2024年夏、フランスの首都パリで開催されたスポーツの祭典・パリオリンピック。陸上競技の走高跳で日本勢88年ぶりとなる5位入賞を果たし、日本歴代4位タイ記録2m31㎝を跳躍したのが、今回紹介する赤松諒一さんです。
赤松さんは陸上競技選手として活躍しながら、2021年より岐阜大学医学部整形外科の研究生として高齢者の転倒予防について研究をし、さらに2024年に株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイドに在籍してからはホテリエとしてはたらく一面も持っています。陸上選手、研究生、ホテリエという異なる分野ではたらく赤松さんの“はたらくWell-being”を聞きました。
プロフィール:
赤松 諒一
高校から陸上競技の走高跳を始め、3年生の全国高等学校陸上競技対校選手権大会にて第3位を勝ち取ると、同年には2m16cmをクリアし、その年の高校記録保持者となる。その後岐阜大学へと進学し、日本学生陸上競技選手権大会にて3度の優勝を収めた。岐阜大学大学院修了後はシステムエンジニアとしてはたらきつつ、地元企業にて所属アスリートとして活躍。2022年にはオレゴン世界選手権に初出場し、翌年のブタペスト世界選手権で8位入賞。2024年からは(株)西武・プリンスホテルズワールドワイドに所属し、日本選手権2連覇、パリオリンピックにて5位入賞などの成績を残している。また、研究にも力を入れ、岐阜大学医学部研究生として転倒予防の研究を行っている。「はたらくWell-being AWARDS 2025」スポーツ・エンタメ部門受賞。
目次
陸上選手、研究生、ホテリエ。3つのキャリアを歩むまで
――運動、勉強、仕事、どれか1つでも大変だと感じてしまいますが、赤松さんはすべてに同時に取り組んでいるんですよね。どうスケジュールされているのですか?
陸上競技のオンシーズンは、春から夏、秋にかけてです。その時期は、試合に向けてしっかり身体を作り込み、高い記録を目指しています。一方、冬はシーズンオフで試合が落ち着くため、半日会社に出社したら、その後トレーニングをしています。
研究生については今年で5年目になり、論文を書きあげられたので今は評価を待っているところです。
――そもそも、3つのキャリアを歩むに至った経緯を教えてください。
まず、僕が陸上を始めたのは高校生のときです。いろんな部活動を見て回る中で、陸上部の雰囲気と競技の面白さに惹かれ、入部しました。始めたばかりのころは、短距離や走幅跳などいろんな種目をしていましたが、あるとき顧問の先生から「赤松は走高跳をやるといいよ」と言われたことがきっかけで、走高跳をメイン種目に選びましたね。僕が走高跳に向いている体型だったから、そう言ってくれたんだと思います。
――高校から始めた陸上競技で、選手になろうと決めたのはいつなのでしょうか?
「選手になろう」と決断したというより、高校から大学、大学院と競技を続けるなかで、自然と「少しでも良い記録を出したい」「より高い目標に挑戦したい」と考えるようになったからですね。僕としては、規模の小さな記録会もオリンピックなどの大きな舞台も、「今までより上の記録を目指す」という気持ちに大差はありません。これからも走高跳を続けるなら、趣味としてではなく、より高い目標を目指せる環境に身を置きたいと思い、社会人選手として陸上部のある企業に就職する道を選びました。
地元である岐阜県内で陸上部がある企業を探し、医療系IT企業に陸上選手として所属を決め、当時はSEの仕事もしていました。
そして、所属していたときに「博士課程を目指さないか」とお声がけをもらったんですよ。医療系のシステム開発に力を入れている会社だったことと、僕が岐阜大学大学院教育学研究科の修士課程を修了していたこともあり、岐阜大学医学部整形外科に入学させてもらいました。今も継続して通いつつ、2024年5月に移籍し、陸上選手とホテリエという今のはたらき方に至ります。
――練習はもちろん、当時はSEのお仕事もあると思うと、なかなか一歩を踏み出せない気がしてしまうのですが……
スポーツをしている影響から、骨や筋肉について学べる整形外科学に興味をもったのが大きかったですね。加えて、セカンドキャリアを視野に入れていたのも理由の1つです。陸上競技選手になった時点で、やっぱり自分の競技人生について考えるんですよ。競技人生が閉じたあとにも続く何かを今のうちから見つけたいという想いがあり、ありがたいことに博士課程の機会をいただけたので、それならチャレンジしてみようと。博士の学位を取得できたら研究生としてセカンドキャリアも開けるのではないかなと思っています。
自分の「やってみたい!」の気持ちが道を開いた
――陸上競技は個人種目で、結果も責任も自分で負うイメージがあります。さらに、1㎝単位で順位が変わるシビアな世界。そうした緊張感の中で、関わる分野を広げていくことに迷いはないのでしょうか。
そうですね。僕自身もともと飽きっぽい性格で、いろんなことに興味があり、「やってみたい」と好奇心が強い性格なんですよ(笑)。陸上はもちろん、ホテリエも研究生も、どれも僕が「やりたい」と思ってしていること。
特にホテルの仕事は、選手だからといって「所属企業がどんな事業をしているのか知りません」というのもなんだか違和感があるなと思い、僕から「はたらいてみたいです」と申し出ました。会社からは「在宅でも」と言われましたが、やっぱりメイン業務を知りたかったので現場に出させてもらいましたね。
――赤松さんからの希望だったのですね。
研究もあったので配慮いただき、名古屋にあるホテルではたらきました。お客様をお迎えするフロント・ベル業務、レストランサービス、外回りをする営業の経験も積ませてもらって。お客様が何を求めているのか、ベストなサービスを提供するにはどう立ち回ったらいいのかを自分なりに考えて行動するのは、すごく勉強になりましたね。
ただ、企業に所属するうえで一番重要なのは、選手として良い結果を残すことです。なので、オフシーズン中の筋トレや室内トレーニング練習とのバランスをみて、業務にあたっています。
――バイタリティがすごい……!各分野ごとに考えることや立ち居振る舞いも変わり、一見すると「大変そう」という印象なのですが。
それが、意外とそうでもないんですよ。むしろ、3つのキャリアがあることが僕にとって“はたらくWell-being”な状態です。というのも、オフシーズン中は次シーズンに向けた調整期間なので、練習が単調になりやすい。モチベーションの維持もシーズン中と比べて難しくなり、結果的に練習量や質も下がりやすくなってしまいます。
そういった時期に他分野で集中できる環境があることで、限られた練習時間でグッと集中して筋トレやトレーニングを行えると、効率も良いですし質も高い。頭の切り替えが、リフレッシュになっている側面もあります。それに、それぞれ異分野ではありますが、実は根底ではつながっているんですよ。
すべての仕事に共通すること。目標に向かう道のりが“はたらくWell-being”
――根底でつながっている?
はい。どの分野も、目標を掲げ、掲げた目標を達成するために計画を立てて、考え、行動し、目標に近づくプロセスは一緒なんですよね。
陸上競技でいうと、パリ五輪のときは「前回よりも上の記録を目指す」ことを目標に、2m34㎝という目標記録を設定していました。目標達成のために、理想の動きと実際の動きのズレをどんなふうに修正すればいいか、修正するためにはどういった練習を積んだらいいのかを一つひとつ分析して、積み上げていく日々。その結果、記録は2m31㎝でしたが入賞につながりました。
研究も同様に、仮説を立てて、仮説を立証するために実験を行い、データを集めて分析をします。その過程も、陸上のように試行錯誤の繰り返しです。理想とするデータや分析結果が出ないときもあって、何ができていなかったのか、見落としている要素はないのか、別のアプローチはどうかをつぶさに考えて、また次の実験に向かう。おかげで、求めていた結果を出すことができ、論文を書き上げられましたね。
――ということは、仕事も……?
そうです。ホテル業務における目標は、お客様に満足いただくこと。お客様の対応をする、荷物を運ぶといった、言葉にすればシンプルな業務の中で、どうすればその目標を達成できるかを考えます。お客様が異なれば状況も変わり、もっといえば日によって自分の体調や気持ちも異なるので、トライ&エラーの連続。
はたらくことは毎日同じことの繰り返しのように見えますが、実は同じことって絶対にないんですよね。その中で、目標達成のために一つひとつ冷静に考えて、行動して、分析して、積み上げる。日々変化しながら一歩ずつ目標に近づいていると思うと、そのプロセス自体が楽しいんですよね。
――そう言われてみると、目標に向かう過程はどの分野であっても同じですね。とはいえ、その中で挫折してしまったり、苦しくて嫌になってしまったりしませんか?
もちろんありますよ!陸上でいえば、ライバル選手がたくさんいますし、本番でベストなパフォーマンスを発揮できず悔しい思いをしたことも少なくありません。だけど、自分がした行動には必ずフィードバックがあります。もっと踏み込みを強くしないととか、もっとあの練習メニューをしなきゃとか。場合によっては、掲げていた目標のハードルを見直す機会になるときもありますよね。
結果の良し悪しに関わらず、何がどう作用してその結果になったのか。「これだ!」という原因がハッキリしていることばかりではありませんが、そうしたリカバリーも含めて楽しいと僕は感じます。もし、自分が行動したとしても何の変化もなく淡々と同じことの繰り返しであったなら、飽き性な僕はどの分野も続かなかったかもしれないです。
――運動に限らず研究も仕事も、目標達成のプロセスがあることが“はたらくWell-being”の根源なのかもしれないですね。
そうですね。なので、目標を達成できたときが一番やりがいを感じます。陸上選手としては、これまでの自分の記録を越えたり、試合で狙っていた結果を出したり、あるいは順位を獲得できると嬉しい。研究生のときは、仮説通りの結果が出ると「おっ!」と思いますし、ホテル業務では、お客様から「ありがとう」と感謝の気持ちを言っていただけたり感じられたりすると、はたらきがいになります。
それぞれのキャリアで目指す先や地点は異なるけど、それぞれで目標達成を目指し、もがく過程、そして達成できたときにやりがいを感じられることが、つながっている気がしますね。
目標を超えた先で生まれる気持ちが、すべての原動力
――赤松さんにとって、掲げた目標に向かう原動力はどういったものなのでしょうか。
目標そのものが原動力ではありますが、気持ちも大きなエネルギーになっていますね。選手として今は、2025年に東京で開催される世界陸上競技選手権大会を目標に掲げています。今回、パリ五輪で入賞は叶いましたが、数値として掲げていた目標記録を達成できなかったことが僕の中では悔しさとして残っていて。そういった「悔しい」「この記録を出したい」「この人に勝ちたい」といった気持ちは、原動力になります。
達成できたら嬉しい気持ちで次に向かえますし、達成できなかったとしても「次は必ずクリアするぞ」という気持ちで前に進んでいく。感情が、僕を突き動かしています。
――陸上では「東京2025世界陸上」に照準を合わせているとのことですが、研究とホテル業務においての目標も教えてください。
研究では、博士号取得まであと少しというところに来ました。取得までに、1つでも2つでも新たな研究テーマを見つけ、追究できればと思っています。構想自体はなんとなくあるので、研究として具現化することが目標ですね。
ホテル業務においては、次のオフシーズンで海外からのお客様が多いホテルでの勤務を経験してみたいです。というのも、海外遠征に行くこともあるので英語力を高めたくて。西武・プリンスホテルズワールドワイドの一員として、言語が変わっても質の高いサービスを提供できる自分でありたいです。