隔年で調査される「全47都道府県幸福度ランキング」で、6回連続1位を獲得している福井県。2024年3月には北陸新幹線が延伸開業し、注目を集めました。繊維や眼鏡、伝統工芸をはじめ、宇宙やヘルスケアなどのモノづくり産業を中心に、人口あたりの事業所数は日本一。地元スーパーには新鮮な魚介類やおいしいお米などが並び、全国トップクラスの水準を誇る教育環境、「待機児童ゼロ」などの充実した子育て環境、そして、恐竜化石や海・山などの豊かな観光資源を持ち、充実した暮らしの土壌が整っています。
そんな福井県庁には、2023年から「幸福実感ディレクター」を務めている職員がいます。それが今回紹介する飛田 章宏さんです。
どのようなキャリアを歩み、なぜ県民のWell-being向上に貢献する「幸福実感ディレクター」になったのか。そもそも「幸福実感ディレクター」とはどのような仕事をしているのか。飛田さん自身の“はたらくWell-being”についても聞きました。
プロフィール:
飛田 章宏
早稲田大学政治経済学部卒業後、2003年4月より福井県入庁。大学時代は公共経済学を学び、人の幸せ、特に自分が生まれ育った福井県民の幸せに貢献したいと思い、福井県庁を志望。入庁後は産業や観光行政のほか部局横断的な政策づくりを担当し、管理職等に積極登用する人事のチャレンジ制度に手を挙げ、2023年5月から現職。大学・企業などと連携し、県民の幸福実感を高めるプロジェクトを進めている。中小企業診断士。「はたらくWell-being AWARDS 2025」ビジネス・行政部門 を受賞。
目次
「福の居る街」、福井県。県民の幸福実感を高める「幸福実感ディレクター」とは
――「全47都道府県幸福度ランキング」において、6回連続1位おめでとうございます。
ありがとうございます。今年も無事に1位になることができ、安心しました。「全47都道府県幸福度ランキング」は、人口増加率、一人あたり県民所得、選挙投票率、食料自給率、財政健全度といった5つの基本指標に加え、健康、文化、仕事、生活、教育の5分野別指標などを合わせた計85項目の客観的なデータの総合評価で幸福度をランキングしています。
福井県は1624年に徳川家康の孫である松平忠昌が、「福居※」に改称したと伝えられています。「福」は幸せ、「居」は住む場所という意味がありますので、400年前から「福の居る街」、「しあわせに住む場所」といった想いが込められていたのではないかと思います。県名の由来から幸福と縁がある地域なんですよ。
※その後、「福井」に変わったとされるが諸説あり。
―― 福井県そのものが、Well-beingと結びつきがあるのですね。
現在は、「幸福度日本一のその先へ」を掲げ、一人ひとりの個性や価値観を尊重し、それぞれが自分らしく豊かに生きられる社会を実現することを目指しています。
―― その中で飛田さんは「幸福実感ディレクター」を務められていると伺いました。
はい。正式な肩書きは、「福井県未来創造部 幸福実感ディレクター兼ウェルビーイング政策推進チームリーダー」です。一言で言うと、福井県民のみなさんの幸福実感をより高め、それを発信していくことが私の役目です。
―― 行政の職種として、「ディレクター」があるのは珍しいですね。
「ディレクター」は福井県庁独自の制度で、若手職員を課長相当職として登用し、部局横断型のチームのリーダーとして業務を進めていくポジションです。現在は私を含めて6人のディレクターがいて、チャレンジ応援ディレクター、SDGsディレクター、歴史魅力向上ディレクター、こども応援ディレクター、人財発掘ディレクターと、各々に県政の重要課題に取り組んでいます。
―― どういったお仕事をされているのですか?
決められた業務はないので、幸福実感ディレクターとして、県民のみなさん幸福実感を高めるために何ができるかを主体的に考え、実行しています。たとえば、歩数の増加により主観的な健康感や幸福実感の変化を測定した「健康ポイント実証事業」や、経営者が従業員の幸福実感を高めるスキルを学ぶ「ウェルビーイング塾」、世界的に活躍する大手コンサルタント会社との幸せ実感社会のモデルの検討、都市部の学生の視点での「伝統工芸×ウェルビーイング」の政策づくりなどに取り組み、県民の方にウェルビーイングを身近に感じてもらうために河川敷で「焚き火×ウェルビーイング幸福実感。」というイベントなども実施してきました。この他にも、都道府県では初となるウェルビーイング政策を担う都市人材(地域おこし協力隊)を採用。体制を強化し、活動を広げています。
「県民をもっと幸福にできるかもしれない」可能性が見えた瞬間
――2023年5月に現職に就かれたきっかけを教えてください。
きっかけは2022年、「全47都道府県幸福度ランキング」で5回目の1位を獲得したときの街頭インタビューのVTRをたまたま見たことでした。とても誇らしい気持ちでテレビを眺めていたら、「幸福を実感していない」という県民の方のコメントを耳にしたんですね。
それを聞き、ドンと重い衝撃を受けました。私自身は福井県が素晴らしいところだと自信を持ち、それが誇りであり幸福に感じていましたし、幸福だとされる客観的データもあるのに……。ですがよく考えると、「全47都道府県幸福度ランキング」が分析しているのはあくまでも客観的なデータであって、県民一人ひとりが幸福を実感しているかどうかとは別なんですよね。
ウェルビーイングには、客観的ウェルビーイングと主観的ウェルビーイングの2つがありますが、充実した客観的ウェルビーイングが主観的ウェルビーイングに繋がりきれていないのかもしれないと感じ、その伸びしろに大きな可能性を感じました。福井県の幸福度を高めるために、まだまだできることがある。福井が有する素晴らしい基盤を、一人ひとりの主観的な幸福に繋げていきたい。自らアクションできることはないかと考えていたときに「幸福度日本一の推進を担うディレクター」の募集が県庁内で行われました。「これだ!」と感じた私は、県庁が取り入れている「チャレンジ制度」、ディレクターや管理職などに自ら手を挙げられる人事制度に立候補し、今に至ります。
―― 「幸福度日本一の推進を担う」は、かなり抽象度が高いように感じました。どういったことから着手していったのでしょうか。
まずは、エビデンスを作るところからスタートしました。客観的ウェルビーイングに関しては十分な統計データがありますが、県民の皆さんの主観的な幸福実感に関するデータは不足していたので、実態から調査しようと。
福井県には、県民の方や大学、企業と連携して政策づくりをオープンに進める「政策オープンイノベーション」という理念があります。この理念のもと、データサイエンスが専門の慶應義塾大学医学部の方々と、福井県立大学の高野翔准教授とともに主観的ウェルビーイングデータの収集、分析から始めました。
―― 主観的ウェルビーイングは一人ひとりの感覚や認識だと思うので、根拠を作ることから始められた。
はい。県内に住む満18歳以上の県民のみなさんを無作為に抽出し、とても幸せを「10」、とても不幸せを「0」の11段階で幸福実感を測るアンケートを実施しました。どういった要因が幸福実感に繋がっているかを分析するために、アンケートの中には仕事や健康、孤独感、地域への愛着などの設問も入れ込みました。1,500人以上からご回答をいただき、結果を見ると何が幸福実感に影響しているのか相関が見えてきたんですね。
―― 相関ですか。
たとえば、「住んでいる地域に愛着や誇りを感じている人ほど、主観的幸福度が高い」とかですね。他にも、身体と心の健康に満足している人ほど主観的幸福度が高く、孤独感を感じていない人ほど主観的幸福度が高い。
こうして集めたエビデンスで面白いものの一つが、パーソルグループの「はたらくWell-being指標」を活用して調査した、仕事と主観的幸福度の相関です。「日々の仕事に、喜びや楽しみを感じていますか?」という問いに対して、仕事に喜びや楽しみを感じている層は、仕事をしていない層より主観的幸福度が高いんです。ですが、仕事に喜びや楽しみを感じていない層と比較すると、仕事をしていない層のほうが主観的幸福度が高くなる。
―― つまり、仕事をして喜びや楽しみを感じることは、人生の中で幸福実感を高めるために、とても大切なポイントなんですね。
そうなんです。すでにこうしたエビデンスは全国的に存在していますが、地域性もあり、全国的なエビデンスと、福井県民にとってのエビデンスがまったくイコールになるわけではありません。県民のみなさんはどう感じているのかがより明らかになったことで、どういった政策を企画立案すれば良いのか次の行動が見えてきました。
データを集め、何が幸福実感に影響を与えているのかを明確にしたうえで、先ほどお話した「ウェルビーイング塾」や「焚き火×ウェルビーイング幸福実感。」などの取り組みにつなげています。
目指す方向に、“自分らしく”進めることが得られるやりがい
―― 幸福実感ディレクターとしての活動の中で、大変だったことや迷ったことなどはありますか?
一番は、仕事のスタイルが変わったことですね。それまでは比較的他律的な業務が多く、県民のみなさんの暮らしを支えるための許認可などの法令業務や、市町・団体からの要望対応など、組織の中で相談・検討しながらはたらいていました。
一方でディレクターの仕事は自律的です。決まった業務がないので自分で考え、決断して進めていかなければなりません。その責任もありますし、当たり前ですが成果も求められます。前例もなければ正解もわからないなかで業務を進める大変さがありましたね。しかしそれ以上に、一県庁職員では味わえなかったやりがいもたくさんありました。
―― どういったやりがいでしょうか。
1つ目は、データを分析し「ここに新しい可能性があるかもしれない」というエビデンスを発見するワクワク感ですね。それは福井県の幸福実感の伸びしろであり、希望でもあります。まだ誰も気がついていなかった新たな可能性にチャレンジするのは緊張もありますが、「取り組んでいけば、より良くなるぞ!」と思いながら飛び込んでいくので、幸福実感の数値が上がると今まで以上に大きな達成感を感じます。
そして2つ目は、大学や企業などいろんな方と繋がりができたことです。幸福実感ディレクターに就いてから、様々な分野でウェルビーイングに取り組む方と話す機会も増えました。新しいことにチャレンジされている方ばかりで、年齢や性別関係なくフラットな立場で知見やアドバイスを分けていただけるのはとても嬉しいですし、楽しいなと感じます。
多くの方のサポートをいただき、目指す方向に向かって自分らしく取り組んでいけるのは、大きなやりがいですね。それから、こうした取り組みをしているので自分自身のウェルビーイングにも目が向くようになりました。
「自分は何でウェルビーイングになれるのか」検証したことで見えてきたこと
―― 自分自身にもですか。
はい。この肩書きゆえ、よく「飛田さん自身は幸福を感じていますか?」と聞かれるんですよ(笑)。
―― 確かに気になります……!
自分自身のウェルビーイングを上げるために、いろいろ実践していて。たとえば体の健康面で言えば、1日8,000歩を意識して歩いたり、スマートウォッチで自分のベストな睡眠時間を探ってみたり。新しいつながりをつくる目的で、昔やっていたバスケットボールを再開したりも。心の健康のために、アプリで日記を続けていたこともあります。1日の中で自分がポジティブだったときと、ネガティブだったときを振り返っていたのですが、そのおかげで私のウェルビーイングには家族との関係が密接に関わっていることがわかったんです。
―― ご自身のエビデンスも集められているんですね。
家族との関係が良いことが自分の幸せにも繋がるとわかってからは、家族とちょっとした話をする時間を大事にし、過ごし方も見直しました。その結果、自身の主観的ウェルビーイングの変化は数値でも現れたんです。先ほど述べたウェルビーイング塾では、定期的に自分の主観的ウェルビーイングを測定します。塾の講師の方から「数値が5ポイント上がったら人生変わるよ」と言われていたところ、1ヵ月で11ポイントも数値が上がりました(笑)。講師のみなさんからは、「これはすごいことだよ!」と驚かれましたね。
主観的ウェルビーイングは、学力のように勉強したから上がるものではありません。アンケートの設問に、直感的にポジティブに答えられるかどうかに尽きます。私は仕事やプライベートでも自分自身のウェルビーイングを高める実践をしたからこそ、かつては「うーん」と悩んでいた質問にも徐々にポジティブに答えられるようになり、数値があがったんじゃないかなと思います。
確かな土台があるから、幸福を感じられる。アジア唯一の立ち位置を目指す
―― 今後の目標について教えてください。
実は今、北陸新幹線開業を機に福井県の主観的なウェルビーイングは大きく躍進しました。客観・主観の両方の幸福度が高い県となり担当としては嬉しい限りです。この状態を維持しつつ、さらに高めていくことが目標です。ディレクター職は1年1年が勝負です。まだまだ福井県民の幸福実感のためにやれることがあるので、引き続き県民のみなさんの幸福に貢献していきたいと思っています。その先で、福井県独自のウェルビーイング指標の発掘も視野にいれています。
―― 福井県独自のウェルビーイング指標とは、どういうことですか?
他県の事例でいうと、高知県には「飲み会文化」が根付いているので、お酒を週に何回程度飲みに行くかとウェルビーイングと相関があるのか、という測定をしています。人とお酒を酌み交わすことが好きな県民性が、ウェルビーイング指標になっているのはすごく面白いなと。このように、福井県でも県民性を反映したウェルビーイング指標が作れるのではないかなと考えています。
今のところアイデアベースですが、福井県は親子孫3世代の同居世帯が多いので、家族の団らん時間が主観的ウェルビーイングのキーになるのではないかな……と考えています。個人的にも、その実感ありです(笑)。
――指標にも県民性が反映されたら、より“福井県らしい”Well-beingが実現できそうです。
そうなんです。福井県はまじめで勤勉な県民性なので、仕事を優先しすぎて自分自身の幸せを後回しにしてしまっているのではないかと感じる部分もあるんですよね。そう考えると、童話「アリとキリギリス」の話を思い出して。アリの勤勉さと、キリギリスの自由さが両極端で描かれていますが、勤勉に働く中に自分らしく楽しく生きる側面があってもいいと思います。
福井県には客観的に評価いただいた確かな土台があるので、その上で県民一人ひとりが自分自身の幸せを高め、その幸せが周りにも伝播し、幸せの循環ができる持続的なモデルをつくっていくことが大切だと思っています。
―― 真の意味での「福の居る街」に近づきそうですね。
はい。今、世界幸福度ランキングを見るとフィンランドやデンマークなど北欧が上位を占めています。これらの国は客観・主観の両方の水準の高さが特徴です。福井県の幸福度を客観的にも主観的にも高めていけば、全国的にも、そしてアジアの中でも唯一無二の立ち位置が確立できると確信しています。実現のために私にできることを、引き続きチャレンジしていきます。
