#26

人の心に寄り添い、美を後押しする

資生堂トップヘアメイクアップアーティスト 原田忠さん

2012年、資生堂トップヘアメイクアップアーティストに就任して以来、日本で、世界で、“美の表現”の可能性に挑戦し続けている原田忠さん。高度で革新的な作品は、ときを経ても色褪せることはなく、見る者を魅了します。原田さんの経歴を見て驚くのは、元自衛官であること。そこからどのように美容業界に入りキャリアアップしていったのでしょうか。

更新日:2019年2月15日

「人生なんてそうそう変わるもんじゃない」 隊長の一言が一歩踏み出す原動力に

驚くことに、ヘアメイクアップアーティストになる前は自衛官をされていたのですね。

自衛官として働いた3年間は、たとえ生まれ変わってもまた自衛官になりたいと思うほどかけがえのない濃密な時間でした。今でも「自衛官の心構え」は、僕が働くうえで揺るぎない心の拠り所になっています。

群馬の田舎に生まれ、時折、街の上空を飛ぶ戦闘機を見上げては、ここではないどこか遠くの世界へ憧れ、まだ見ぬ世界へ思いを馳せていました。高校卒業後、パイロットを志願し入隊しましたが、適正試験に不合格。初めて挫折を味わいました。ただ、航空管制官の適性があり、管制官としての道を進むことになりました。

管制官は人命を預かる重要な職務であることは間違いありません。ですが、無線で交信するパイロットの向こう側にいる乗客と直接触れ合うことはありません。

人の命を預かる仕事の重責と、コミュニケーションの希薄さに違和感を覚え、このまま続けるか否かの葛藤と本当にやりたいことは何か迷う日々でした。思い出したのは幼少期の原風景。美容師の母がお客さまをキレイにして差し上げて、お客さまは「ありがとう」と言って笑顔で帰っていく。あの、人と人が直接触れ合う温かい風景こそ、誰かの人生に寄り添えるコミュニケーションの場所だったんだと思い、自衛隊を辞める決意をしました。

周囲の反応はどうでしたか。

やはり上司から厳しいことを言われましたね。

 

「管制官ひとり育てるためには膨大な税金がかかっている。管制官になりたくてもなれず、悔し涙を流した者もいる。適性があるのに辞めてしまうのはもったいないし、自衛隊にとって大きな損失だ。なにより、人生なんてそうそう変わるもんじゃないんだ。」と。

その言葉は、申し訳ない気持ちと同時に、リスクを背負ってでも次のステージに飛び込み戦う決心を抱かせてくれました。一日も早く変わってみせると思わせてくれる原動力になったんです。今は、あの言葉の裏側には「焦らず、ゆっくり人生を進んで行きなさい」というエールを込めて言ってくれた言葉だったんだと解釈できる自分がいます。叱咤激励をいただいたんだと。

人の記憶に残るまで しつこいくらいにやり続ける

その後、美容専門学校を出て、美容師として働き始めました。シャンプーからスタートして、徐々に指名が入るようになって、5年くらい経つと店長候補として働かせてもらえるように。何もかも順調だったのですが、順調すぎると”足踏み”の時期がやってくるんです。仕事に慣れ、安定し始めた現状に、このままでいいのだろうかって悩み始めてしまう。

そんな時、自分の接客の仕方に気がつきました。僕はお客さまの「髪」しか見てなかったんですよ。

お店に来られたお客さまの服装やバッグ、足元を見ずに、いきなりクロスをかけて「何センチ切りますか?」なんて失礼なことを言っていました。真の美を追求するためには、髪、メイク、衣装、持ち物、全てに気を配らなくてはなりません。お客さまのライフスタイルにあわせてトータルコーディネートで美を提案するのが僕らの仕事だという、一番大切なことを忘れていたのです。

無責任な提案しかできていなかった自分に嫌気がさし、もっと美を追求したいと思った自分は、美容室を辞めて、ヘア&メイクアップスクールSABFA※で学び直しを決心しました。

※SABFA(資生堂)は
資生堂が運営するプロのヘアメイクアップアーティストを育成するスクール。
SABFA Webサイト

現在、原田さんは資生堂さんのトップヘアメイクアップアーティストとして活躍されていますが、ここにいたるまでに取り組まれたことは何でしょうか。

人がやりたがらないことを率先してやること。

一つのことを、面倒臭いと思われることをしつこいくらいにやり続けるというのは人の記憶に残るんです。一目置かれるコツかもしれません。

 

人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のキャラクターをヘア&メイクアップとファッションで表現した作品(原作「ジョジョの奇妙な冒険」荒木飛呂彦(集英社ジャンプ コミックス刊)© LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社)

ただし、これは美容業界的に王道なやり方ではありません。本来ヘアメイクはいろんな表現ができて一人前とみなされます。ひとつの表現にこだわるのは、あまり褒められたものではない。

それでも僕の意思を尊重してくれたのは、SABFAの前校長・マサ大竹さんでした。ある時、マサさんに直談判しました。

「自分はまだ未熟です。納得するまでひとつの表現にこだわらせてください」と。すると、「じゃあ、飽きるまでとことんやり続けなさい」と言って背中を押してくれました。

もしあのとき、極めることをないがしろにして次々と新しい表現を求めていたら、自分らしさを確立できなかったかもしれません。

 

教育から、育成へ

現在のお仕事内容を教えて下さい。

主に以下の仕事に携わっています。
・資生堂の宣伝広告のヘアメイク
・海外コレクション(バックステージ協力)
・ヘアスタイリング剤の商品開発
・雑誌のビジュアル作り
・創作作品発表
・ヘアメイクアップアーティストの育成(SABFA校長)

SABFAの校長をさせてもらっていることもあり、人材育成にも力を入れています。手取り足とり教えることも必要ですが、自ら創意工夫を習慣させ、もてる技術を駆使し、自分の中のイメージを表現し具現化できることを目標に掲げ、独り立ちできる育成を徹底しています。同時に、自らもプレイヤーとして、ヘアメイクアップアーティストとして皆と一緒に走っているんだという姿が、学生たちにとって励みになってもらえたら、なおさら嬉しいです。技術に終わりがないからこそ走り続けられる、美容師という仕事を選んだ幸せを共有したいですね。

原田さんが海外でコレクションやヘアショーに参加される際、資生堂さまの看板を背負う上で大切にされていることは、どんなことでしょうか?

特に海外のヘアショーでパフォーマンスする時は、衣装もヘアスタイルも日本らしさを匂わせるようにしています。「和」のテイストを取り入れることで自分のアイデンティティーが他国と違う特別な意味合いを持ちます。また、開催国への配慮も大切ですから、その国のテイストも意識的に取り入れています。例えば、中国圏開催なら、縁起のよい赤のドレスをフィナーレで登場させるなど。わずか10分のショーだったとしても、前手の準備は徹底的に時間をかけます。状況や環境が違っても、お客さまが満足していただけるよう、かける情熱や熱量は変わりません。

そして作品をつくる上で、心がけているのは「真善美」を守ること。「真」は偽物ではなく本物であるかどうか、「善」は正しい道であるかどうか、「美」は心を魅了する美しいさまであるかどうか。常に自分に問いかけています。

 

今後、美容業界でどのような存在でいたいですか。

後進育成では、技術はもちろん、人との関わり方、仕事に対しての姿勢や心構えも継承していきたいです。また、それぞれの良いところを見つけて、個性や才能を引き出し、人間的にも魅力ある美容技術者を育成し輩出していくことが、これからの自分にとっての存在意義であるように感じます。

すごくうれしかったのは、約20年前の卒業生の娘さんがSABFAに入学してくれたこと。入学時にこんなことを言ってくれました。

「子どものころ不思議でした。なぜ、父が大荷物抱えて東京にいくのか。なぜ生き生きして帰ってくるのか。今思えば、SABFAで大きな学びを得ていたからなんだと。私も父の後ろ姿を追って、SABFAの門を叩かせてもらいます」
そんなことを言ってくださる美容の次世代を担う生徒さんが、SABFAに入校してくれています。本当にうれしい限りです。

そんな原田さんの、「はたらいて、笑おう。」とは?

美容師は「平和(幸せ)をつくる」仕事だと思っています。

そう思うようになったきっかけは、東日本大震災でした。震災が起こり最初に必要とされるのはライフラインです。そこは自衛官が必死になって供給してくれる。けれど、有事を平時(日常)に戻す力、最後に人々の心を満たすのは、美容なんですね。身だしなみを整えたり、女性が口紅をすっと引いた瞬間に、気持ちのスイッチが入って、心の華やぎを取り戻せる。

自衛官が「平和(幸せ)を守る」仕事だとすれば、美容師は「平和(幸せ)をつくる」仕事なんだと確信しています。

だからこそ、美を形づくる者の使命は、目の前の人に寄り添い、心を満たし、その人らしく輝けるよう、そっと背中を押して差し上げる。誰かの笑顔が自分の励みになり自然と自分も笑顔になれる。それが僕の「はたらいて、笑おう。」です。

 

取材・構成:両角 晴香
写真:井手 康郎(GRACABI inc.)

 

資生堂トップヘアメイクアップアーティスト 原田忠さん

群馬県出身。航空自衛隊を経て美容師へ転身。資生堂トップヘアメイクアップアーティストでありヘアメイクアップスクールSABFA校長。NY、パリ、上海、東京コレクションのバックステージや著名ミュージシャン、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」キャラクターの3次元化など、ヘアメイク表現のクオリティーは国内外で高く評価され大きな話題となる。

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