#04

書くことで、人と着物をつなげたい

エッセイスト きくちいまさん

“ふだん着が着物”というエッセイストのきくちいまさん。 自然豊かな山形の地から、これまでに着物や子育てにまつわる本を 20冊以上執筆してきた、きくちさんの「はたらいて、笑おう。」とは。

更新日:2017年12月20日

1本で勝負できないときは、別の得意分野と掛け合わせる

きくちさんは、もともと着物専門の広告代理店でコピーライターをされていたそうですね。どんなきっかけで書くお仕事を始めたのですか?

子どもの頃から文章を書くことが大好きで、もの書きになる夢を抱いていました。
大学は文学部を専攻し、そろそろ就職活動をはじめようかというときに、ある著名なコピーライターさんとお話しする機会に恵まれたんですね。私はその方に、「もの書きの仕事をしてみたい」とストレートに気持ちをぶつけ、こんな助言をいただきました。

「もの書きを目指すなら、コピーライターになりなさい。文章を長く書くことは誰でもできるんだよ。それを短くまとめるときに、文章力は発揮される」

しかし、当時は就職氷河期と呼ばれる時代。広告会社は狭き門でした。進路に悩む私に、次なるヒントをくれたのは就職課の先生でした。「書くこと以外に何かもう一つ好きなものはないのか」と問いかけてくださったのです。つまり、1本で勝負できないときは、ほかの得意なことと掛け合わせて勝負すればいい、ということですね。

すぐに思い浮かんだのが着物でした。

その後偶然に着物の広告代理店がコピーライターを募集しているのを知り、「これは絶対に逃してなるものか」との強い気持ちで、なんとか内定を勝ち取りました。

 

着物がお好きだったのですね。

母親が着物を普段着にしているような人だったので、私も大人になったら自然と着物を着るものだと思って育ちました。伯母がお茶の先生をしていて、生け花や書道なども身近にありました。幼いころから、和の文化に慣れ親しんできたのです。

広告代理店には3年半勤め、着物を着て働く日もありました。

着物を着ると良いことがたくさんあるんですよ。まず、クライアントに喜ばれます。取材先では、「きみ、着物好きなの?」と声をかけてもらえて、新人コピーライターなのに名前を覚えてもらえることもよくありました。

そんな中、フリーランスになられたのは?

そうですね。会社の事業縮小のため退職することになったのです。突然のことだったので、それまでお世話になっていた取引先の方々が心配してくださって、

「お店の新聞を書いてくれない?」
「フリーペーパーの記事を書いてくれない?」

と具体的にアルバイトの機会を与えてくださる方もいらっしゃいました。私も「やるしかない!」と覚悟を決めて、フリーライターとして活動するようになりました。

その後、念願の本を出版されたのですね。

はい。実は、もの書きでありながらイラストも描くので、それを知る方がイラストの発注をしてくれたのがきっかけです。
早速、出版社に打ち合わせに行くと、「なぜ打ち合わせに着物なの?」と驚かれ、「普段から着物です」とご説明すると、「おもしろい、着物の本を書いてみないか」とチャンスを与えてくださったというわけです。

しかし、これからというときになぜ、東京を離れてしまったのですか?

1冊目の本『着物がくれるとびきりの毎日』(リヨン社)が出版されてすぐに、夫と地元・山形に戻ったのは、もうずっと前から、田舎で子育てをしたいと思っていたからです。

東京にいないと本は出せないものと思っていたのですが、意外にも背中を押してくださったのは出版社の方々でした。

当時はネットが今ほど発達しておらず、原画を出版社にいつも届けていたような時代です。にもかかわらず、「きくちさんの人となりはわかっているので、海外だって大丈夫。郵便やFAXで対応できるから安心してください」とあたたかい言葉をくださったのです。
「地方にいても本は出せる!」と感激したのを覚えています。

「人こそ、宝」。心から信頼できる人と、長いおつきあいを

お仕事をする上で、きくちさんが大切にされていること、あるいは意識していることは何ですか?

大切にしているのは、人とのご縁です。数年前に担当編集者さんが他の出版社に転職することになったんですね。彼女に「あなたを信じているから、どの出版社に行こうともついていくわ」そう伝えると、彼女は涙を流して喜んでくれました。

でもこれって私にとっては自然なことなんです。これまでいろんな方にしてもらったことをお返ししただけ、と言いますか。「数え切れないほどのご縁に支えられてきたからこそ、人を大切にするんだ」という思いは、フリーになってさらに強くなったと感じています。

それと、日頃からアイデアや引き出しを増やすよう意識しています。例えば、眼科に行くと、目薬の正しい差し方を教えるチラシがあればいいなとか、花粉症の時期には花粉症のお役立ち情報を配信するといいなとか。そういうふうに常に思考を巡らせると、提案力が身につくんです。

 

なるほど。お話を聞いていて、提案力があるからこそ、仕事の幅が広がっていくのではないかと感じました。きくちさんは、執筆業のほか、全国各地での講演活動をこなし、さらに着物のオリジナルブランド『skala』を立ち上げ、着物づくりにも携わっていらっしゃいますね。

はい、ありがたいことに。自分が欲しいもの、世の中にないものをつくるため『skala』というブランドを、42歳で立ち上げることができました。

どんな仕事も、必ず誰かの役に立っている

最後の質問です。きくちさんにとっての、「はたらいて、笑おう。」とは?

誰かの役に立つこと、だと思います。

先ほど、大学は文学部に所属していたと申し上げましたが、そのときに、ふと、文学部を選んだことを後悔してしまったことがありまして。医学や看護の道に進めば人の命を救うことができるのに、文章では人の役に立てない、人を救えないと決めつけてしまったのです。

でも本を書くようになって、ファンや読者の方々から、
「いつも励まされています」
「元気が出ます」
「私も着物を着てみました」
そんなご感想をいただくと、私も誰かの役に立てているのかもしれないと、少しずつ実感できるようになりました。

これは、文章を書く、写真を撮る、接客をする……どんな仕事にも通じることです。

同じ仕事をしても、「いつか誰かの役に立つ」という気持ちでいる人と、ただ作業をこなす人とでは、自分の中でのやりがいが変わってくると思うんです。
だから、誰かの役に立つことが、私にとっての、「はたらいて、笑おう。」なのかなと。

 

それと、私は書く仕事を「接着剤」だと思っています。書評なら「筆者と読者をくっつける」、キャッチコピーなら「企画と人をくっつける」とか、接着剤のような役割を担うのが文章です。私は着物の本を書いているので、誰かと着物をくっつけて、着物の楽しさを共有したい。私の様々な活動を通して、着物を着る人がもっと増えたらいいな。そんな風に思っています。

 

きくちいまさんが実践する着回し術や着物ライフのノウハウなどを写真や漫画、イラストエッセイでたっぷり紹介されている新刊「おとなのときめきふだん着物」(河出書房新社)
日常生活で着物を楽しみたい人たちにおすすめの一冊となっています。

取材・構成:両角 晴香
写真:井手 康郎(GRACABI inc.)

 

エッセイスト きくちいまさん

エッセイスト&イラストレーター。1973年山形県生まれ。都留文科大学を卒業後、きものの広告・出版会社にコピーライターとして入社、99年に独立。イラストとエッセイを組み合わせた作風で着物ライフを綴り、世の中に「ふだん着物ブーム」を作る。
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