化粧品大手のポーラ・オルビスホールディングス。1929年の創業以降、数々の魅力的な商品を世の中に送り出してきました。
そんな商品開発を下支えするのが、基盤研究に従事する約70名の研究員たち。研究の仕事と聞くと、ただひたすらにサイエンスと向き合う……というイメージを持つ方も多いと思いますが、同社では研究員の「個性」を重視し、なんと今年からは業務時間の10%を、本業とは関係のない“自由活動”に充てるという取り組みを開始しました。
今年発表した長期経営計画でWell-beingを事業の中心に据えるなど、従来の化粧品会社とは一風変わった変革を進める同社。この裏にはどんな狙いがあるのか、同社の研究部門の企画を務める近藤 千尋さん(写真左)と、笠原 薫さん(写真右)に伺いました(※以下敬称略)。
プロフィール
近藤 千尋
2004年ポーラ化成工業入社。シミ・しわに関する基礎研究に従事。2016年より研究企画にて研究戦略やオープンイノベーションの推進を開始。2018年より、ポーラ・オルビスホールディングス マルチプルインテリジェンスリサーチセンター(MIRC)にて、世界各国から新たなシーズとニーズの探索を行う「キュレーションチーム」のリーダーを務める。
笠原 薫
2014年ポーラ化成工業入社。研究職として、化粧品の安全性評価に関わる研究や、有効性に関わる基礎研究に従事。2020年株式会社ポーラ・オルビスホールディングス MIRCへ出向。研究戦略立案や研究資源管理に関わる業務を経験した後、現在は、研究広報や、研究技術を起点とした新規事業開発を推進するなど、研究成果の外部発信に取り組む。
この記事でわかるポイント
- ポーラ・オルビスは、Well-beingを軸に化粧品の枠を超えた事業展開を進めています
- 研究員の業務時間の10%を自由活動に充てる取り組みを導入し、自発性と個性の発揮を促しています
- 成果を求めず挑戦を重視することで、多様な発想や社内外の交流が活性化しています
- 社員の個性を起点に、社会に向けた価値提供と発信も積極的に進めています
- Well-beingの答えは一つではなく、社員自身が考え、動く文化を大切にしています
“個”を起点とするカルチャー
貴社が2022年に発表した長期経営計画では、今後の事業展開の中心にWell-beingを据えていらっしゃいますよね。これにはどのような背景があるのでしょうか。
近藤:従来、ポーラ・オルビスは化粧品中心の事業展開を行ってきましたが、会社としては、以前から「化粧品の枠組みを超えたい」という想いを持っていました。というのも、本来弊社グループが目指すべきは「人々の人生を彩る」こと。このビジョンは、化粧品を通じた“美”だけを追求するだけで実現できることではありません。
そこで、事業の枠組みを超え、Well-beingを個人・社会双方に広げていくことができれば、価値提供の幅が広がり、ビジョン実現に一歩近づけるのではと考えたのです。
近藤:2017年から弊社グループでは「感受性のスイッチを全開にする」というミッションを掲げており、ここにも「感受性を通して人生を楽しく心豊かに過ごしてほしい」という願いが込められています。単なる“美”ではなく、その先の幸せを求めていくという考え方は、グループの土台としてあるのだと思います。
実際に、Well-beingを意識しはじめたのはいつごろですか?
近藤:2018年にキュレーションチームのメンバーでロンドン出張に行ったのですが、それが一つの転機だったと思います。ロンドンでは、化粧品とかサプリメントを扱う店舗であっても、そのお店の看板には「コスメ」でも「ビューティー」でもなく「Wellness(ウェルネス:身体や精神の健康)」と書かれていたんです。
化粧品というワードが使われなくなっていることへの驚きもありましたが、同時に、ポーラ・オルビスの事業や思想に、とてもフィットする考え方だと感じました。
帰国後、ロンドンで目にしたことを、経営陣や研究員へすぐに伝えていきました。もともと“美”や“感性”といった「個」の体験を大切にする会社なので、Wellnessの考え方は自然なものとして受け止めてもらえたと思います。その後、事業の構想や、各戦略の細かなワーディングの中に、WellnessやWell-beingのエッセンスが少しずつ盛り込まれていきました。
そうして、ついに長期経営計画の根幹にWell-beingが据えられるまでになったのですね。
近藤:はい、非常にうれしいですね。思い返せば、私自身、若手時代に上司から「人が楽しくなるようなものを作っている会社なんだから、自分たちが楽しまないとダメだよ」と仕事中に言われていました。「個」の充実があってこそいい仕事ができるのだという理解が社内にあったのは、Well-beingを経営計画に盛り込んでいく上で大きなポイントだったと思います。
笠原:そのような社風であることは、私も実感があります。弊社には、社長が講師になって新規事業立案をする研修があるのですが、いわゆるロジカルシンキングだけで考えた事業アイデアを提案しても「つまんない」って言われてしまいます(笑)。私自身も以前この研修に参加したのですが、やはり「あなたなりのエッセンスを入れなさい」と教わったのがとても印象に残っています。
10%の“自由活動”を推進するために
社員のWell-being推進のために、何か象徴的な取り組みはありますか?
近藤:今年から研究員の中ではじめている象徴的な取り組みとして、全体の業務の10%の工数を、自分の好きな研究や活動に使ってもらうという活動を行っています。
自分の好きな活動、というと?
笠原:本当に何でもいいんです。たとえば、はたらきやすいオフィスにするために社内のスペースを使いやすく工夫したり、学生のころに取り組んでいた研究テーマにもう一度取り組んでみたり、部下や上司とコミュニケーションを取る時間に当てたり、関心のある専門分野を勉強するため学校に通ったり……。少しずつではありますが、一人ひとりに活動予算も付けているんですよ。
近藤:もともと、この前身となる取り組みは2015年ごろから行っていました。これは「イノべる活動」という、イノベーションを身近なところから生み出そうという趣旨の取り組みで、不定期で、研究員が自主的に集まってワークショップを行っていました。すると、普段得られないような発見を得ることができたり、フットワークが軽くなったりという効果も見られたので、より本格的に取り組んでいこうということで、今年から研究員の業務の10%を自由活動に充てることにしました。
自由といっても「特にやりたいことが無い……」という方はいないのですか?
近藤:もちろん、最初はそのような声も聞こえてきました。心の奥底で興味があることはあったとしても、すごく真面目な研究員が多いので、どこまでが許されて、どこからがOKなのか、そんな悩みを抱える人が多かった気がします。
そのような状況を打破するため、活動をはじめた当初は社内ウェビナーなどで、現在の仕事からできるだけ縁遠そうな領域の活動事例を取り上げていきました。変わり種では、土偶の研究なんていう領域も紹介しました。そうすると「ここまでやっていいんだ」というふうにハードルが下がりますし、取り組みの発想も広がっていきます。
Well-beingは、一つの答えを求めるものではない
自発性を促す、大胆な取り組みですね。しかし、会社としては、自由活動でどんな成果が生まれるか予測できないのではないでしょうか。目標など、何か取り決めていることはあるのですか?
笠原:研究員の目標設定には、その10%で必ず何かをするということ自体は盛り込んでもらっていますが、そこでどのような成果を出すかは、一切求めていないです。取り組むことによって加点はされど、その中で行った活動で何か減点をされるようなことはありません。
近藤:会社がその成果を求めてしまうと、自発性を促す施策であるはずなのに、結局やらされ仕事になってしまうと思うんですよね。Well-beingも同じで、一つの答えを求めてしまうと、それは全然Well-beingじゃない。人の数だけ答えがあると思うんです。
ポーラ・オルビスという会社の枠はあれど、それはその一人ひとりの個性によって成り立っています。「会社でなく個性の方が先にある」というのが弊社グループの根底にある思想なので、会社として何か一つの答えを求めるのは本意ではなくて。自由活動についても、やっていく中で何か面白いものが出てきたらラッキーですし、失敗したとしても、仮説を持って取り組んでいれさえすればみんな何かしら得るものがあると思います。
なるほど。とはいえ、なかなか会社としてこの取り組みを意思決定するのは簡単なことではないですよね。
近藤:それは、研究職という職種特性も影響していると思います。研究の仕事って、うまくいくかどうかやってみないと分からないところがありますし、成果が出るまでには何年も時間がかかります。そこは会社としても織り込み済みで、研究戦略としても「着実に成果を出すもの」と「成果が出るかわからない、ハイリスク・ハイリターンのもの」は予めバランスを考えながら組み立てているので、このような取り組みも柔軟にはじめやすいのだと思います。
取り組みをはじめてみて、現時点ではどんな変化を感じていますか?
笠原:まだ施策をはじめて半年程度ですが、まずは10%の工数を自由活動に充てようという点においては、おおむねしっかり取り組めている様子です。取り組みのテーマも、予想以上に多岐にわたっていますね。
また、いろんなテーマの取り組みが生まれていくにつれ、社内のコミュニケーションも活性化していると感じています。自分の趣味を起点にした活動をしている人も多いので、「〇〇のことなら××さんに聞こう!」というような会話も聞かれるようになりました。他の人と一緒のグループを組んで活動したり、勉強しあうようなアクションも生まれてきています。
社員のWell-beingを、社会に広めていくために
取り組みを社内だけでなく、社外に向けて広めていくという活動は何かされていますか?
笠原:はい、社外への発信も、力を入れて取り組んでいることの一つです。具体的には研究員が突き止めた科学的な発見を、「技術リリース」という形にまとめ、自社のホームページなどで公開しています。
技術のリリースと聞くと、なんだか難しそうな用語が並ぶイメージがありますが……。
笠原:そうですね。実際、以前のリリースの中には、同じ技術者には理解できても、一般の人には小難しくて理解が難しい内容が含まれることもありました。そうした過去の経験を参考に、現在は、一般の方にもいかに伝わるようにするか、その点にすごくこだわっています。
この技術リリースは、初稿はまず研究員自身に書いてもらうようにしています。どんなに下手な文章でもいいので、まずは書いてみて、そこから私たち研究企画と一緒にブラッシュアップしていきます。伝わりにくいポイントがどこなのか、自分自身で書いてフィードバックをもらうことが大事で。そうすれば、修正の過程で社会のことを意識できるようになりますから。
近藤:もちろん、小難しい用語の部分こそがとても重要なポイントであるケースもあるとは思うのですが、「一般の人にとって、興味を持ってもらえるのはこの部分なんだ」ということを実感できると、自分の研究の意義の再確認や深堀りにもつながります。いろいろな人に「面白いね」って言ってもらえますし、研究員も嬉しいと思うんです。実際、取り組みをはじめて以降、リリースに対するメディアからの問い合わせも増えているんですよ。いただいた反応が刺激になって研究が発展していくこともあって、良い循環ができていると感じます。
何か一つ、リリースの例を教えてください。
笠原:たとえば、以下は「化粧品乳化物のリサイクル」に関するリリースです。一般的に、乳液やクリームなどを作るには、水と油を混ぜ合わせていかに分離させず安定な状態にするかが重要です。しかし、ある研究員が「逆に分離させる技術を確立すれば、売れ残った商品から必要な成分を回収できるのでは?」というユニークな発想をし、実際に研究を行いました。
社員自身の自発性や発想力を大切にする、貴社ならではのユニークな研究ですね。
笠原:この研究の成果は、化粧品技術者のオリンピックとも言われる「国際化粧品技術者会連盟(IFSCC)世界大会」で発表することになり、その旨をリリースとして発表しました。SDGs時代にフィットした内容であり、多くの方に関心をもっていただくことができました。研究員の個性豊かな発想が、社会に必要なものとして広がっていった事例といえると思います。
近藤:他社さんから、よく「ポーラ・オルビスさんの研究って面白いよね」「着眼点が変というか、ユニークだよね」と言われます。研究員としては、この「変」というのはうれしい褒め言葉ですね。それだけ“自分なりのエッセンス”を仕事で表現できている証ですから。
お話を通じて、社員の個性が存分に発揮されている様子が伝わってきました。
近藤:ただ、この点はまだこれからのフェーズだと思っています。先ほどお話したように「Well-beingとはこういうことだ」と会社が定義してしまうと、真の意味でWell-beingではありません。そうではなく「まずは自分で考えてみよう」ということを伝えてきたのが、これまでの取り組みです。
そのことの重要性はわかってきてもらえていると思うので、では実際に社員がどのように個性を発揮し、会社の中に多様性を生み出していけるのかは、まだ手探りですね。いろいろと試行錯誤しながら、前に進めていきたいと思います。
ありがとうございました。最後に、お二人ご自身の今後の展望を教えてください。
笠原:「面白いことをする」、これだけは貫きたいと思っています。私は今、研究企画の仕事のほかに新規事業開発のミッションにも取り組んでいるのですが、今の時代、新規事業の開発は簡単ではありません。身近な課題の多くは、技術の進歩とともにどんどん解決されていき、何でも揃う豊かな時代になりましたからね。
これからの事業には、経済的原理だけでは解決できない社会問題をどう解決していくかが求められていると感じています。その解決策として、研究開発した新しいテクノロジーを駆使しながら、何かポーラ・オルビスらしさが漂う面白い事業を作っていくことができれば本望です。こうした取り組みは社員のWell-beingを社会に還元していくことに繋がりますしね。個性あふれるアイデアがどんどん生まれるような会社になっていけたらいいなと思っています。
近藤:私はチームのリーダーを務めていることもあり、まずは周りのメンバーが、一人ひとりの面白さや良い部分を存分に発揮できる環境をつくっていきたいです。
そのためには、自分自身がチャレンジをして、他の人が「自分もしてみたいな」と思ってもらえるといいなと思います。上司が率先して面白いこと、自分が楽しいと思えることをいきいきとするのがポーラ・オルビスらしさだと感じているので、チャレンジを続けていきたいですね。

