“幸せ人口1000万”を目指して。ウェルビーイング先進地域を目指す富山県の挑戦~はたらくWell-being AWARDS受賞 行政の素顔~

2025年1月、アメリカのニューヨーク・タイムズ「The New York Times」が発表した「2025年に行くべき52箇所」に選出された、富山。隈研吾氏が設計した、公共図書館を併設する富山市ガラス美術館、9月上旬に開催される胡弓の音が響くおわら風の盆など、豊富な観光資源、歴史・文化をはじめとしたさまざまな魅力が高い評価を受けました。

そんな富山県は、県政の中心にウェルビーイングを取り入れた「富山県成長戦略」を掲げています。戦略のビジョンは「幸せ人口1000万〜ウェルビーイング先進地域、富山〜」。加えて、富山県独自のウェルビーイング指標を策定し、県民の幸福度を見える化することで、具体的な施策に落とし込むことにも取り組んでいます。

富山県庁がウェルビーイングを取り入れるようになったきっかけから、試行錯誤しながら進めてきた富山県らしいウェルビーイングの取組みを、富山県知事政策局 成長戦略室 ウェルビーイング推進課の課長 牧山 貴英さんと、主幹の本吉 早百合さんに聞きました。

プロフィール:

富山県庁

「ウェルビーイング先進地域」を掲げ、心身の健康や社会的充実を重視した政策を推進中。観光振興や産業支援にも力を入れ、富山湾の海産物や伝統工芸品など、地元の特産品を全国・海外に発信している。また、県庁本庁舎は、有形登録文化財として登録された近代建築物で、地域の歴史や文化を反映したデザインが特徴。富山市の中心に位置し、行政、文化、観光の中心として重要な役割を果たしている。「はたらくWell-being AWARDS 2025」組織・団体部門を受賞。

幸せ人口1000万。ウェルビーイングを中心にした成長戦略を策定

―― 富山県がウェルビーイングに重きをおいた県政を行うようになったきっかけを教えてください。

牧山さん:はい。富山県では2021年2月、富山県の新しい未来とさらなる発展に向けたビジョンの策定に向け、「富山県成長戦略会議」を設置しました。背景となったのは、新型コロナウイルスによる経済情勢の悪化や人口減少・少子高齢化といった社会課題です。ピーク時には約112万6,000人だった富山県の人口も今では100万人を割りました。持続可能な地域発展を目指していくためには、新たな指針が必要だとの危機感のもと議論が交わされたのです。

約1年に渡る議論の末、「富山県成長戦略」を策定し、「幸せ人口1000万〜ウェルビーイング先進地域、富山〜」を戦略ビジョンに掲げました。富山県民一人ひとりのウェルビーイングの向上に注力すること、定住人口にこだわらず、関係人口を増やし、人の出入りを活発にして将来の成長に繋げることを柱にしながら、戦略の中心に“ウェルビーイング”の考え方を据えています。

――県民一人ひとりのウェルビーイング、いわば幸福度に着目したのは、何か理由があったのでしょうか?

牧山さん:理由の一つとして、客観指標に基づく「全47都道府県幸福度ランキング」と、主観指標に基づく「幸福度調査」という二つの民間調査の結果に大きなギャップがみられたことが挙げられます。「全47都道府県幸福度ランキング」は、人口増加率や一人あたりの県民所得など、5つの基礎指標と5分野別の指標を合わせた計85項目で分析される客観データの数値によって47都道府県がランキングされるもの。一方、「幸福度調査」はインターネットアンケートに答えた方お一人おひとりの主観的な幸福度評価の高さで順位が決まります。

本吉さん:2024年の結果では、富山県は「全47都道府県幸福度ランキング」で3位、「幸福度調査」では39位という結果でした。

―― 3位と、39位!大きな開きがありますね。

牧山さん:そうなんです。ただ、一つひとつの指標を見ていくと、いろいろな背景が考えられます。たとえば、富山県は持ち家比率が全国トップクラスで、一見、生活の豊かさの現れと捉えられます。しかし、持ち家が必要ないと思っている人など、必ずしも「幸せである」ことと結びつけられないかもしれないですよね。私たちは、県民一人ひとりの幸せは、客観的なデータだけでは測れない多面的な要素で構成されていると考えています。肉体的・社会的・精神的・地域への愛着・多様な価値観の受容など、主観的なウェルビーイングの向上のために、県として取り組んでいきたいと思ったんです。

本吉さん:富山県にお住まいの方々の幸福だけで良いのかと言われるとそういうわけではありません。知事の新田さん(※)も「いつまでも県内人口100万人という考えに縛られるのではなく、幸せという大きな傘のもと、富山で暮らす人、仕事をする人、よく訪れる人、生まれ育った人など愛着を持って関わるすべての人が富山の仲間だ」と呼びかけています。

(※)新田知事は、フラットで風通しの良い組織を大事にされており、職員から「新田さん」と呼ばれています。

――だからこそ、「幸せ人口1000万〜ウェルビーイング先進地域、富山〜」という戦略ビジョンなのですね。

「次世代に繋ぐ幸せな社会に」新田知事がウェルビーイングに込めた想い

―― 1つ気になったのですが、そもそも富山県成長戦略会議でウェルビーイングを提唱したのは誰だったのですか?

牧山さん:もともとは、成長戦略会議委員の皆さんの議論の中から自然に立ち現れてきた理念なんです。そこに新田さんも共感されたようですね。

――どうしてでしょうか。

牧山さん:それは、新田さんの経歴と関係があるのではないかと思います。新田さんはもともと民間会社の経営者でした。経営者時代は、社会のGDPをあげるために経済的な豊かさを追求して一生懸命はたらいていた、と仰っています。ただ、そうした中で「お金を稼ぐことや経済的に豊かになることだけで、従業員やお客様は本当に幸せになれるのだろうか?」という疑問も持っていたそうです。“ウェルビーイング”が、まさにそうした長年の疑問への「答え」と感じられたのではないでしょうか。

また、お孫さんの存在も大きかったと聞いています。「この子たちが大きくなったときに、幸せに暮らせる社会を作りたい」と考えられたのではないかな?と思います。

――次世代に未来を繋ぐことを考えたとき、ご自身の想いに「ウェルビーイング」という言葉が一番しっくりきたと。

牧山さん:はい。そして2022年2月に富山県成長戦略が策定され、同年4月に、部局横断的専門部署として、我々が所属する「ウェルビーイング推進課」が発足しました。

――県政にウェルビーイングを取り入れるというのは、新しい試みだったのではと感じます。すぐに受け入れられたのでしょうか?

牧山さん:正直なところ、当初はいろいろ悩みもありましたね。恥ずかしながら私は、初めて「ウェルビーイング」という言葉を知り、意味もよくわかっていませんでした。課の発足当時は、特にご高齢の方々から「わかりにくい」とのご意見を多くいただきました。

ですが振り返ってみると、その悩みやいただいたご意見に向き合うことに意味があったと感じます。ウェルビーイングとはなんなのか、富山県がウェルビーイングに取り組む理由、ウェルビーイングを取り入れることでどんな社会の理想を描けるのか……そうしたことを様々な方とのやり取りを通じて一つひとつ考えてきたからこそ、ここまで、前に進むことができたのではないかと思います。

ゼロからの挑戦。意識調査と指標づくりの試行錯誤

――ウェルビーイング推進課は、まずどのようなことを行ったのですか?

牧山さん:課の発足当時、私たちに課せられた最大のミッションは、県民の皆さんのウェルビーイングを把握し、指標を策定することでした。とはいえ、いきなり調査をしたり、指標を策定したりすることはできないので、まずは配属された課内のメンバーでウェルビーイングに関する情報を集め、理解を深めることから始めました。

―― インプットすることから始められたのですね。

牧山さん:それぞれが幅広く書籍や論文を読み、互いに意見を交わすうちに、徐々に理解が深まっていった気がします。ウェルビーイングにはいろいろな日本語訳がありますが、富山県では「身体も、心も、社会とのつながりも良い状態で、ありたい自分でいられる実感」と表現しました。そして、得られた知識をもとに、課員が中心となって意識調査に向けたアンケート項目を検討しました。

本吉さん:意識調査や指標の策定にあたっては、ウェルビーイング研究の第一人者である予防医学研究者の石川 善樹さんなど専門家の方々にもご協力いただきました。

牧山さん:アンケート項目は約100問に及び大変ボリュームの大きいものになりましたが、5,000名の県民の皆さんに配布し、半数を超える2,754名の方々からご回答いただくことができました。この結果を基に、2023年1月、本県独自の「富山県ウェルビーイング指標」を策定・公表しました。

牧山さん:指標は大きく3つの部分から構成されています。1つ目は、ご自身の幸福度を過去、現在、未来の時間軸で主観的に評価してもらう、図の真ん中の「総合指標」。2つ目は、お一人おひとりのウェルビーイングを構成する内心の要素を7つの「実感」で表した「なないろ指標」。そして3つ目が、ウェルビーイングを支える社会的関係の実感を捉える「つながり指標」です。

――「総合指標」は、過去、現在、未来で構成されていると。

牧山さん:はい。「今あなたは幸せですか?」という現在時点だけでは、推しのライブに行った、スポーツの大会で負けてしまったなど、直近の出来事に引っ張られてしまう傾向が出るかもしれないと考えました。もう少し長い時系列の中で、ご自身の幸せを捉えていただくことを狙いとしています。

――お話を聞いていると、富山県庁の皆さんがウェルビーイングに真摯に向き合い、独自の方法で進めてきたことが伝わってきます。

牧山さん:ありがとうございます。実は、当初は外部のコンサルタント会社などに指標策定を委託することも考えていました。ですが、ウェルビーイングについて学んでいくうちに、「富山県民のウェルビーイング指標は、県職員である自分たちの手で作るべきだ」と思うようになったんですね。ウェルビーイングの捉え方は、地域や文化、習俗やライフスタイルに応じて異なるものです。富山の皆さんのウェルビーイングを考えるなら、やはり富山県職員であり富山県民でもある自分たちの手で、という思いがあります。

課題発見から政策へ。指標から見えた富山県の伸びしろ

――策定された指標は、どのように活用しているのでしょうか?

本吉さん:1つには、県民の皆さん向けの広報・コミュニケーションツールとして活用しています。たとえば、ウェルビーイング特設サイト「わたしの、みんなのウェルビーイング・アクション!」では、ウェブ上の設問に回答すると、その日の自分のウェルビーイングが指標をもとにした花で表示される仕組みになっています。それ以外にも、ウェルビーイングを実践する方々のインタビュー記事や、「ウェルビダンス」というダンス動画など、多彩な取組を行っています。

牧山さん:さらに、政策判断の基礎データとしても活用しています。アンケートは、性別、年代、はたらき方、家族構成などの細かな属性まで網羅しているので、対象者を絞り込むことで具体的な政策にも活用できます。数値が低い部分や弱みとみられる部分をデータから見つけ、対策を考えるやり方を中心に、政策形成に活かしています。

一例として、10代〜20代の若者世代では、総合指標の数値は高いものの、つながり指標の「地域とのつながり」の数値が低い傾向がみられました。

――細かなアンケート調査を行ったからこそ、より具体的な弱みが見えるのですね。

牧山さん:それを踏まえ、「ウェルビーイング・ロゲイニング」という事業を実施しました。ロゲイニングとは、数名でチームを作り、地域に配置されたチェックポイントを訪れてミッションをこなすことで得点を競うゲームです。このイベントには約75名の高校生が参加し、商店街の和菓子屋さんを訪れたり、富山県の歴史を学んだり、地域の方々との交流も楽しみながら、ウェルビーイングを高めていただけたのではないかと思います。

「ウェルビーイング・ロゲイニング」での様子

本吉さん:また、別の機会には、特別支援学校の生徒さんも交え、包括連携協定を結んでいるイオンモール高岡さんの店舗内を「まち」に見立てた「インクルーシブ・ロゲイニング」という企画も実施しました。普段とは違う仲間とチームを組み、店舗内を巡る中でのコミュニケーションを通していろいろな「つながり」を感じていただけたのではないかなと思います。

「インクルーシブ・ロゲイニング」での様子

牧山さん:こうした事業を立ち上げることができたのも、ウェルビーイング指標を作ったからこそと思っています。他にも、高齢者の皆さんの「未来」に対する総合指標の数値が低いことへの対応や、はたらき盛りの世代を対象としたウェルビーイングの推進など、データからは行政として取り組むべき「伸びしろ」がいろいろ見えてきます。

振り返ればそこにあった、富山のウェルビーイング

――2022年に「富山県成長戦略」を策定してから約3年が経ちましたが、県民の皆さんに何か変化はありましたか。

牧山さん:ウェルビーイングに関しては、指標を本格的に政策に活用しはじめてから1年目ということで、まだまだ過渡期といったところではないかと思います。県民の皆さんの変化が見えるのはこれからであり、特に主観指標によって政策効果検証を行うには、5年〜10年単位の一定時間を要すると思っています。ただ、「ウェルビーイング」という言葉の認知度については、社会的な浸透度も相まって着実に広がってきていますね。

牧山さん:近年、新型コロナウイルスの蔓延や能登半島地震、数年前には大雪、鳥インフルエンザなど、予期せぬ危機事案がありました。それらは、県職員が「県政として何ができるか」、「県民の皆さんのために県ができることは何か」を改めて見つめなおす機会でもありました。振り返ってみると、我々県職員は、これまでも県民の皆さん一人ひとりの幸福、つまりウェルビーイングを考えて仕事をしてきたのだと思います。

私たち地方公務員は、地方自治法という法律に基づいて仕事をしているのですが、その中には「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本とする」という一文があります。この「住民の福祉」こそがウェルビーイングそのものなのではないかと思っていますね。ウェルビーイングは、新しい概念だと思われがちですが、これまで私たちがやってきたこともウェルビーイングに結びついている。今まで以上に、富山県民の皆さんのために“はたらく”ことにやりがいを感じられるようにしていきたいです。

―― 県民のウェルビーイングに取り組んだことで、職員の皆さんの“はたらくWell-being”も高まったのですね。

本吉さん:そうですね。県庁職員のはたらきがいを高める施策や制度を整えているところなので、県庁全体の“はたらくWell-being”も高まったように感じます。

―― 最後に、富山県が目指す姿を教えてください。

本吉さん:私たちは公務員として、県民の皆さんが将来的にも安心できる環境を整えて、それが富山県の良さになり、さらにそれが県外の皆さんへ伝わり、それに惹かれてまた関係人口も増えていく。そういった好循環につながればと思います。

牧山さん:以前、石川 善樹さんが「ウェルビーイングは、ふわっとしたラグジュアリーなものだと思われがちだけれど、実際はベーシックな要素も含んだ概念で、突き詰めるとそれは“人間の尊厳”の問題だ」と仰っていました。2024年に能登半島地震を経験し、“日常生活”や“当たり前”が揺るがされる局面を体感したこともあり、その言葉に深く納得しました。ウェルビーイングは人間の尊厳の問題であり、次世代や将来世代の県民に思いを馳せれば、それは“社会の未来”の問題でもあります。誰もが当たり前のようにウェルビーイングを感じられる社会を、富山県から目指していきたいと思います。

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