#06

走る楽しさを伝播する

株式会社侍「かけっこ教室」コーチ 大西正裕さん

短距離ランナーの大西正裕さんは、セカンドキャリアで指導者の道を選んだ。 プライベートでは陸上競技チームを運営し、競技者としても現役を続けている。 オンもオフも陸上漬けの生活を送る大西さんの「はたらいて、笑おう。」とは。

更新日:2018年1月16日

「スポーツ一本でメシを食う」と決めた

大西さんはご自身のセカンドキャリアをどのように捉え準備を進めてこられたのでしょうか。

現役を退いたアスリートのセカンドキャリアとして、学校の先生になって部活動の指導者として指導に携わる道があります。王道のパターンだと思いますし、僕もそのつもりで順天堂大学でスポーツ心理学とコーチング科学を学びました。

実際に、同期の7割弱が大学卒業後に中高の保健体育教員になっていて、僕も同じ道を目指していました。ただ、大学の授業で「スポーツ一本でメシを食うには?」という話を聞き、先生ってスポーツでメシを食うことなのかな?と迷いが出てしまったんです。

体育教員は、スポーツ一本で食べていくことではない?

体育教員は素晴らしい職業です。ですが、スポーツに100%コミットできるかというと必ずしもそうとも言い切れません。あくまでも部活動の指導はオプションです。先生としての仕事は体育の実技はもちろん、座学での性教育など保健教育、生活指導等が本来の仕事内容です。部活動で指導をしたいために先生を目指していることは、本来の先生の仕事とは異なることに気づき、そのことへの違和感が大きくなっていきました。

部活動の顧問をするのが僕らアスリートのモチベーションのひとつでもあるのですが、必ずしも専門種目に就けるとは限らないようです。陸上競技出身者なのに、球技系の顧問に配属されたりと……ミスマッチが生じているケースもあるようです。

やっぱり僕は専門である陸上競技で、社会に貢献していきたいと強く思いました。

 

大西さんが描いた通り、現在は陸上経験を活かしてかけっこ教室のコーチをされていますね。どのようなご経緯で?

大学入学時には、先生を目指していたので、「スポーツでメシを食う」にはどんな道があるのかをもう少し考えてみたいと思い大学院へ進学しました。ちょうどその頃、為末大さんが「アスリートソサエティ※」という団体を立ち上げたのを知り、活動や勉強会に参加しながら自分の卒業後のキャリアを考えていました。この活動をきっかけに、為末さんが代表を務める株式会社侍のTRAC事業部で小学生を対象とする「かけっこ教室」のコーチを務めさせていただく運びとなりました。
※アスリートが社会に価値を提供することを支援する団体

メインの仕事を活かしつつプライベートも充実させるのが僕のポリシー。プライベートでは「Team Accel(チームアクセル)」という社会人陸上競技チームを個人で運営し、競技者として練習に励んだり、地域の子どもの指導にあたっています。

仕事を終えたら、最低でも1日1時間は練習して、1ヶ月に1回は大会に出場するのが目標です。短距離走者は選手のレベルに応じて出られる大会が決まってきます。今年はチームメンバーの協力もあって、日本のリレー選手権の最高峰と言える「日本陸上競技選手権リレー大会」に出場することができました。今後も、競技者としても自己ベストの更新を目指して努力していきます。

何かに打ち込んでいる人はみんなアスリートだ

お話を伺っていると大西さんは競技者から指導者へとスムーズに気持ちの切り替えができている印象です。しかしアスリートの中には、現役時代の輝かしい実績に引きずられて、引退後のセカンドキャリアに苦戦している人も少なくないのでは?

否定できないと思います。だから、「(思いを断ち切るためにも)セカンドキャリアを選ぶときはスポーツと仕事を切り離して考えた方がいい」と考える人もいますし、それを勧めてくる人もいます。

でも僕は、アスリートとして歩んできたキャリアをゼロにする必要はなく、むしろ学びを仕事に応用できるんじゃないかとポジティブに捉えています。

僕は陸上競技を通して、「自分のものさしで頑張る」ことを学びました。団体競技はチームが負ければ次に進むことはできませんが、陸上競技は自己ベストを更新することで自分なりに進化し続けることができます。「自分のものさしで頑張る」という精神は仕事にも勉強にも応用できると思っています。

また、社会人になってさまざまな分野で活躍する人に目がいくようになったことで、「アスリート」の定義が変わりました。

僕にとっては、新幹線の清掃業務に励むお母さんだって、新しいアプリを開発しようとするエンジニアだって、「得意技で勝負し、高みを目指している人はみんなアスリート」なんです。僕がその分野のエキスパートと勝負したって絶対にかないっこないですから。

 

コーチとしての大西さんの強みはなんですか?

足が遅い子の気持ちを理解してあげられることです。

僕は今でも大して足は速くないのですが、小学生の頃はもっと足が遅かったんです。50メートル走のベストタイムは8秒4。女子に負けちゃうし、リレーに1度も出られない子どもでした。

努力して一歩一歩速くなっていったタイプなので、速くなるまでのプロセスと喜びを知っています。陸上の名門校にいたので世界で勝負できるエリート選手の動きもたくさん見ることができました。そこでの経験から、速い、遅いの差は何なのかを理論的にも感覚的にも理解し咀嚼して伝えることができます。

子どもの頃の原体験が指導者としての基盤になっているんです。

「足が遅くてよかった」。

指導者になったからこそ、そう思えるようになりました。

 

楽しいと主体的になれる

そんな大西さんの「はたらいて、笑おう。」とは?

楽しさを伝播することです。

人は合わせ鏡なので、自分が楽しいと、自然と相手も楽しんでくれるもの。
コーチの仕事は子どもたちのやりたい気持ちを育てることなので、コーチである僕らがつまんない顔をしていると、子どもも絶対につまんないです。

反対に楽しいと主体的に行動できるようになります。
だから僕らコーチへの最大の褒め言葉は、
子どもたちからの「コーチ、次はなにやるの?」
これは、練習が楽しいから、次の興味が芽生えている状態。子どもから期待されている証拠です。

主体性を重んじる理由は、短距離走っていくらでも手を抜けるんです。50メートルを5本走りましょうとなった時に、一生懸命やるか手を抜くかはその子次第です。イヤイヤやって身につくものではないからこそ、彼らには主体的に動いてもらいたい。そのためにもまずは僕らが楽しんで、彼らに楽しいを伝播しなくては。

それと長期的な目標としては、「走ること」に長く取り組んできた僕らが人生をかけてかけっこの価値を証明したいと思っています。
言ってみればただ走るだけのかけっこは、10年前は「習いごと」として成立していませんでした。ここ数年でようやくかけっこを習いごととしてお金を払ってくださる親御さんが増えたのだから、さらに10年後は、かけっこがスポーツの登竜門になっていれば嬉しい。
そのためには陸上をやってきた僕らが立派なビジネスパーソンになって充実した人生を送る。身をもって証明して、かけっこの魅力を世の中に発信していきたいです。

 

取材・構成:両角 晴香
写真:井手 康郎(GRACABI inc.)

 

株式会社侍「かけっこ教室」コーチ 大西正裕さん

株式会社侍のTRAC事業部に所属し、小学生を対象とする「かけっこ教室」のコーチを担当、プライベートでは陸上競技クラブチーム「Team Accel」の代表を務める。
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