#20

甘味と苦味のコントラストを味わう

ショコラコーディネーター 市川歩美さん

年間2,000種類のチョコレートを食べ、おいしく、かわいく、楽しく、チョコレートの魅力を伝えるショコラコーディネーターの市川歩美さん。一方で、チョコレート農家の厳しい現実に光を当て、ジャーナリストとしても活躍している。そんな市川さんの「はたらいて、笑おう。」とは。

更新日:2018年12月06日

裏側を知れば、さらに味わいが深まる

市川さんは、「ショコラコーディネーター」「チョコレートジャーナリスト」という2つの肩書きをお持ちです。それぞれどんなお仕事なんですか?

両者とも、チョコレートの啓蒙活動を行うお仕事です。コーディネーターとして最新のチョコレートやおすすめのチョコレートをテレビ、雑誌、ラジオなどで紹介し、ジャーナリストとしてチョコレートの歴史やチョコレート農家の現実などの社会問題について解説しています。

まずは、「こんなにおいしくてかわいいチョコレートがあるんだ!」と知ってもらい、さらに歴史や社会問題なども体系的に理解してもらうことで、チョコレートの世界観も味わいもより一層深まると思っています。

 

好きが高じて、専門家になっていた

いつから、チョコレートがお好きなのですか?

もっとも古い記憶は、5歳の私と祖父がチョコレートを食べている風景です。祖父がチョコレート好きだったんですね。昭和の日本は、ベルギーやフランスを代表とする「高級チョコレート」はまだない時代。100円くらいの板チョコに夢中になる私に、優しい祖父はいつも笑顔になってくれました。

本格的な「愛好家」になったのは、90年代前半です。フランスの上質なチョコレート「ミッシェル・ショーダン」のオキュマールとチアパをいただいたことがきっかけです。「こんな繊細な味わいがあるなんて…」と感動した私は、数カ月後には休みをとってフランスに渡っていました。どうしても知りたかったんです。どんな街でどんな人の手によって生み出されたチョコレートなのか。

何かに震えるほど惹かれると、とことん深掘りしないと気が済まない気質です。これはチョコレートに限ったことではなく、中学生の時に大ファンになったロックミュージシャンの忌野清志郎さんのときも同じでした。どうしても清志郎さんに会いたくて、テレビ局に就職してしまったほど彼に夢中だったんです。

チョコレートは食べ続けて30年以上ですし、2003年から書き続けてるチョコレートブログは、気付いたら「日本で最も古いチョコレート情報専門ブログ」になっていました。

とことん極める方なんですね。ただ1つのテーマで15年も書き続けていると、ネタに困ったり、飽きたりしないものですか?

チョコレートのことならいくらでも書き続けられる自信がありますし、一番最初に取り上げた記事もはっきり覚えています。「ル ショコラ ドゥ アッシュ」という辻口博啓さんの1粒1,000円の高級チョコレートでした。

 

当時、会社員だったとのことですが、チョコレートのお仕事をするきっかけをどのようにしてつくっていったのですか?

ブログです。楽しく記事を更新していたら、ある出版社から「記事を書きませんか」と声をかけてもらえたんです。テレビ出演のオファーもありました。自分の知識や経験がいかせるようになり、お仕事が増えていく中で、あるとき雑誌の編集者さんにこう言われました。「市川さんの肩書きはなんですか?どう紹介すればいいですか」って。

ハッとしました。肩書きという記号で「自分が何者なのか」を可視化しないと、ふわふわした印象になるし、説得力に欠けるんですよね。それ以来、「ショコラコーディネーター」を名乗るようになりました。

1を伝えるために、10を知ろう

お話を聞いていると、「好きを仕事にした」というより、「好きが高じて専門家になっていた」という方が近い気がします。そうなるために工夫されたことはありますか?

3点あります。1つは、しつこいくらいに研究すること。本質は、深く掘って初めて見えてくるものです。名古屋のテレビ局や前職のNHKでラジオディレクターという「伝える仕事」をしてきたからこそ思うんです。1を伝えるために10を知らないと、相手に伝わらない。知識が浅いと、すぐに見抜かれてしまいますし。

2つ目は、好きなことは、恥ずかしがらずに周囲に伝えることです。会う人会う人に「チョコレートが大好きなんです」と情熱を持ってお伝えしていると、応援してくれる方が自然と現れるものなんです。私も、やっぱり人に恵まれました。前職の同僚は、私の仕事が変わっても応援してくれて。ご縁って本当にありがたいです。

3つ目は、簡単にくじけないことでしょうか。私もチョコレートの仕事を始めた頃は、何かと鍛えられました。前職時代は放送局の名刺があれば信用してもらえたところがありましたが、名刺を手放した瞬間、「あなた誰だっけ?」となる。実績がないので当然ですよね。

でも、そこでくじけたら試合終了。愚直にやり続けることが大事なんだと思います。

 

甘かったり苦かったりするから、仕事はおもしろい

今後、取り組みたいことはありますか?

カカオ農家の生活向上を目指して、今後も活動を続けていきたいですね。劣悪な環境で働かされている労働者にも光を当て、私たち消費者に情報を届けることが私の役目だと思っています。ただ、私1人の力で簡単に「世直し」ができるほどシンプルなことでもないんです。なぜなら、人とカカオの歴史は5,000年以上(紀元前3,000年代から)あり、長い年月をかけて生産者、消費者、流通などありとあらゆるモノ・コトのバランスをとりながら、現状にたどり着いているともいえるからです。それなら、できることから一歩一歩やっていこう。そんな気持ちで記事を書き、カメラの前に立ち、情報を発信しています。

そんな市川さんにとって、「はたらいて、笑おう。」とは?

「甘味と苦味のコントラスト」でしょうか。苦味を知る人が笑うから、笑顔が引き立つのだと私は思います。

もちろん、いつも働いて笑えていたら最高です。でも、働くって、ハッピーなことばかりじゃないですよね。苦いし、酸っぱいし、渋いこともあって、「甘みと苦味のコントラスト」があるから、人は心から笑える。それは、チョコレートも同じです。カカオだけだと苦いし酸っぱいけれど、そこにお砂糖やフルーツ、スパイスなどを加えて、チョコレート職人は美味しいバランスに整えます。このコントラストがあるから、私たちは「ああ、おいしい」と心から感動できるのかもしれません。

私は「コントラスト」という言葉を大事にしています。
甘かったり苦かったりするコントラストがあるから仕事は面白い。本質だなぁと思っています。

 

取材・構成:両角 晴香
写真:井手 康郎(GRACABI inc.)
撮影協力:JEAN-PAUL HÉVIN JAPON

 

ショコラコーディネーター 市川歩美さん

チョコレートのコーディネーター、ジャーナリストとして最新のチョコレート情報に精通。 おすすめ・注目のチョコレートの紹介や関連情報をメディアに提供しながら、チョコレートブランド・消費者をつなぐ、日本唯一のショコラコーディネーター®として活動。チョコレート関連イベント、トークショーへの出演、テレビ番組、記事の監修、商品企画、コンサルティングなども行う。
Webサイト
Webサイト