「逆・タイムマシン経営論」でマネジメントの本質を見極める

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DX、AI、IoT、イノベーション。先進的なフレーズやテクノロジーは、しばしば本質を伴わないバズワードとして普及し、多くの人を翻弄する。では、バズワードに踊らされない本質的なマネジメントは、いかにして可能になるのだろうか。一橋ビジネススクール教授の楠木建氏は、近過去の歴史に学び、同時代的なステレオタイプから脱却する「逆・タイムマシン経営論」を提案する。「過去を振り返れば、マネジメントの本質が剥き出しになっている」。そう訴える楠木氏による、経営層必見の講演をお届けする。

目次

新聞・雑誌の過去記事から「本質」を炙り出す「逆・タイムマシン経営論」とは?

冒頭、楠木氏は「タイムマシン経営」というフレーズを紹介する。タイムマシン経営とは、海外で展開されているテクノロジーやビジネスモデルを、いち早く日本に輸入・展開することで、先行者利益を得る経営戦略だ。日本には存在しない「未来」を先取りすることから、タイムマシンという名称が冠されている。

一方で、楠木氏が提唱する「逆・タイムマシン経営論」は、「過去」に遡る。過去の新聞や雑誌の記事を振り返ることで、いつの時代も変わらないマネジメントの本質を炙り出すのが、逆・タイムマシン経営論の狙いだという。

「逆・タイムマシン経営論は、近年、ヒットした『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』に倣えば、『PAST-FULNES (パストフルネス)』という主張です。誰にも、未来は正確に予測できません。それに対して、歴史はすでに確定したファクトです。過去の記事に記された歴史的な出来事には、なぜその出来事が起こったのかという状況や文脈が豊かで、マネジメントの本質を深く考える格好の材料になります」(楠木氏)

メディアはいつの時代も「旬の言説」に溢れており、それが受け手側のステレオタイプを強化し、マネジメントにおける誤った判断を助長する。この旬の言説により強化されるステレオタイプを、楠木氏は「同時代性の罠」と呼び、それを回避するために、過去の記事を振り返るのが有効だと語る。

楠木氏が、同時代性の罠の代表例として挙げるのが、1998年に自動車業界で巻き起こった「400万台クラブ」だ。

ダイムラーベンツがクライスラーを買収し、「ダイムラークライスラー」が誕生したことに端を発し、当時の新聞や雑誌では「これからは年間400万台生産しない自動車メーカーは淘汰される」という言説が喧伝された。その煽りを受け、自動車業界ではM&Aによる生産規模の拡大が強力に推進されたが、2007年にダイムラークライスラーは解体されたほか、騒ぎに背を向けたホンダが安定経営を続けるなど、後に400万台クラブは幻想であったことが明らかになる。

楠木氏は、当時のビジネスメディアの記事を振り返りながら、「400万台クラブは、因果関係の理解において錯乱しています。競争力のある車を作れるからこそ、生産台数が増えるわけです。生産台数を増やしたからといって、競争力が上がるわけではありません」と、その根拠の乏しさを指摘する。

さらに、楠木氏は世界的投資家のウォーレン・バフェット氏の「潮が引いた後で誰が裸で泳いでいたかが分かる」という言葉を引用し、過去の記事を吟味することで、当時、正しいマネジメントを行なっていた人物やその手法も浮き彫りにされると述べる。そして、そうした学びを通じて、本質的なマネジメントのセンスを養うのが、逆・タイムマシン経営論の効用だと語った。

「同時代性の罠」の典型パターン「飛び道具トラップ」

同時代性の罠にはいくつかのパターンが存在する。そのうちの一つが「飛び道具トラップ」だ。

飛び道具トラップとは、「最先端の経営手法やツールが、目前の問題をたちどころに解決してくれる」という錯誤のことで、楠木氏は、特にIT分野において起こりやすいと語る。

例えば、近年における飛び道具トラップの代表例が、「サブスクリプション(サブスク)」だ。サブスクは、アドビの「Adobe Creative Cloud」やNetflixなどの成功により大きな注目を集め、あたかも革新的なビジネスモデルかのように持て囃されているが、課金形態のバリエーションの一つに過ぎない。

楠木氏は「いまやアドビのソフトウェアは、クリエイターやフォトグラファーにとって、インフラになっています。そうした戦略的な文脈の上で、アドビのサブスクは成功したのであり、サブスクという課金形態だけを取り入れても、成果はあげられません」と強調し、実際に国内でも数多くのサブスクサービスが撤退を余儀なくされていると指摘した。

さらに、楠木氏は飛び道具トラップが起きるメカニズムについて、以下のように解説する。

「社会全体がスマホを利用するようになり、契約や解約がカジュアルにできる土壌ができあがりました。その上で、アドビのような華々しい成功事例が生まれると、メディアやITベンダー、サプライヤーが『これからはサブスクだ!』と強力に煽り始めます。これにより同時代のノイズが盛り上がり、一つの課金形態であったはずのサブスクが、あたかも飛び道具かのように過大評価されてしまいます。そして、最終的に、自社の戦略的な文脈から剥離した、サブスクを導入する企業が続出します。これでは成果を出せないばかりか、かえってそれまでの戦略が破壊されて、事業のパフォーマンスすら下げてしまいます」(楠木氏)

楠木氏は、飛び道具トラップに陥りやすい人物の特徴として、以下の6つを挙げた。

① メディアの情報に敏感な「情報感度が高い人」
② 文脈や論理についてじっくり考えるゆとりがない「忙しい人」
③ すぐに役立つものや、すぐに成果が出るものに飛びつく「せっかちな人」
④ 状況を打開したいが、戦略構想のない「行き詰まっている人」
⑤ 担当業務以外に目が向かず、戦略的な文脈を考慮しない「担当者」
⑥ ルーティンをこなすだけで、戦略構想がない経営者「代表取締役担当者」

飛び道具トラップは、往々にして、「情報感度が高く、せっかちに成果を求める担当者」と「行き詰まっている代表取締役担当者」の組み合わせによって起こりがちなのだという。

飛び道具トラップを回避し、本質的なマネジメントを可能にする「文脈思考」

では、飛び道具トラップを回避するためには、どのようなスキルを身に付けるべきなのだろうか。

楠木氏は、飛び道具トラップが生まれるメカニズムを裏返し、自社や成功事例の文脈を読み解き、そこで用いられているビジネスモデルやテクノロジーの本質を見極める「文脈思考」を鍛えるべきだと説く。

「まずは、自社のビジネスがどのような文脈のなかで儲けようとしているのかを理解します。その上で、参考になる成功事例の文脈を読み解き、そこで用いられている新たなビジネスモデルやテクノロジーの位置付けを捉え、抽象化・論理化します。最後に、そのビジネスモデルやテクノロジーを自社の文脈に位置付けて検討し、導入するかどうかを判断します。こうした思考のステップを踏むことで、飛び道具トラップの回避が可能になります」(楠木氏)

楠木氏は、近年、最も飛び道具として持て囃されているフレーズは「DX」だと指摘し、DXの推進においても、文脈思考による検討がなされるべきだと主張する。さらに、「DXなしで儲かるのであれば、そもそも推進する必要すらありません」とも語り、あらゆるビジネスモデルやテクノロジーは、企業が長期的な利益を実現するための「手段」と認識するべきだと訴えた。

その上で、楠木氏は、DXを自社の文脈のなかに正しく位置付けた成功例として、「トラスコ中山」を挙げる。

トラスコ中山は、機械工具などの間接資材の卸売企業だ。同社はDXに積極的な投資を行っており、高度にオートメーション化された物流倉庫を数多く建設している。

しかし、そうしたDXの推進は、商品の即納を求める顧客の強いニーズに根差しており、膨大な在庫確保と機動的な物流環境を実現するために行われている。つまり、トラスコ中山は顧客のニーズという自社の文脈を正しく理解し、そのなかに効果的にDXを位置付けることで、高い成果をあげている。

楠木氏は「これこそ優れた戦略です」と、改めて、文脈思考を身に付け、自社の文脈を理解したうえで戦略を構想することの重要性を強調した。

最後に、楠木氏は「現代はファストメディアの時代であり、その分、思考や論理のスキルが希薄になっています。しかし、一方で、デジタルアーカイブが充実し、今ほどパストフルな時代もありません。いまこそ、膨大に蓄積した過去に向き合って、本質を見極める力を養い、大局観を持ってマネジメントに取り組むべきではないでしょうか」と語り、講演を締め括った。

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