「これからの企業はどのようにWell-being(ウェルビーイング)に向き合うのか」
第2回 日経Well-beingシンポジウム

パーソルグループは、日本経済新聞社が主催する「日本版Well-being Initiative」(※)に参画しています。
2021年11月24日には、本イニシアチブの参加企業の講演を基調とするオンラインイベント「第2回 日経Well-beingシンポジウム」が開催。さまざまな観点から、企業価値向上につながるWell-being(ウェルビーイング)のあり方を探っていきました。

パーソルグループは、パーソルホールディングス代表取締役社長CEOの和田 孝雄が「これからの企業はどのようにWell-beingに向き合うのか」をテーマにしたパネルディスカッションに登壇。
丸井グループ取締役執行役員CWOウェルネス推進部長兼専属産業医・小島 玲子氏と、慶應義塾大学大学院・システムデザインマネジメント研究科の前野 隆司教授とのディスカッションの様子をレポートします。(モデレーター:パーソル総合研究所 井上 亮太郎)

(※)「日本版Well-being Initiative」とは
Well-being(実感としての豊かさ)を測定する新指標開発やウェルビーイング経営の推進、政府・国際機関への提言、Well-beingをSDGsに続く世界的な政策目標に掲げることを目指す。国内企業18社が参画。

グローバル調査から見るビジネスパーソンの満足度

井上:日経新聞が昨年6月に実施した認知度調査によると、Well-being(ウェルビーイング)という用語の認知度は、まだ13.4%に過ぎないことがわかりました。この半年でもう少し認知度は上がっているようにも思いますが、まずはWell-beingの定義について、前野教授、解説をお願いします。

前野氏:1940年代にWHOが広義の健康を定義した際に使われている言葉です。「健康とは身体的・精神的・社会的に良好な状態(満ち足りた状態)を指す」という説明の中の、良好な状態(満ち足りた状態)と訳された部分がWell-beingなんです。つまり、欧米では「Well-being=良好な状態」と理解されています。

以下の図で言いますと、狭義の健康というのは身体的に良好な状態のことです。言うならば「幸せ」は心が良好な状態、「福祉」は社会を良好な状態にするための活動ですから、これを包み込むような概念ですね。

井上:毎年3月ぐらいになると、日本の幸福度が上がった、下がったといったことがよく話題にあがりますが、これは「World Happiness Report(世界幸福度報告)」というものが元になっています。そして、そのデータ的な裏付けが、世界最大の世論調査「Gallup World Poll」で、パーソルも2020年からこのGallup World Pollに3問を追加する形で参画していて、今回は全116カ国・各国1,000名を調査対象としました。

追加した3問というのが、「Q1. あなたは、日々の仕事に、喜びや楽しみを感じていますか?」、「Q2. 自分の仕事は、人々の生活をより良くすることにつながっていると思いますか?」、「Q3. 自分の仕事や働き方は、多くの選択肢の中から、あなたが選べる状態ですか?」で、それぞれ情緒的な要素や社会貢献性に対する認知、そしてはたらくことに対する自己決定権の有無を調査するものです。

結果は、まずQ1の日本の順位は116カ国中95位で、少々残念な結果となりました。続いてQ2はなんと5位。日本人は社会貢献に対する実感が非常に高いわけです。そしてQ3は31位。「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンに掲げるパーソルグループとしてはどのように感じていますか?

和田:この結果、私は衝撃的だったんですよ。日本の人々ははたらくことに対して、もう少し喜びや達成感を感じているのではないかと思っていたので。「はたらいて、笑おう。」というグループビジョンは、それを高い水準からさらに上げていく前提でしたが、それ以前に到達しなければならない山が見えてきたと感じています。

小島氏:このような国際比較が可能になったことは、非常に大切なことだと思います。いま和田さんがおっしゃったように、測ったからこそ伸びるところもありますからね。それに、たしかに日本はQ1の「あなたは、日々の仕事に、喜びや楽しみを感じていますか?」という設問の結果がふるいませんが、これは「はい」か「いいえ」の2択で回答を求めたせいでもあるでしょう。もともと日本人は、「I am Happy!」とはあまり言いたがらないので、“どちらかというと「いいえ」かな”という人もいたのではないでしょうか。もちろん、躊躇なく「はい」と答える人が増えるに越したことはないですけどね。

また、当社でも全社員にこの調査を実施してみましたが、Q3の「自分の仕事や働き方は、多くの選択肢の中から、あなたが選べる状態ですか?」というのはどうしても、大企業には難しい面もあると思います。手挙げの仕組みを導入してはいますが、6,000人を超える数の人事は、やはり人事部がまとめざるを得ない部分も多いので。そういった課題が浮き彫りになったことからも、こうした指標の存在意義は大きいですね。

和田:そうですね、我々もその点は痛感しています。弊社はグループの中に、事業特性に応じた大きなビジネスユニットが5つあるのですが、各ユニットの中では自分で選択できる裁量を増やしたり、それぞれの希望を人事に反する制度を複数準備しているところです。

「働くこと=苦役」という意識を打破するためには

井上:前野教授はこのグローバル調査の結果について、どう捉えていますか?

前野氏:この手の調査では、日本人の幸福度というのはたいてい低めに出るんです。その意味でQ1の結果については、「まあ、そうだろうな」というのが正直な感想です。文化心理学でいうところの集団主義と個人主義の考え方に基づけば、日本は集団の調和を大事にする前者の傾向が強いので、自分だけが幸せであるとは答えたがらないのも当然かもしれません。

逆に個人主義的な傾向が強い欧米では、「自立する個人こそ素晴らしい」という考え方が基本なので、こうした設問の得点は高いんですよ。そういった思想の違いは差し引いて考えるべきかと思います。

井上:実はこの1つめの設問、他のどんな項目と相関が高かったかというと、エンプロイーエンゲージメントだったんです。つまり結果だけ見れば、仕事をあまり楽しめていなくて、なおかつエンプロイーエンゲージメントが低いという状況になってしまうわけです。

小島氏:その背景には、「働くこと=苦役」という社会的な固定観念が強固にあるような気がしてなりません。そこで丸井グループの中でトップと共有しているのは、従業員とはレイバーでもなくワーカーでもなく、プレイヤーであるという意識です。それぞれが自身の個性や強みを生かして仕事ができ、その中には自己決定という要素もあることが大切だと思います。

前野氏:その意味からもやはり、会社が理念として「幸せ」とか「笑おう」といった、エンゲージメント高くイキイキとはたらこうという要素を掲げるのはいいことですよね。パーソルさんや丸井さんはその点で先駆的ですよ。

和田:我々がGallup World Pollの調査に参加したのも、まさにそうした世界を広げていきたいからでした。調査結果をしっかりレポートしながら、課題を見つけてそれを改善するというプロセスをまわし、翌年の結果につなげる、と。

それに個人的には、雇用というのは世界平和の視点からも重要だと考えていまして、完全雇用が実現できれば世の中が安定し、紛争がなくなることにだってつながるかもしれません。そして、国際紛争なくなれば戦争もなくなります。そのくらい雇用やはたらくことは重要で、はたらく場がないからテロ組織に参加してしまうようなことがあるなら、それは不幸と言わざるを得ません。

前野氏:本当に同感です。幸せの本質とは結局、利他的であることだと思うんです。ワクワクはたらいていればその人自身も幸せですが、誰もがそうしてイキイキと他人のためにはたらくことが、みんなの幸せに繋がっていくんですよね。

「利益」ではない価値を可視化する

井上:近年はこうした非財務情報の可視化に取り組む動きが目立ちます。このあたり、ここ数年の変化について小島さんはどうお考えですか?

小島氏:これはWell-beingに取り組むことが、なぜ企業にとってプラスなのかという話にも通じますよね。産業医の立場からすれば、人は企業価値を生む源泉なので、人が良くなれば企業も良くなるというのは自明の理なのですが、一方で経営側としてはそれを株主にどう伝えていくかが問題です。

丸井グループの株価の推移が図表の赤い線で示されているのですが、5年くらいのスパンで見ると、EPS(一株当たり当期純利益)を株価がずっと上回っている状態が続いていることがわかります。これは環境や社会やガバナンス、いわゆるESGと言われる取り組みを加速してから起きている現象なんです。つまり、実際の利益以上が評価されていると捉え、これを「ESGプレミアム」と呼んでいます。

非財務情報の可視化を表す一例として、丸井グループではこのESGプレミアムという考え方を開示し、利益と幸せの重なり合いが増えていることを投資家に知ってもらう工夫をしています。

井上:なるほど。ESG投資という言葉も、かなり注目され始めていますね。

和田:これは持続可能性を高めていく上で非常に重要なことだと思います。そもそも私自身も就任以降、パーソルグループを100年、200年続く会社にしたいということを常々発信しながら事業に取り組んできました。そのためには従業員のエンゲージメントを高めていかなければならないし、投資家の皆さんには我々が何を目指し、どんな方向に進んでいるのかをしっかりお伝えしていくべきです。

そこで決算説明会でも、我々はまず「はたらいて、笑おう。」という世界を実現するために取り組んでいて、その結果としての数字がこれですよと、統合報告書で説明しているんですよ。

井上:まさに非財務情報を可視化する流れが強くなってきた印象を受けますね。人的資本などさまざまなものをいかに可視化し、伝えていくかという中で、以前はサステナビリティ報告書やアニュアルレポートなどバラバラに用意されていたものが、いまは統合報告書という対話ツールで伝えるところまで到達したということですね。

前野氏:いい時代がやってきたと思います。私が幸せの研究を始めた十数年前は、「社員の幸せ<利益」と考える人が多かったですからね。今はまだ、「社員を幸せにすると利益が出るらしい」と、なんとなく手を出し始めた会社も多いでしょう。でも、まずはそれでいいんですよ。そのうち、Well-beingの本質的な重要性に気づいてもらえるはずですから。パーソルさんにしても、「はたらいて、笑おう。」と言い始めた当初は、けっこうまわりから驚かれたんじゃないですか?

和田:そうですね。単純に驚かれましたけど、反響はすごく良かったです。社外からも「そのビジョン、いいね」とか、「共感できる」といった賛同の言葉をたくさんいただきました。また社員にとっても、「はたらいて、笑おう。」の世界をつくるには、自分たちだけじゃなく関わる人々も巻き込まなければならないという気づきにつながり、いいサイクルが生まれていると感じます。

社員全員が元気かつ健康で、そしてワクワクしながらはたらいてくれていることが企業の成長につながるのだと、多くの方に理解していたければ、その輪は自ずと広がっていきます。幸せな気持ちやそこに向かう熱量というのは伝染しますからね。

小島氏:本当にそうですよね。実はみんなが望んでいたことなのに、なんだかお花畑みたいで言いづらかったという人も多いでしょう。言われたことを我慢してこなすのが「はたらく」ことではありませんし、Well-beingという言葉をきっかけに、より多くの人に共感してもらいたいですね。

会議を活性化させた手挙げの文化

井上:では、そこで企業は従業員のWell-beingを向上させるために、どのように取り組んでいくべきでしょうか?

小島氏:当社の場合、2009年と2011年に経営赤字に陥ったことがひとつのきっかけになっています。人々の価値観が変化する中で、どう会社を発展させるかを考えた時、従来のように流行っているものを売るだけでは厳しいという考えに至りました。

そこで、お客様の役に立ちたいというそもそもの理念に立ち返り、そのために一人ひとりが自ら考え、自ら行動できるように、10年くらいかけて手挙げの文化を醸成してきたんです。そしてすべてのステークホルダーのしあわせを事業目的に定め、新中期経営計画として昨年公表しました。

井上:従業員一人ひとりの自主性を促すという意味で、手挙げの文化を根付かせようというのは素晴らしい発想ですよね。

小島氏:手挙げ方式のきっかけになったのは、ある重要な会議で居眠りをしている人がいることに、社長が気づいたことでした。2008年当時の写真を見ると、みんな黒いスーツで多様性がなく、どこか仕事を“やらされている”雰囲気が漂っているのが見て取れると思います。これを変えるために取り組んだのが、手挙げの推奨でした。

その結果、たとえば中期経営推進会議のような今後の経営方針を議論する大事な会議でも、世代や立場に関係なく、出たい人が参加しているので、意見や質問が数多く出るようになりました。10年を経て、いまではその中期経営推進会議も各種プロジェクトも、さらには異動も、そもそも手を挙げないと何も始まらない体制になっています。

前野氏:逆に、手を挙げたくない社員が置いてきぼりになってしまうようなことはありませんか?

小島氏:たしかに、手を挙げるのがいつも同じような人に偏ってしまうという過程はあります。ただ、積極的に手を挙げてイキイキとやっている人を見て、「私も参加してみようかな」と腰を上げる人も増えており、現在では全社員の87%が手を挙げています。

井上:なるほど。パーソルとしても今後、どのような文化を育んでいくのか、考えなければなりませんね。

和田:「はたらいて、笑おう。」のグループビジョンをつくった時の大きなポイントとして、はたらくことと生きることは非常に密接で、はたらくことでより良い人生、より良い生き方を実現していこう、との思いがあります。「はたらいて、笑おう。」はその先にある世界である、と。

そのためには、はたらくフィールドや機会を自分で決められることが重要で、会社としても一人ひとりにフォーカスをあて、どんな環境や条件であれば人は輝けるのかということを、常に考えていかなければなりません。パーソルのロゴは実は、カメラのフォーカスのマークがモチーフになっているのですが、個人にフォーカスし、それぞれがよりよい人生を送るための支援をし、伴走していくことが我々のテーマだと思っています。

小島氏:私は産業医として、はたらいていて調子が不調に陥った人の面談を20年行ってきました。その中で、マイナスをゼロにするというモグラたたきのような対策だけでは、とても社員を幸せにすることはできないだろうと思っています。毎日8時間はたらきながら人生100年時代を過ごすなら、やはりはたらいている時間を幸せに、マイナスをゼロではなくプラスにしていく必要があるでしょう。そうなれば調子を崩す人も減るはずです。

はたらく人たちの幸せは、その国の発展にも通じていると思います。実際、ブレグジットの前には、イギリスの人たちのWell-beingが下がっていることを示す研究も存在しています。はたらく人が幸せになることが、社会の幸せにもつながっているわけです。これは、企業ごとに競うことではありません。共感の輪を広げていって、はたらく幸せと利益の調和により、社会の発展に貢献できると私は考えています。

前野氏:そういったお話を聞いていると、人間がレイバーとして働かされていた時代から、本来の人間らしい時代に回帰しつつあることを実感させられます。人間は実は、20万年も前に誕生していながら、そのうち19万年は旧石器時代なんですよ。そのころは、はたらくことと生きることが一体化していた。しかし、今や、人口が80億人にまで増え、80億分の1の役割分担を行っています。これではあまり幸せを感じられません。そこでいま、あらためて誰もが地球や自然と共に生き、共にはたらいているという感覚を、取り戻すタームに突入したのではないかと感じています。

その意味で、パーソルさんや丸井さんのように、人がイキイキとはたらいている会社があるというのは、大きな希望です。もちろん利益も大切ですが、Well-beingの精神で、ぜひみんなで円満な社会をつくっていければと思います。

井上:おっしゃる通りだと思います。今後、Well-beingという言葉が当たり前になり、こうして特別に意識することすらなくなる社会になれば理想的ですよね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

関連記事