社会・経済環境の変化と日本型人材マネジメントのアップデート。変革の時代における日本企業の経営・人材競争力強化に向けた提言

東京 経営者・役員 人事

社会や経済環境が大きく変化し、人口減少による深刻な人手不足に直面する日本。いま、日本企業の経営と人材競争力強化のために何が求められているのか。両氏の講演とディスカッションでは、最新のデータから見えた問題提起と、政府の成長戦略における取り組みが紐解かれ、「レガシーと戦う」ための具体的施策に関する重要な提言がなされた。

経済産業省 経済産業政策局
産業人材政策室長
能村 幸輝 氏
パーソル総合研究所
取締役副社長 シンクタンク本部長
櫻井 功

目次

現在の日本固有の人材マネジメントで、人手不足の解消とミドル・シニア世代の活用は可能なのか?

パーソル総合研究所 シンクタンク本部長の櫻井は、人口動態統計のアップデートとして、2017年から2030年の間で日本の人口そのものが940万人減少*1し、2030年時点での人手不足は644万人*2に上る、というデータを紹介。この人手不足をどう埋めるかについて、女性、シニア、外国人といった労働供給を増やすか、生産性向上によって労働需要を削減させるかのいずれかしかない、と解説した。

一方で、最新のパーソル総合研究所のAPACとの比較で、日本では仕事に対する満足度が低く、管理職を目指す人が極端に少ないことが明らかになったという。「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」によれば、日本の「仕事における満足度」は50%台であり、80%近いアジア14か国の平均の中で突出して低い数値を示している。

さらに、「管理職を目指す人の割合」も日本は14か国中最下位の21.4%(1位 インド86.2%、2位 ベトナム86.1%、3位 フィリピン82.6%、6位 中国74.2%、8位 韓国60.2%)。13位のニュージーランド41.2%と比較しても約半分となっている。
櫻井は、フィリピンやベトナムでは50代でも80%以上が管理職になりたいという意欲を持っているのに対して、日本は30代の28%から40代になると11.0%に急低下してしまうことを指摘し、
「これからの人手不足解消にはミドル・シニア層の活躍が求められるが、従来の日本型人材マネジメントでは年齢が上がるほどリターンマッチの機会がなく、それが働く意欲と諸外国との競争力の低下につながっている」と指摘し、以下の2つの問題を提起した。

・現在の日本固有の人材マネジメントのままで、これからの人手不足の解消手段が実現可能なのか?
・100年ライフ時代に、働く人々が将来に希望を持ち、意欲高く働き続けることができるのか?

*1出所:「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)
*2出所:パーソル総合研究所「労働市場の未来推計2030)

政府の成長戦略を踏まえた新たな人材マネジメントの在り方と人材戦略とは

続いて、経済産業省 経済産業政策局で産業人材政策室長を勤める能村幸輝氏が講演を行った。能村氏は冒頭、環境変化を大きく「少子高齢化・人生100年時代」「第4次産業革命・AI×データ時代」とした上で、「働き方、学び方、組織の在り方が変わる必要がある」と示し、具体的な対応施策を次のように述べた。

デジタル・ICT活用による「マークアップ率(付加利益率)」の向上

いま政府の成長戦略で注目されているのが、「マークアップ率(付加利益率)」という数値である。かねてから問題視されている日本の労働生産性の低さは、コストが高いことによるものか、それとも売値が低いことによるものか、が論点となっている。製品価格と限界費用の比率であるマークアップ率は、企業の生産性と価格設定力を反映した指数であり、今後、重要な経済指標になると考えられている。

米国や欧州企業は2010年以降、急速にマークアップ率が上昇する一方、日本企業は2010年以降も低水準で推移している。そのため能村氏は、政府の未来投資会議でも上昇方策が議論されていると語る。日本の労働生産性上昇における課題は、顧客視点でみた付加価値の創出、すなわち、既存事業においても第4次産業革命のデジタル技術とデータを活用し、付加価値の高い新たな製品・サービスを生み出すことで、マークアップ率・利益率の向上を図る必要がある、というのがその主旨だ。

経営の質とIT労働生産性の向上

能村氏は「欧州企業の実証分析によると、IT資本の増加と人事スコアの増加が組み合わさると、労働生産性の上昇が倍増する」という傾向を示し、優秀層へのメリハリの効いた処遇のスコア化など、事業のみならず評価、報酬制度においても「レガシーにいかに打ち勝つかがカギ」と語る。そのためには人事面でもデータ活用によるデジタルトランスフォーメーション(DX)推進が不可欠であり、政府も『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』の発表などでその後押しをしている、と解説した。

巨大、多角化すると営業利益率(ROS)が下がる日本企業体質の変革

日本企業は、大規模化・多角化が進むほど非中核事業を抱え込むことなどを背景として、利益率が低下する傾向にある。米国企業は既存の大企業が新たな分野を積極的に手がけ、また革新的なベンチャーを買収することで社歴が長いほど利益率が高くなる傾向にある。これは既存企業の内部資本市場(Internal Capital Market)の活用効率に差がある可能性があり、能村氏は「日本の既存企業にも、内部の経営資源を新たな分野に投資することで成果を上げることができる潜在可能性を有している」と指摘する。

これらを踏まえ能村氏は、経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会による「経営競争力・人材競争力強化のための9つの提言」として3つの原則と6つの方策を紹介。講演の結びとして、「経営トップ自らが変革をリードし、個人と企業が互いを選び合い、高め合う関係を構築していくこと」の重要性を説いた。

<3つの原則>

1. 経営戦略を実現する重要な要素として人材および人材戦略を位置づけること
2. 個人の多様化・経営環境の不断な変化の中で、個人と企業がお互いを選びあい、高め合う関係を構築していくこと
3. 経営トップが率先してミッション・ビジョンの共有と実現を目指し、組織や企業文化の変革を進めること

<6つの方策>

1. 変革や人材育成を担う経営リーダー、ミドルリーダーの計画的育成・支援
2. 個人の挑戦や成長を促進し、強みを活かした企業価値の創出に貢献する企業文化や評価の構築
3. 経営に必要な多様な人材確保を可能とする、外部労働市場と連動した柔軟な報酬制度、キャリア機会の提供
4. 個人の自律的なキャリア開発や学び直しを後押しし、支援する機会の提供
5. 個のニーズに応え、経営競争力強化を実行する人事部門の構築
6. 経営トップ自ら、人材および人材戦略に関して積極的に発信し、従業員・労働市場・資本市場との対話を実施

その後、両者によるディスカッションが繰り広げられた。

櫻井の「マークアップ率を上げるには、原価を下げるか価格を上げるかしかない。しかし、海外と比較しても長年日本だけ賃金が下がってきている中これ以上原価を下げることは難しいのではないか」という質問に対し、能村氏は「いい値上げ」という表現で答えた。消費者にとって付加価値の高い製品やサービス提供によってそれが実現する、としてITサービスなど非製造業では成功例もあるが、製造業は苦戦している現状を解説。櫻井は「いい値上げを社会全体で考える必要があり、付加価値にあった適正価格や社会の在り方も含めて検討する必要がある」と指摘した。

また、櫻井の「日本企業はGDP比でのIT投資は低くないのに、生産性の向上が進んでいないのはなぜか」という問いに対し、能村氏は「投資の質に課題がある」として、①日本企業はシステムが乱立して既存システムのメンテナンスコストが高いということ、②投資は量ではなく中身であるということ、③メンテナンスではなく攻めの投資が重要であること、を説いた。これを受けて櫻井は日本企業特有の個別最適化、カスタマイズし過ぎる傾向を指摘。能村氏は「業務が人に依存していることも関係があり、全体を変えるのには一定の調整期間がかかる」としてCool Bizが定着するのに5年かかったことを例に挙げた。さらに「日本は効率性を体感して実感すると一気に変わる同調性が高い。投資の判断は経営のコミットメントと現場の納得感が必要で、これは人事も同じ」と、改めて「レガシーと戦う」必要性を説いた。

続く「特に製造業で課題感が顕著な、従業員の再教育に対するアイデアはあるか」という櫻井の問いに対して能村氏は「政府として財政的な支援はしているが、個人、中でも中高年の自発的な学びが重要」と回答。スマホなどでのマイクロラーニングやコンティニュアスラーニングによる細切れで継続的な学びのアイデアを示した。櫻井は「時間も投資であり、意欲も必要。学びへの投資が自分のキャリアでプラスになると感じないとモチベーションが上がらない。学んだ人がその学びを生かせ、よりよい報酬をもらえる社会の実現が求められる」と応えた。

最後に両者は経営トップの役割の変化、中でも発信の重要性に言及。能村氏はこれからの経営層に求められるスキルとして、「ゴールは経営戦略の実現であり、その手法として財務や人材マネジメントがある。短期ではなく中長期の捉え方が必要」とした上で「コンフリクトマネジメントとの兼ね合いを社内で緊張感をもって議論されているか、コーポレートガバナンスとして機能しているか」が重要と指摘。さらに経営層が変わるためには「会社の外を知っているか、外らの視点を持っているかが重要」と説明し「これまでのレガシーを自分自身で見直し、アップデートしていけるか。できない場合は社外取締役など外から取り込み、多様性を持つボーディングメンバーを揃えることが必要になる」と語る。櫻井は「企業単体では難しい部分も多く、政府を含め日本全体で取り組むべき課題として、共に解決に向かって努力していきましょう」と結んだ。

本記事は2019年10月23日開催の「PERSOL CONFERENCE 2019」の講演を記事化したものになります。

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