「個人の中の多様性を育む」JICAとしての価値提供の礎となる、個々人のキャリアオーナーシップとは

独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency。以下:JICA)は、国際社会の平和と安定した発展を目指して、開発途上国、日本や国際経済社会全体の発展に貢献する政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関です。

2017年には、新たにビジョンとして「信頼で世界をつなぐ」を掲げ、「人間の安全保障と質の高い成長を実現する」ために、2024年に人事制度も刷新しました。

国内本部・国内拠点15カ所、在外拠点97カ所を持ち、約150の国・地域で事業を展開、約2000人の職員がはたらくJICA(2025年5月現在)。刻一刻と変化する世界情勢と向き合い、開発途上国への多種多様な支援を行う人々は、どのような”はたらくWell-being=はたらくことを通して、その人自身が感じる幸せや満足感”を感じているのでしょうか。人事部の原さん、小岩さん、中村さんにお話を聞きました。

プロフィール:

独立行政法人 国際協力機構(JICA)
人事部 人事課
写真左:中村 真与
写真中:課長 原 毅
写真右:小岩 謙一郎

この記事でわかるポイント

  • JICAは「信頼で世界をつなぐ」をビジョンに掲げ、開発途上国とともに課題解決に取り組んでいます
  • 「基準人材像」を設け、若手から多様な経験を重ねて専門性と柔軟性を養う育成を行っています
  • 職員の自律的キャリア形成を支援する制度として「10%共有ルール」や「社内インターン」などを展開しています
  • 人事施策の活用によって、多様な働き方やライフキャリアへの配慮を可能にしています

積み重ねてきた「信頼」をつなぐ。JICAが理想とする人材像とは

――JICAの活動における基本的な考え方を教えていただけますか?

原:我々JICAは、「開発途上国の国創り」を相手国とともに行う機関である、と考えていただけると良いと思います。我々が先頭に立ち導いていくといった上から目線ではなく、開発途上国が目指す姿やビジョン・目標を共有し、そこに向かって彼ら自身がオーナーシップを持って取り組んでいく過程に伴走し、協力していく立場です。アプローチとして、専門家派遣・研修といった人的協力、開発途上国政府への低利融資や贈与といった資金協力、さらには民間連携、市民参加協力、国際緊急援助隊の派遣など多岐にわたります。

なぜJICAがそのような支援をするかというと、開発途上国の経済及び社会の発展・開発もしくは復興及び経済の安定に寄与することは、我が国・日本の健全な発展にも資すると捉えているのですね。

――詳しく教えてください。

原:日本に住んでいるとあまり実感が湧かないかもしれませんが、日本にあるさまざまなものは、開発途上国から入ってきたものであったり、製造プロセスの過程に開発途上国が関わっていたりと、日本人の生活にも密接に関わり合っています。ところが、そういった開発途上国の多くは、インフラ未整備、気候変動、貧困、難民増加、教育・医療サービス不足などの複合的な危機に直面しています。

――複合的危機。

原:地域・国ごとに複雑に絡まり合う社会課題に対して、JICA職員は社会課題解決のプロデューサーとして戦略策定・案件形成・実施管理・案件評価など、解決への道筋を組み立てていきます。もちろんJICAだけで解決できる規模ではないので、政府関係者や国際機関、民間企業、大学などの教育機関やシンクタンクといった多様なアクターと連携し協力しながら課題解決に取り組んでいます。

――課題を発見する力、解決の糸口を見つける力、突発的な状況にも対応できる力、協力者と足並みを揃える力。JICAではたらくには、総合的な力が必要な印象です。

原:そうですね。そういった背景が、「我々がどういう人材を育てていくのか」にも密接に関わってきます。

「30歳」を1つの区切りとして目指す基準人材像と、その後持って欲しいキャリアオーナーシップ

原:我々の活動には、相手国のオーナーシップと、協力者とのパートナーシップが欠かせません。この2つを積み重ねていくことで、自然と信頼関係が生まれるのだと捉えています。

人と人の信頼関係を築きながら継続していくことで、より大きな範囲での信頼の種が芽生え、社会課題の解決につながっていく。我々が「今」取り組んでいる協力は「今」だけの結果ではなく、過去にたくさんの方々が携わってきたことの結果です。JICAとしてつないできた信頼を、未来に手渡していける存在になってほしいのです。

そのために、世界の情勢が刻一刻と変化する中でも、迅速に対応し、新しい状況に適応できる能力を持ち、「今までに経験したことがないこと」であったとしても、他の組織や人と協力し、信頼関係を築いて、解決に向けたリーダーシップを発揮できる人材の育成を目指しています。

専門性を持ちつつも、職員一人ひとりの中にイントラパーソナリティ、個人内の多様性が形成されることが非常に重要だと考えています。

――個人内の多様性! 具体的には、どのような人材育成制度によって形成を促しているのですか?

原:JICAでは新卒の総合職においては、8~10年目を区切りとして目指すべき「基準人材像」を定めており、まずは基準人材に到達すべく研修や人事施策が行われます。新卒の総合職の場合は、入構後初年度に3か月程度の海外OJTを実施、その後、約2~3年ごとにローテーションでさまざまな部門を経験することで、多様な知識とスキル、視野や行動力を養います。特定職は、約5年ごとにローテーションで特定の分野に関連する部門を経験し、知を深化させていきます。

――基準人材に到達した後は、どのような考え方を身につけていくのでしょうか?

原:JICAではたらくすべての人が大切にする5つのアクションとして、「使命感」・「現場」・「大局観」・「共創」・「革新」があります。これらは「リーダーシップ・バリュー」に根ざすものとして、入構してから退職するまでひたすら育てていくものです。人事制度改革の大きな柱として、これら5つのアクションを人事評価(発揮能力評価)の中にも組み込みました。そして、職員自身がキャリアオーナーシップを持ち、専門性を磨きつつ、個人の中に多様な軸を形成し、知の探索と知の深化を行いながら、革新的なインパクトの創出をリードしていくことを目指します。

――入構から退職まで。長い期間でキャリア形成を考えられているのですね。

中村:「自分が生涯かけて実現したいこと」を持って入構する職員もいる一方で、ローテーションの中で新たな関心領域や、やりがいを見出す職員も多いのですが、開発途上国の国・課題を相手とする事業の特質上、プロジェクトサイクルが長く「バトンを繋いでいくような」事業であることも関係しているかもしれないですね。

小岩:実は、以前は40歳前後で基準人材に到達することを目標としていたんですよ。

――約10年も短縮!どういった理由でしょうか?

原:1つは、若手から「早くスキルを身につけたい」というニーズがあったことです。JICAは、職員一人ひとりが若手から自分で案件の計画を行い、国内外の政府高官や企業の方々と協働や交渉をしていくため、早期にそのために必要な知識と経験が積まれるようにOJT、Off-JTを通じた育成を行います。

小岩:基準人材像は国際協力のプロフェッショナルとしてのベースを身に着けた段階であって、その後は自分自身の強みを生かしてキャリアを主体的にデザインするステージに移行するのだと捉えています。個々人のキャリアオーナーシップの醸成を促す意味合いもあると感じます。

――仕事もはたらき方も、自律性が求められるのですね、みなさん違和感なく移行されているのでしょうか?

原:もちろん「いきなり動け」と言って全員ができるものではないです。なので、キャリアオーナーシップを育んでいく施策も設けており、その具体例として「共創枠」や「サンドボックス」があります。自分で関心あるエリアについて何か新たなアイディアを生み出し形にしてみようという社内ビジネスコンペです。選ばれたアイディアには少額ですが事業予算がつき、取り組むことができます。去年の共創枠のコンペでは150件ほどの応募に対して14件が選ばれました。今年は、外部の方との共創を行う「Quest」も開始します。

他にもキャリア形成の自律性を育む施策として、所属部署外の業務に携わる「社内インターン」や「10%共有ルール」といった取り組みもあります。

自律的なキャリア形成を促す「10%共有ルール」

――社内インターンと10%共有ルール、どのような取り組みなのですか?

中村:「社内インターン」は、別部署の業務に携わり新たな視点を学ぶもの。10%共有ルールは、今まで培ってきた経験を他の部署で生かしていくものです。

――社内インターンは他社でも聞いたことがあるのですが、10%共有ルールが気になります。

中村:10%共有ルールは2013年に試行し2015年に正式導入されたもので、職員個人の発意で他部署や新規プロジェクトに自身の10%の業務時間を使える施策です。現在は職員の約20%が活用しています。基本的には自身で経験・貢献してみたい業務を特定し、それを実現できる部署と調整して、担当するタスクを明確にできたら自身の所属部門と調整し‥という形で、職員本人が切り拓いていくスタイルです。昨年度10%共有ルールを使った職員にアンケートをとってみたところ、専門知識の進化、スキル向上、新たな知識スキル経験の獲得、人脈形成・組織の連携強化・キャリア形成につながった、自分自身の形成が促進されたなどの声が挙がりました。

原:サンドボックスでアイディアが採用された際に10%共有ルールを使ってその業務に取り組むなど、人事施策の掛け合わせでも利用者が増えてきている印象ですね。

――今の業務でいっぱいいっぱいにならない、未来に目を向ける余白をつくっているのですね。

小岩:所属部署以外の業務に目を向けることで、逆に今取り組んでいることの価値を見直したり、新たな視点で今の業務を捉え直したりする機会になりますよね。

原:一方で改善点もあって、「本業との時間調整が難しい」「評価をどうするかが難しい」「施策利用に関心はあるけれど、自身で機会を切り拓くハードルが高い」という声もあります。2025年度からは、利用者のインタビュー記事を毎月社内イントラで連載し、多様なロールモデルの紹介を開始しました。利用した本人だけではなく、利用した方々が所属する部署の上長と、受け入れた部署の上長との座談会記事の公開も予定しています。実際、10%共有ルールを活用する職員の所属先(送り出す側)は、自部署の貴重な戦力である職員の10%のリソースを取られてしまう‥といった課内マネジメントの観点で不安を抱く可能性がありますからね。実際に運用してみてどうだったのか、所属部署の業務にどう活かしているのか、また受け入れた部署側にもどういう貢献がなされたのか、を発信していきます。この連載は、中村が担当しています。

中村:「10%共有ルールのおかげで、部署異動のローテーションだけでは経験しきれない実務経験やスキルを身に着けることができた」という声や、自ら手を上げられることを魅力と感じている職員も多い印象です。10%共有ルールは事業部門にて活発に活用されている印象がありますが、実は管理部門での活用事例もあります。人事課の業務に対して10%共有ルールを活用し「多様な性自認、性的指向を持つスタッフもはたらきやすいように組織文化醸成や人事制度改革を通じた環境整備したい」との想いで、組織内でのはたらきやすさ整備に貢献いただいている例もあります。

原:人事施策の土台として大事なのは、すべての職員が安心してキャリアを形成できること。時代や状況によって、何が安心できるのかという要素は変わり続けるはずですから、インタビューに協力いただく方の選定においても、多様な方々をリストアップしています。多様な活用事例インタビューを発信していきたいですね。

「JICAでできないことはない」自らキャリアを選び取れる人事施策の活用例

――小岩さん、中村さんも、何か利用されている人事施策はありますか?

小岩:私は人事部に来た後に、社内インターン制度を利用してウクライナ支援室の業務に携わったことがあります。もともとウクライナ支援に興味があったこともありますが、人事部に所属していると事業部門の業務に関わる機会が少なくなってしまうことへの危機感がありました。ローテーションによってまた数年後には事業部門に戻る可能性もあるため、継続して事業部門の業務に関与してキャッチアップすると共に、今までやったことはないけれど関心のある新しいことにチャレンジすることで、幅を広げる機会にしたいという思いもありました。

中村:私は今まさに10%共有ルールを使っています! 直近まで所属していた南アジア部にて、パキスタンに対する事業全体の総括とネパールの教育分野を担当していた経験を生かして、引き続き2か国の教育分野の協力検討を側面支援できるよう自身の人事目標に組み込んでいます。こういった人事施策によって、職員一人ひとりが納得して業務に取り組める環境・機会があることが、ありがたいなと思っています。

小岩:人事施策は多様な目的を持って使う人がいますし、それによって得られる効果も多様です。中村さんのケースは、人事部に異動後も直近まで所属していた部署の業務に関与し続けることで、自分の強みを継続して磨き続けると共に、自分の経験・強みを継続的に組織に還元することにつながっていますね。

――自己決定は、”はたらくWell-being”を感じる要素としても重要と定義しています。

中村:JICAにおける“はたらくWell-being”について考えると、キャリアメンターとして尊敬している方に以前言われた「JICAの中ではやれないことは、実はあまりない」という言葉を思い出します。

JICAは周りに、多様なワークライフバランスの中で、自律的にキャリア選択された方が多くいる環境なので、身近な方々の背中に励まされることも多く、キャリアに対するチャレンジに心理的な制約がかかりにくいことも、ありがたいと感じています。自分のこれまでを振り返っても、産育休明けで生後11ヶ月の娘と夫を連れてパキスタン駐在をすることができたのは、多くの先輩方の多様な「子連れ駐在」があったからです。また、パキスタンに関する仕事をしているうちに、教育分野や南アジア地域に対するスキルを深めたいという意欲が高まり、実務経験型専門研修という制度を利用して、世界銀行(本部:ワシントンD.C.)での業務に挑戦させてもらいました。これは人事部の選考プロセスを経て合格すると、原則一年間休職して、自身で交渉した他組織・企業に出向経験ができる制度なのです。世界銀行の中で、同僚たちが磨き続けるスキルセット・働き方、ダイナミックな事業や意思決定のプロセス、そしてJICAと同様に相手国の政府・人々との対話を大切にしているという姿勢を間近に経験させてもらったおかげで、同じ担当地域・分野に対する事業形成・実施監理について、世界銀行とJICAそれぞれの強みを、体感を伴って学ぶことができました。その視座を得て、自身に不足していたスキルの解像度も高まり、「いまの私はJICAの職員として事業と組織の役に立ちたい、と感じているのだな」という確信を持てたのも、とてもよかったと思っています。

原:現時点は人事制度を改定したばかりなので、今後さらに人事施策の認知拡大と浸透を目指していく段階だと捉えています。まだまだこれから、発展途上ですね。

人生における「はたらく時間」をより豊かにするために

――今後の展望について教えてください。

原:基準人材に到達するまでは分かりやすいのですが、その後の自律したキャリア形成には振り返りが必要だと考えています。ただ、1人で振り返れないのが人間だと思っているので、セルフキャリアドッグのような仕組みを強化したいですね。

ワークキャリアについてお話してきましたが、忘れてはいけないのがライフキャリアの視点です。我々の人生を構成する要素は仕事だけではなく、家庭や学習や社会活動、余暇といった要素があり、各年代、重きをおきたい要素は変わってくる。その前提において「仕事」をどう捉えていくかは常に問いかけていきたいですし、どのような状況にあっても、安心してキャリアを築けるようはたらきかけていきたいですね。

そして個人的には、「志を持った職員であってほしい」と思っています。「志」には2つの意味があって、1つは自分が心に決めた決意や目標、もう1つは他者を思いやる心。この両方を持つ人材を育てていきたいですね。

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