長時間労働の是正で人材不足対策を!低残業と高パフォーマンスを両立する「希望のマネジメント」とは?

東京 人事

立教大学 経営学部 教授
中原 淳 氏
株式会社パーソル総合研究所 主任研究員
小林 祐児

生産年齢人口が減少する中、長時間労働を是正し、全員参加型の組織を実現しなければならない。しかし、頭ではわかっていても残業がなくならないのが現状だ。立教大学 経営学部 中原淳研究室とパーソル総合研究所は共同研究において2万人にアンケート調査を実施。その調査結果から見えてきたのは、「残業は集中、感染、遺伝し麻痺を生む」という残業のメカニズムだった。また「残業対策を実施している」と約半分の企業から回答があった一方で、従業員は4割近くが「効果に疑問を持っている」ことがわかった。低残業と高パフォーマンスを両立する「希望のマネジメント」とは?共同研究の発表は、残業対策を成功に導くためのヒントにあふれていた。

人手不足対策に、長時間労働の是正は待ったなし

「長時間労働の是正は、実は新しい問題ではなく、その是正のための施策を幾度も講じてきたが解決できていない、戦後最大の労働問題と言えるほどの難問です。今、この難問を解決しておかないと、今後あらゆる企業の存続に大きな影響を及ぼします」と、立教大学 経営学部 中原淳氏は警鐘を鳴らす。

なぜ、今解決しなければならないのか。その理由が人手不足だ。2017年6月時点では121万人であった労働力不足が、2030年には644万人に達すると推計されている。「深刻化する人手不足を解消するためには、若者や女性、高齢者などを労働力として活用していく入口の問題と、働きやすい環境をつくり離職を減らしていく出口の問題の解決が基本となります。入口と出口の問題解決の上で障壁となるのが長時間労働です」と説明する。
生産年齢人口が減少する中、長時間労働を是正することで、介護中の人々や外国人なども働きやすい組織づくりが必要だ。しかし、頭ではわかっていても、残業がなくならないのが現状となっている。中原研究室とパーソル総合研究所は、2万人にアンケート調査を実施し、その調査結果をもとに残業のメカニズムを解明し対策を考察する共同研究を行った。

2万人にアンケート調査を実施、残業は「集中、感染、遺伝し麻痺を生む」

なぜ、残業は生まれてくるのか?本質的なテーマに中原教授は言及し、「残業は集中によって生まれ、感染、遺伝するとともに麻痺を生む」と指摘し、残業のメカニズムについて説明を加えた。(図1)

図1  残業のメカニズム:残業はなぜ生まれどんなデメリットをもたらすのか?

① 残業は「集中」する

集中とは、『残業は、優秀な部下ないし上司に残業が集中することで生まれ、メンバーの間に格差を生み出す』ことだ。中原教授は、「調査結果では、優秀な部下に優先して仕事を割り振っているという上司層の回答が60%を占めました。また残業施策を行っている企業において上司層が『部下に残業を頼みにくくなった』が約30%、『仕事を持ち帰ることが増えた』が約20%となりました。残業は優秀な部下または上司に集中することがわかりました」と説明する。

② 残業は「感染」する

感染とは、『残業は、職場の同調圧力によって強化され、維持されていく』ことだ。残業増加の一番の組織要因は『周りの人がまだ働いていると、帰りにくい雰囲気』であり、長時間労働は職場メンバー間で常態化する。「男性20代は50代の1.9倍、女性20代は1.7倍、帰りにくさを感じています。その帰りにくさは上司の残業時間に応じて急激に上昇することもわかりました。職場の同調圧力によって残業は感染し維持されていくのです」。

③ 残業は「遺伝」する

遺伝とは、『上司の働き方が世代を超えて、部下やメンバーに伝達されてしまう』ことだ。残業の遺伝について中原氏は「上司が若い頃に残業をたくさんしていた場合、部下も残業時間が長くなる傾向にあることがわかりました。また長時間労働を経験した上司は転職先でも部下に残業を多くさせてしまっています。知らず知らずのうちに、自分の若いときの働き方を押し付けてしまっているのではないでしょうか。かくして、残業体質は世代と組織をまたいで受け継がれていきます」と話す。

④ 残業は「麻痺」する

麻痺とは、『長時間労働により認知・行動・感情がちぐはぐになり、健康被害や離職リスクが高まってしまう』状態だ。残業時間が60時間を超える層に、ランナーズハイのように幸福感や会社への満足度が高くなっている層がいることがわかったと中原氏は指摘し、一方で健康やメンタルのリスクは増していると警告する。「残業時間が60時間以上の層は、『強いストレスを感じる』が1.6倍、『重篤に病気・疾患がある』が1.9倍でした。すなわち、幸福感を感じる麻痺状態の中で、健康リスクがどんどん増していきます。また『働くこと自体を止めよう』と思う割合が上がり休職リスクも高まります。人生100年時代に、55歳まで働き続けることは難しいと考えていることもわかりました。残業時間の増加は、上司からのフィードバックが十分ではない、内省化できない、職場外で学習する機会が得られないなど、成長も阻害します」。

残業対策の成功にはトップダウンと職場マネジメントの両輪が重要

「集中、感染、遺伝、麻痺といった残業のメカニズムをいかに解除していくか。残業のメカニズムの解除の仕方はいろいろあると思いますが、本日は全社施策と上司による職場マネジメントの2つの軸で、調査結果をもとに考察していきたいと思います」と、株式会社パーソル総合研究所 主任研究員 小林祐児は、中原氏の話を引き継いだ。

残業対策における全社施策の実態について、「何らかの対策を実施している」という回答は約半分、従業員数1万人以上の規模では約65%になったと小林氏は調査結果を紹介すると、次のような課題を提示する。「従業員は残業施策の告知時に4割近くが効果に疑問を持ち、1/4が従わない方法を考えるという調査結果も出ました。また残業施策を行っている従業員は、残業施策を行っていない従業員に比べ、自宅への仕事持ち帰りが約1.7倍、休憩時間の仕事が1.4倍と、施策を実施している方がサービス残業が増える傾向にあります」。

小林は、経営や人事と現場との距離感が生まれてしまう全体施策を上手く進めるためのキーワードとして「コミットメント」を挙げた。「従業員本人と職場(経営陣・上司・同僚)からコミットメントが得られるかどうかが、施策の成功と失敗を分けるといっても過言ではありません。コミットメントとは、どれだけ本気なのかということ。従業員本人や職場のコミットメントが高いか低いかで、残業施策効果が3倍も変わることがわかりました」。

コミットメントをどうやって高めていくか。今回の共同研究で注目したのは「初動」だと小林は指摘する。「オフィス消灯やノー残業デーなど残業対策の約2割がイントラやメールのみでの周知にとどまっており、従業員にとっては『降って湧いた施策』となっています。告知手法はイントラ、メール、掲示板、説明会、社内SNSなどたくさんあります。施策を開始するときに、告知なしと、6チャンネル以上で『重ねる告知』を行った場合と比較すると、高いコミットメントの割合の方が3.1倍という調査結果がでました」。

残業施策を実施する上で、もう一つ重要なポイントは残業施策開始から1カ月後に発生する「死の谷」を乗り越えることだと小林は指摘する。「従業員が施策に慣れないこともあって、1カ月が経過しても余り効果がでていないと、実行する意味があるのかという空気が蔓延し始めます。最も効果実感がなくなる時期のことを『死の谷』と呼んでいます。しかし、そこで止めてはいけません。オペレーションに慣れるのに従って、効果が出てくるからです」。

また、この残業施策の形骸化は、職場で同心円状に広がっていくと小林は話す。「その要因は半径5メートルの抵抗勢力にあります。施策開始から2、3カ月後にまず同僚が実施しなくなり、次に上司が実施しなくなり、やがて上司からの指示もなくなる。職場の誰もが本気でやらなくてもいいと思い始め、施策が忘れ去られていきます。死の谷を乗り越えるためには、トップダウン型で全社改革として取り組むことが重要です」。

その一方で、現場改革も必要であると小林は続ける。そのカギとなるのがマネジメントであり、残業が多くパフォーマンスが低いのが絶望のマネジメント、残業が少なくパフォーマンスが高いのが希望のマネジメントと定義。その上で小林は、希望のマネジメントで求められる3つのマネジメント行動について言及した。(図2)「1つ目が、明確な基準を持った迅速な判断ができることとする『ジャッジ』。2つ目が、組織の状況と現場の進捗を把握できることする『グリップ』。3つ目は、オープンに対話ができる職場環境をつくることとする『チーム・アップ』です。今回の調査で、ジャッジとグリップは、上司の自己認識と部下の上司評価にギャップがあることがわかりました。またチーム・アップに関しては、職場にさまざまな無駄があると80%以上の部下が思っており、それにも関わらず上司はどれも理解していないと思うという回答が30%もありました。この認識の違いをなくしていくことがマネジメントでは大事です」。

図2 希望のマネジメントで求められる3つのマネジメント行動

最後に、残業代依存という個人の問題について小林はデータを示した。「残業代を前提としている家計が40%もあることがわかりました。基本給では生活に足りないという回答も60%に及びました。残業手当は残業のインセンティブとして極めて高い。これを解消するためには残業代の還元が必要です。補填ではなく、残業減のための積極策として捉え、長時間働くほどに確実に報酬が上がるといった残業のインセンティブをなくすことが大切です」。

本セミナーのまとめとして中原氏は、「残業習慣を止めるには、残業禁止令のようなトップダウン型の残業施策だけでなく、職場レベルでの中長期的な取り組みが重要。その中でも、ジャッジ、グリップ、チーム・アップの3つのマネジメント行動、つまり希望のマネジメントへの転換が必要です。組織は、マネジャーにただ問題を丸投げするのでなく、しっかりと転換のサポートを行うことが大事」と強調した。

本記事は2018年11月30日開催の「人と組織の未来アカデミー」の講演を記事化したものになります。

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