため、ある意味「実験的な場」だと捉えています。そのため専任者を据えるよりも、さまざまな部門から異なる知見や経験を持つメンバーが集まるほうが、プロジェクトベースで専門性を発揮できる。たとえばデザイナーがイベントのバナーデザインを担当したり、HRのメンバーが研修を設計したり、広報が社外発信を担ったりといった具合です。もちろん、会社として正式に運用を強化する際には専門部門に引き継いでいて、過去にはDiversability(障がい者雇用)のプロジェクトをコミッティーで立ち上げ、人事部門に移行した例もあります。
渡瀬さん:ちょうど今、僕もコミッティーの中でリーダー層向けのDEIB研修プロジェクトを進めています。昨年末から企画・プログラム設計・実施まで取り組んでおり、すでにコミッティーメンバーを対象にトライアルを実施しました。今年はリーダー層に原則必須として展開し、今後は海外版にも挑戦していく予定です。ある程度形になった段階で、正式な研修プログラムとして人事部門に引き継げたらと思っています。
少しずつ変わる空気感。DEIBに終わりはない
——2020年にスタートしたD&Iの取り組みから、今年で5年を迎えます。ここまでの進捗をどう捉えていますか。
松井さん:確実に変化していると感じていますね。たとえば、女性管理職比率は2024年末時点で31.7%になり、意思決定の場において「女性だから」「男性だから」といった性差を意識する場面はほとんどありません。また、当初実施した「業務・評価・採用のプロセスにおける機会の平等」に関するアンケートを2024年にも実施したところ、「機会の平等がない」という回答は1割以下まで低下しました。女性管理職比率の改善や、子育て・介護といったはたらく社員それぞれのバックグラウンドへの理解が広がったことなどが大きく影響していると思います。
しかしながら、役員や管理職層など上位職になるほどまだ男女比に差があるのも事実です。当社で執行役員1つ手前のジョブグレード6以上の比率は、全男性社員における6以上の割合が25.8%に対して、全女性社員における割合は8.6%と大きな差があるんですね。職種による採用環境の違いもありますが、今後は上位職志向の女性のサポートを行っていく予定です。
渡瀬さん:私自身、ここ数年で特に変化を感じるのは、ダイバーシティの捉え方が広がったことです。従来の性別や国籍など属性の多様性を意味する「デモグラフィー型ダイバーシティ」だけでなく、一人ひとりの価値観や考え方といった一見目には見えない多様性を指す「サイコグラフィー型ダイバーシティ」に目を向ける重要性が社内でも浸透してきました。まさに「異能は才能」という言葉とつながりながら、表層的な属性を超えた人間の多様さに目を向ける土壌ができてきたと思います。
——最後に、今後の目標を教えてください。
渡瀬さん:僕は今手掛けているDEIB研修をより形にしていきたいと思っています。リーダー層に受講してもらったところ、「この研修をチームのメンバーにも受けてほしい」という声がありました。チームではたらいていくのであれば、リーダーはもちろんメンバーにDEIBを理解してもらうことも重要ですし、今後はメンバー層やより上位のリーダー層にも対象を広げ、組織文化に影響を与える層へのアプローチを強化していきたいです。
松井さん:当社は2025年5月に「DEIB Report 2025」を公開し、2021年度に掲げたコミットメントを刷新しました。4カテゴリーのうち、これまでの数年で2カテゴリーは達成した一方で、「従業員と管理職のジェンダー別比率の乖離を減少させる取り組み」と「社会構造上の課題から生じたハードルを乗り越えるための支援」は引き続き取り組むべき課題だと考えています。それぞれの課題を修正しアクションプランを策定したので、まずはこの課題を解決していくことが私の目標です。

松井さん:DEIBに関わらず組織づくりに終わりはなく、成果がすぐに出るものでもありません。一人ひとりが持つ個性・才能を最大限発揮できる環境というのは、これまでも、そしてこれからもずっと必要でありつづけるものだからこそ、ユーザベースとしてひたすら「異能は才能」を追求し続けることが大切だと思っています。
