虐待サバイバーと築く新しいはたらき方。社会を変える一歩~はたらくWell-being AWARDS 受賞者の素顔~

2024年9月24日、厚生労働省は全国の児童相談所が2022年度に対応した児童虐待相談の件数が、過去最多の21万4,843件に達したと発表しました。2000年に「児童虐待防止法」が施行されましたが、2015年度に10万件を突破して以来、虐待の相談件数は年々増え続けています。それを受け、2019年の改正では体罰が明確に禁止となり、児童相談所の介入機能が強化されました。

そんな中、新たな課題となっているのが「虐待サバイバー」の存在です。虐待サバイバーとは、過去に家庭環境で虐待を含む辛い思いをした人のこと。虐待サバイバーたちの中には、それまでの経験から心身に疾患を抱えることや、人間関係の構築が苦手になり、はたらくことに課題を持っている人が少なくありません。

虐待サバイバーたちの「はたらきづらさ」に焦点をあて事業を展開しているのが、今回紹介する株式会社RASHISA 代表の岡本 翔さんです。岡本さん自身も虐待サバイバーでありながら、一筋縄ではいかない社会課題に乗り出した理由、“はたらくWell-being”の源泉を聞きました。

プロフィール:

岡本 翔

2017年1月23日に株式会社RASHISAを設立。創業後2年半ほど新卒領域で事業を展開し、2019年4月にキャリアアドバイザードットコムをリリース。同年11月に事業売却後、事業をピボットし、虐待問題と向き合うことを決意。2020年から虐待サバイバー(被虐待者)の雇用創出を目的としたBPOサービスを運営中。「はたらくWell-being AWARDS 2025」新たなはたらき方部門を受賞。

「自分らしく生きられる人を増やす」学生起業から始まった挑戦

――「虐待サバイバー」という言葉、初めて聞きました。ニュースやメディアで「虐待」と聞くと、報道されている一時点のことだけを想像してしまいますが、その後も虐待サバイバーの方の人生は続いていく、という当たり前のことに気づかされました。

そうなんです。「虐待サバイバー」という言葉自体、まだまだ認知度が低いので、もっと広めないといけないと思っています。

――改めて、株式会社RASHISAについて教えてください。

株式会社RASHISAは私が大学生のときに創業し、2019年に「残りの人生を虐待問題の解決にかけよう」と決めて、2020年から今の事業をスタートしました。

虐待サバイバーたちのはたらきづらさの解消を目指し、BPO領域で事業を展開しています。BPOとは、ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略で、業務の一部を外部に委託すること。虐待サバイバーの方々を自社で採用し、企業の方から当社にいただいた業務を彼・彼女たちに担ってもらっているのが当社の特徴です。その他、虐待サバイバーの理解を深める企業研修なども行っていますね。

――キャリアのスタートは学生起業だったのですね。もともと起業への想いがあったのでしょうか?

はい。高校生の頃に実業家の方の自伝『毎日が冒険』(サンクチュアリ・パブリッシング刊)を読んで、「起業ってなんて自由な生き方なんだ」と衝撃を受けたことがきっかけです。

実は家庭環境に特別な事情があり、私自身が虐待サバイバーなんですね。広島県で生まれ育ち、小学生後半までは祖母と祖父と暮らしていました。その後、中学生までは祖母と叔父と暮らすことになり、そのときに叔父との関係をうまく築くことができなくて。高校はバスケットボールで推薦入学をして寮生活を送っていたのですが、高校3年生のときにバスケでの夢が破れてしまい、そのタイミングでたまたま『毎日が冒険』に出会ったんです。家庭環境もそうですし、部活動もある意味では制約の多い環境下。だからこそ、自由な生き方に憧れたのかもしれません。

大学に進学してからも「いつか起業したい」と思い続けていて、大学3年生で出場したビジネスコンテストの審査委員の方に背中を押される形で、2017年に株式会社RASHISAを起業しました。

――虐待問題は2019年からと仰っていましたが、創業当時はどのような事業をしていたのでしょうか。

「自分らしく生きられる人が増えてほしい」という想いから、創業当時は、就活支援事業をしていましたね。 “自分らしさ”とは、生まれ育った環境など自分では変えられないものと、出会う人、自分が触れるものなど自らが選択できるものの両方で、醸成されると思います。そのため、学生と社会人が出会い、仕事やキャリアについて考えられる場を作る事業をしていました。

――そう思うと、「虐待」を事業にするとは想像もしていなかった?

いえ、自分のバックボーンもあって「世の中から虐待がなくなったらいいな」とは漠然と考えていましたね。ただ、今のように向き合って解決の糸口を探すといった行動までは伴っていなかったです。

覚悟を決めた、2人の株主との対話

――それから、2019年「残りの人生を虐待問題の解決にかけよう」と決められたんですよね。そのきっかけを詳しく教えてください。

きっかけは大きく2つ、具体的に言うと2人の経営者との出会いがありました。

1人目と出会ったのは、2018年秋のこと。就活支援事業への出資を受けようと、その方に相談しに行ったんですね。それまでの私は、自分の過去の環境が周りにあまりないケースだったこともあり、「人と違うのは恥ずかしいことだ」と思い込んで、話したりせず隠していました。ですが出資の相談をする大事な場面、ありのままの自分でいこう、自分を開示しないと、と挑むような気持ちで向かいました。なんとか家族の話をし終えたあと、その方が「君の人生って面白いね」「その経験は君にとっての宝物だよね」と言ってくださったんです。

――その反応に対して、岡本さんはどう感じられたのですか?

正直、最初は戸惑いましたね(笑)。これまでポジティブに受け取ってもらったことがなかったから。自分の過去はネガティブなものだと思っていたので、家に帰ってからも「面白い?宝物……か?」と。

でも、おかげで初めて「もしかしたら自分の過去って、自分が思っているよりも悪いものじゃないのかもしれない」と思えるようになったんです。別角度の視点をもらった感覚ですよね。結果的に出資を受けることはなかったのですが、誰かに話せたことで過去への見方が変わった大きなターニングポイントでした。

――次に、2人目の方とのお話を聞かせてください。

2人目とは、それから1年後の2019年に出会いました。そのときも就活支援事業への資金調達という形で打ち合わせを組んでもらって。それまでの経験上、資金調達の打ち合わせは2回程度で判断されることが多かったのですが、その方とは4、5回ほどミーティングを繰り返しました。その中で何度も「岡本くんは本当は何がやりたいの?」と聞いてくださったんです。

こんなにも回数を重ねてくださること、そして自分の過去を伝えたうえで向き合ってくださること自体、今までになかった経験でした。5回目の打ち合わせでようやく「いつか世の中から虐待がなくなったらいいなと考えています」と伝えることができました。すると「じゃあ、今からやったほうがいいよ。その問題に取り組むなら応援するよ」と背中を押してくれたんです。「いつか」と思っていた本当にやりたいことを話せたおかげで覚悟を決め、虐待問題に舵を切りました。

――ちなみに、それまで虐待問題に取り組んでいなかったのはどうしてなのですか?

今思うと、自信がなかったからですね。やりたいとは思うものの、どうやったらいいかも分からないから先延ばしにしていたのかもしれません。2人の方との出会いのおかげで過去を見つめ直し、「虐待問題を解決すること」を自分の使命にできました。

一筋縄ではいかない社会課題。難しさの中でも生まれる「変化の芽」

――「虐待」と一言で言っても、多くの課題があるように感じます。何から始められたのでしょうか?

仰る通り、とにかく課題が山積みで、始めは何から手を付ければいいか途方にくれました。虐待は、親の貧困や孤立、親子の障害の有無、望まない妊娠など複雑な要因が絡み合い、結果的に「虐待」という形で表出しています。それゆえに1つを解決すれば減る、というシンプルなものではありません。

――そうなのですね。

まずは私自身が虐待サバイバーであることをSNSでオープンにし、数十人の虐待サバイバーの方にヒアリングを行いました。数十人の方にどんなことに困っているのか、日々の生活の中での心配事などを聞かせてもらったんです。ヒアリングすると金銭的な困りごとが多く、その背景には仕事・雇用に関する問題がありました。

――仕事・雇用に関する問題ですか。

はい。たとえば、虐待サバイバーは心身に疾患を抱えていることも多く、そもそも週5日はたらくことが難しかったり、対人コミュニケーションが苦手だったりすることがあります。ですが、その方が虐待サバイバーであることは、自己開示しない限り周囲には伝わりません。企業側も「なぜそれが難しいのか?」が分からないまま、両者が歩み寄れずに離職してしまう。雇用の機会が失われていることが分かりました。

もともと人材領域で事業をしていたこともあり、最初は虐待サバイバーだと分かったうえで雇用してもらう人材紹介事業を計画したんです。ところが、虐待サバイバーという言葉の認知度も低く、虐待へのマイナスイメージから上手くいかず……。であれば、虐待サバイバーと企業の間に我々株式会社RASHISAが入り、両者の考えることを翻訳する形が良いと思い、今の事業に至ります。

――そういった経緯だったのですね。「虐待」という領域に飛び込み、6年ほどが経ちますが、課題の多さに理想とのギャップを感じることは……?

もちろんありますし、飛び込んだからこそより難しさ、途方もなさを感じています。ですが、今の事業を通して虐待サバイバーの方が週5日はたらけるようになったり、対人コミュニケーションへの苦手意識が減ったり、着実に変化も積み重なっています。そうした成果を目の当たりにするたびに、虐待を減らす仕組みはきっと作れるだろうと身が引き締まりますね。

苦しい状況でも踏ん張る。岡本さんのマインドセットの秘密

――事業を作るまでの過程や虐待問題への使命感も含めて、逆境の中でも物事を前向きに捉える姿勢をすごく感じます。

ありがとうございます。最近、改めて過去を振り返る機会があったのですが、昔からそういったマインドだったようなんですよね。真っ暗闇の中でもとにかく光を見出す性格と言いますか(笑)。

今思えば、高校生のときもそうでした。バスケットボールの試合中、相手との点差があまりにも開きすぎてしまい、チームのモチベーションが下がって「もう勝てないよね」という雰囲気が漂ったことがあったんです。でも私としてはまだ試合は終わってないし、3ポイントシュートが連続で決まれば勝てるかもしれない!と考える。逆転する可能性が0じゃないなら、諦められないんですよ。

――言われればそうなのですが……なぜ、そんなふうに捉えられるのでしょうか。

どうせやるんだったら頑張ったほうがいい、楽しんだほうがいいと思っていますね。良い悪いは抜きにして、もがいた後の未来のほうが結果的にいいよねと。

会社経営するなかでも、金銭的に苦しい時期や「もうダメだ」と思うことも、正直あります。そこで諦めて、従業員のみなさん、投資家のみなさんに頭を下げて倒産という道を選ぶことは、仕組みとして簡単にできてしまう。だけど今踏ん張ったほうが、関わってくださる人にとっても、そして社会にとっても未来は明るい気がするんです。

そう考えるとどんなに大変な状況でも、踏ん張る気力も湧きますし、0.1%でも可能性が見えてくるかもしれない。その先で未来が明るくなるなら、そっちを選びたいとシンプルに思っているんです。

――それが岡本さん“らしさ”なのかもしれないですね。岡本さんは今、自分らしくはたらける実感はありますか。

ありますね。一方で、もっと自分らしさを解放できるだろうなとも思っています。

――というと?

私は、人の行動には愛か恐れかの2パターンがあると考えていて。自分の内なる純粋な「やりたい」という欲求から行動できたら、それは愛。ですが、そうできない場面も人生には多くあります。周囲の状況やタイミング、外部要因で発生する「しなければならない」からする行動は、恐れだと私は思っています。「この場ではこう振舞ったほうがいいな」とか、「せざるを得ないから、しないと」とか。もちろん、恐れからする行動がすべて悪というわけではありません。

だけど、愛から生まれる行動だけができたら、より自分らしくいられる、それこそ“はたらくWell-being”が高い状態に近づけると思います。私は経営者でもあるので、個人の欲求を優先できる場面とそうではないケースがあり、そのときは「どちらが良い未来につながるか」と考えてバランスをとっていますね。でもやっぱり、自分がいつかやりたいと思っていた虐待問題の解決に向き合えている。そんな今の状態は間違いなく“はたらくWell-being”ですね。

「まだ道半ば」企業とサバイバーをつなぐ架け橋を目指して

――これから先、岡本さんが目指す未来を教えてください。

中長期的な目標として、虐待サバイバーの方のはたらきづらさが緩和されて虐待サバイバーが大活躍する社会を作ることを掲げています。虐待サバイバーのはたらきづらさが緩和されれば、日本の労働人口不足の解決にもつながり、多くの人が自分らしくはたらける社会になるはず。

そのために現時点では、2軸での活動を推進していきます。1つ目は、法の整備。現状、虐待サバイバーの明確な定義がありません。障害者手帳のように証明できるものもないので、虐待サバイバーであることが周囲に伝わる方法、法律、そして障害者雇用のような枠組みを作れればと思っています。

2つ目は、虐待サバイバーの方々が活躍できる企業を増やすこと。彼ら・彼女たちが自分らしくはたらける環境を少しでも増やしたい。そのためには、企業側の理解が必要だと思いますし、両者が気持ちよくはたらけるコミュニケーションの方法を伝えていきたいです。

仮に法律が整っていたとしても、企業の理解がなければ結局は離職や退職につながってしまいます。どちらかだけではなく、両方進める必要があると思っていますね。

現状の達成度は僅かかもしれませんが、数十年後に向けての目標が言語化できているのは大きな一歩。「虐待を減らす」という大きな山を前に、その大きさを認識したうえで登り始めているところです。

関連記事

注目記事

PAGE TOP