レガシー企業が取り入れたのは「自己申告の給与制度」。小さな経営者の誕生がWell-being経営を実現する

愛知県に本社を置き、創業100年を超える側島製罐株式会社。もともとは経営理念すらない企業でしたが、2020年以降、DX化をはじめとし、理念の策定や役職の廃止、さらに自分で給与を決定する「自己申告型報酬制度」を取り入れるなど、革新的な経営を行っています。今回は2023年に代表取締役に就任し、メンバーとともに新しい取り組みを進める石川 貴也さんにお話を伺いました。

プロフィール:

石川 貴也
愛知県出身。2011年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本政策金融公庫に入庫し10年勤務した後、2020年4月に実父が経営する側島製罐株式会社に転職。製罐をおこなう創業100年を超える企業で、経営理念の策定、デジタル化、新規事業、広報活動などを通じた組織の立て直しを行う。2023年4月に代表取締役に就任。

この記事でわかるポイント

  • 側島製罐は創業100年超の製罐企業で、2020年以降に経営理念の策定やDX化を推進しました
  • 役職の廃止や「自己申告型報酬制度」など、社員の自律性を重視した制度を導入しています
  • 自ら給与を申告し、評価ではなく「覚悟の交換」をベースにした制度運用を行っています
  • 経営者目線で働く「小さな経営者」を増やすことで、はたらくWell-beingを実現しています
  • 制度導入後、社員の自発的行動が増え、社内の雰囲気や業績にも良い変化が見られています

はたらく人の幸福を最大化するミッション・ビジョン・バリュー制定

――名刺を拝見したところ、石川さんの肩書きには「代表取締役」とありました。「代表取締役“社長”」ではないのですね。

石川:はい。例外的に会長、代表取締役というポジションはあるものの、僕が代表取締役になった2023年からは社長や部長、係長といった基本的な役職を廃止しています。社内では「貴也くん」と呼ばれるのが普通です(笑)。

――御社は創業100年を超えるレガシー企業ですよね。まるで新進気鋭のベンチャー企業のような革新的な文化があるとは驚きです。

石川:僕は2020年に家業の側島製罐に転職してきたのですが、その時と今とではかなり文化が変わったと思います。

実は転職当時、側島製罐には経営理念や社是が存在しませんでした。蓋を開けてみれば、労働者名簿もなければ、サービス残業は当たり前という状況...。体質としては社長のトップダウン、とにかく早く、安く、大量に製品を作るという目先のことだけに集中していた結果世の中の経済の波に乗れず、業績は20年連続で悪化していました。メンバー同士の関係性も思わしくなく、まさに空中分解寸前だったのです。
そこから5年ほどかけて、経営理念の策定や人事制度の変革にみんなと一緒に取り組みました。役職を設けていないのは、その取り組みの一環によるものなんです。

愛知県にある側島製罐株式会社

――どのように社内の取り組みを進めたのですか?

石川:当初は数年かけて製造現場や営業を経験しながら事業継承するつもりでしたが、業績の影響も相まって社内の雰囲気も悪く、設備や備品も古いまま、直近の売上減少や大赤字の状況を目の当たりにして「これはのんびりしている場合ではないぞ」と思うように。手始めに起動に10分かかる古いPCを買い替え、口頭やペーパーでのやり取りをチャットツールなどに置き換えるなど、できるところから社内環境の改善をすすめました。

救いとなったのは、このような取り組みの過程でメンバーと会話をしてみると、「自分のやるべきことを全うしてるのに、なぜ会社が良くならないのか」と熱い想いで考えている人が大勢いることに気付けたことでした。

僕は前職で日本政策金融公庫ではたらいており、4000社以上の企業を見てきました。業績のいい会社に共通していたのは、メンバーが心から良い仕事をしようとしていて、イキイキと楽しくはたらいていること。側島製罐でもメンバーの「頑張りたい」という良心に立脚した人事制度を作って、楽しくはたらける環境を実現しようと決めました。

――メンバー一人ひとりの内発的動機に従えば、楽しくイキイキとはたらくことができると考えたのですね。

石川:人事制度を作るためには、会社としての指針が必要です。そのためにまずは、側島製罐のミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)を作ることにしました。当初MVVの存在すら知らなかった僕は一人で案を作り、それを社内に発表することに。しかし100年以上経営理念もなかった会社ですので、当然ながら、最初は未知の概念で面喰らっていたような空気が流れました。

その後、MVVの策定に詳しい方にアドバイスをいただき、バリューについてはプロジェクトを立ち上げて、社内の有志メンバーとともに作り上げることにしました。

有志メンバーとのMMV制定のキックオフの様子

――MVVの作り方の方向転換をはかった、というわけですか。

石川:はい。仮に僕が作ったMVVを基に評価が行われると、結局トップダウンで指示・命令に基づく行動のマネジメントが思想のマネジメントに置き換わるだけであまり変化がないと思ったのです。

MVVはあくまではたらく人の良心や「頑張りたい」という内発的な気持ちに立脚し、はたらく人々のエネルギーの源泉であるべきだと思っています。そうしないと何事も“やらされ”になってしまいますからね。そのような初心に立ち返った結果、メンバーがオーナーシップを持って、それぞれのメンバーの思想の最大公約数を紡ぎ出して、バリューを作ってもらった方がいいと、方向転換することにしました。

結果的に、メンバー自身の言葉で語られ、かつ、はたらく上で関わる人々の幸福の最大化を追求したMVVができたように思います。MVVは今「sobajima book」という名前で、はたらく人たちの指針になっています。

側島製罐のバリュー

自己申告型報酬制度は、“覚悟の交換”

――MVVを策定した後、人事制度にはどのような変革が起きましたか?

石川:大きな動きとして、2023年に「自己申告型報酬制度」が導入されました。これは、以下のフローに基づいて、メンバー自らが向こう半年の給与を決定するという制度です。

  • ①業務上における自分の役割と、それに対する報酬をメンバー各自が宣言する
  • ②“投資委員会”と呼ばれる有志メンバーが報酬内容についてすり合わせる
  • ③向こう半年分の給与額を決定する
  • ④半年おきに宣言&報酬内容を見直す

「自分で給与を決められる」と聞くと、多くの方の頭の中には「そんなことをして大丈夫なのか?」という疑問が湧いてくると思います。この制度は、経営者やマネージャーが人を評価したりする権利を手放して、個々人が仕事の内容や報酬をコントロールできるようにするもの。逆にその権利を得る、メンバーは自分の目先の“作業”だけではなく、経営全体の“仕事”に責任を持ち、自分の報酬に見合う価値のあることを実行する責任を持つことになります。会社とメンバーの”覚悟の交換”がこの制度の本懐なのです。僕らはこの制度を通して、いわば「評価をやめて全員が経営者になる」という道を選びました。

側島製罐の自己申告型報酬制度のフロー

――実際に制度を導入する際に、問題になることはなかったのですか?

石川:導入時には「皆さんの給与を高く、適正価格にするための取り組みです」と宣言したので、特に反対の意見等は聞こえてきませんでした。

スタート時には制度の説明会を開いたり、宣言内容の書き方講座を開催したりというサポートも行いましたね。また一般的に、どんな業務に携わる人がどれくらいの給与を受け取っているのかとその理由などを極力、丁寧に説明したつもりです。もちろん多少のハレーションもありましたが、多くのメンバーは自らもそして周りからも納得感のある報酬額を設定できているように感じます。

――自己申告型報酬制度は、かなり大胆な人事制度のように感じます。

石川:側島製罐のビジョンは“宝物を託される人になろう”です。メンバーの大切な人生を預かっている以上、経営都合だけを一方的に押し付けて意思決定する会社であっては、このビジョンを語るに値しないと思っています。

メンバーにはせっかく人生の大切な時間を預けてくれるのですから、世の中にどう価値を還元できるかを考え、納得したうえでいきいきとはたらいてほしい。そのために自己申告型報酬制度を通して覚悟を交換し合うことで、経営者目線をもって仕事をしてほしいと思い、この制度を導入しました。さらに言えば、MVVという良心に基づいて作られた制度について、外部から誰かが評価したりマネジメントしたりすることは正しいのだろうかという疑問もあり、あくまで「自分の心の声」に従ってはたらいて欲しいという意図もあります。

小さな経営者がたくさん存在することが“はたらくWell-being”

――「経営者目線」というフレーズが、御社のひとつのキーワードになっている気がします。

石川:経営に携わるということは、自由が増える分、責任も大きくなるということです。しかし自分で検討し、自分で決断し、実行するサイクルがうまく回ったときの喜びは、はたらく上で何にも代えがたい喜びになります。それがメンバーにとってのひとつの“はたらくWell-being”であると思うんですよね。

僕のような経営者だけがその喜びを享受するのではなく、みんなでそのWell-beingを分かち合える状況にする、つまり「小さな経営者」が社内にたくさんいる状況を実現したいと思ったんです。

――メンバーの皆さんを「小さな経営者」たらしめるために、他にはどんな取り組みをされていますか?

石川:これまで給与テーブルとしてしか機能していなかった役職や決裁権、指示命令を廃止しました。

たとえば代表取締役の僕は現在、人事の決裁権を持っていません。中途入社の方をお迎えする場合も自分が一次面接、人事のメンバーが二次面接を行っており、採用するかどうかはあくまでメンバーの判断次第。僕がが「ぜひ一緒にはたらいてほしい!」と思っても、現場のメンバーが「難しい」と言えば不採用ということが起こり得ます。一緒にはたらくメンバーが採用を決めると、入社後もみんなフォローに一生懸命力を注いでくれます。

過去には僕が知らぬうちに、会社に屋台セットが届いたこともありました(笑)。話を聞くと、メンバーの家族を招いて行うファミリーデーで使用する目的でレンタルしたものだったそう。これも上長による決裁制度をなくして、メンバーが自由に経費を使えるようにしたからこそ起きた出来事かなと思っています。他にも有志のメンバーがサークルを立ち上げて、製品の品質の安定化を行うための活動をしたり、MVVを進化させるための福利厚生制度を考えたりと、誰かの目線を気にしたりご機嫌を伺うことなく自律的に活動してくれています。

まるで理想論を語っているように聞こえてしまうかもしれないのですが、結果、メンバー一人ひとりが経営者のように判断し、業務に責任を持ってくれるようになり、とても強いチームが出来上がっていることを実感しています。

有志メンバーが5S活動をすすめる「ピカピカチャレンジ」

――石川さんが入社した2020年から比べて、社内の雰囲気はどう変わりましたか?

石川:以前と比較して、社内の雰囲気はかなり明るくなりましたね。挨拶が活発になったほか、メンバー同士のいがみ合いのようなものもなくなったように思います。以前は「何をやってもどうせうまくいかない」、「私たちなんて」という言葉が頻繁に飛び交っていましたが、仕事中に使用する言葉もどんどんポジティブなものに置き換わってきました。

MVVの策定時には有志メンバーが「自分たちが作ったものですから、自分たちが他のメンバーに説明したい!」と説明役を買って出てくれたこともありました。以前だったらありえない姿ですから、とても嬉しい変化でしたね。定性的な変化もたくさん生まれましたが、2020年まで20年間下がり続けてきた売上高も2021年以降は堅調に伸長しています。

――メンバーのWell-beingを高め、企業としての成長も見られる。まさにWell-being経営ですね。

石川:僕は常々「いい仕事は、いい人生からしか生まれない」と感じてます。いっぱいいっぱいで余裕がなく、自分を不幸せだと思っている人が、隣にいる人のことを思いやることはできません。自分で幸せだと認識できる豊かな人生を送っているからこそ、「お客様に喜んでほしい」「同僚のことを応援したい」という気持ちがわいてくるはず。
究極的に言うと会社は社会課題の解決のために存在しています。世の中やお客様の役に立つためにも、メンバーのWell-beingが満たされている状況が必要なはずです。

理不尽な状況や、「こうだったらいいのに」という状況をそのままにせず、自分の良心に立脚した、嘘偽りのない経営を続けたいと思っています。

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