#01

自分らしく、出会いを大切に

和菓子作家 坂本紫穂さん

大手IT企業から表現の世界に飛び込んだ和菓子作家・坂本紫穂さん。伝統的な手しごとを選んだ経緯と、坂本さんの「はたらいて、笑おう。」について伺いました。

更新日:2017年11月6日

「私らしい仕事がきっとある」と、ずっと頭の片隅で思っていました。

坂本さんはIT企業に勤めた後、和菓子作家として独立されたそうですね。異業種の世界に踏み入れたきっかけは何だったのでしょう?

約6年間IT企業に勤め、コンテンツのプランニングやプロデュースをしていました。早くから色々と仕事を任せてもらい、とても充実していましたし、一緒に働く仲間にも恵まれていました。ただIT企業はスピードが求められる業界。徹夜することもいとわず仕事にのめり込む自分がいる一方で、私はどこかで自分自身とのバランスを取ろうとするんですね。やりがいがありつつも、忙しい毎日の中で自分を内観する時間が持てないことに、いつしか焦りを感じ始めていました。

自分らしくはたらくためにはどうすればいいのだろう。
そんな風に葛藤する中、28歳の誕生日の頃に突然、和菓子の夢を見たんです。
仕事や将来について真剣に考えていた時期に突如として夢に出てきたものですから、「もしかして、もしかしたら、これが私の仕事になるのかもしれない」と直感的に思えたのかもしれません。

そもそも和菓子は私が好きなものの集合体なんです。食べ物が好き、色彩が好き、小さいものが好き、和のものが好き、抽象的な雰囲気が好き。それらすべてを網羅しているのが和菓子。どの要素を切り取っても和菓子は私にとってとても魅力的で興味があるものでした。

和菓子作家としてスタートをきった坂本さんが最初に手がけたお仕事とは?

一番最初はというか、一番最初なのに、なんとお茶会のお仕事でした。以前、私がお茶室にお伺いさせていただいたことがあるお茶人の方が、ご自身が開く100人規模の大茶会で「和菓子を作ってくれないか?」と依頼してくださったのです。

当時の私にとっては規模も役割も大きすぎましたので「とてもとても恐れ多くてお受けできません」とお断りするつもりでした。
それでも覚悟を決めたのは、その依頼してくださったお気持ちにお応えしたかったからです。まだまだ経験が浅い、というかほとんど無い私に、年に2回しかないご自身の大茶会のお菓子を任せてくださるのですから、そのほとんどが応援の気持ちだったのではと思います。本当にありがたいと思いました。だからこそ、私は力を尽くすべきだと。今でもその時を思い返すと胸が熱くなります。

 

その方が早めにお声をかけてくださったおかげで準備期間が3ヶ月ありました。全てが未熟すぎた私はまず、代表的な茶菓子の一つである「ねりきり」を基礎から学び直してお茶会当日まで試作を何度も繰り返しました。当日は友人に作業を手伝ってもらいながらなんとかやりきりました。後日お客さまから「やっぱり手づくりは違いますね」「優しい美味しさを堪能しました」などの感想やメッセージをたくさんいただき、私はこれまで味わったことのない、心の奥底に染み渡るようなよろこびを感じました。

物事を俯瞰して、バランスをとる

一般的にはあまり馴染みのない「和菓子作家」とはどのようなお仕事なのでしょうか。

和菓子の魅力を伝えたいとの想いで活動をしています。自分のお菓子をアウトプットする場所は様々で、映像や音楽とタイアップして和菓子の制作をさせていただくこともありますし、ホテルや商業施設の’和のデザート’を開発することもあります。一般のお客様向けには、東京を中心に和菓子教室やワークショップなどのイベントを行い、1年に数回は海外の仕事もしています。

和菓子はとても昔からあるもので、もともとは果物だったんです。歴史とともに進化を続け、江戸時代 元禄文化の俳諧や琳派芸術の影響で、和菓子の意匠や銘も趣向を凝らしたものが増え、現在に通じる和菓子の文化が花開きました。
その歴史や背景をきちんと受け継いだうえで、仕事のスタイルを含め現代の作り手の表現があること。昔と今の両方を満たせる案件が、私にとってのモチベーションですし、それらから逸脱して完全に自由であることは望んでいないですね。

私は、お仕事を依頼してくださったお客様のイメージに寄り添えているのか見極めるために、自分で自分のお菓子を撮影して客観視するようにしています。

インタビュー時に坂本さんが作られた和菓子

インタビュー時に坂本さんが作られた和菓子

器の上にのせて、引いて眺める、和菓子としてのバランスをみる。そして和菓子はお菓子単体のバランスのみならず、器や空間、テーマとの調和やバランスも大事だと思うので、一度落ち着いて俯瞰して見るようにしています。

会社員時代のご経験は現在どのように活かされていますか?

例えば文章でしょうか。IT業界にいた頃は、作家さんと一緒に意見を出し合ってより魅力的なサービスを作ることが仕事でした。作家さんの感性やご本人の魅力に寄り添いつつ、それをデジタルコンテンツに落とし込むという、ある種のバランス感覚が必要な仕事だったような気がします。届いた原稿を読んで記事や企画に仕上げ、イメージに合わせてデザインの案を出し、プロモーションの言葉を生み出す経験は、今、和菓子の世界観や自分の感性、感覚を伝えることに大変活かされています。

また、長くプランナーをしていたので、締め切りまでのプロセスを大切にしています。私は今、一日の詳細なスケジュールを前日の朝に立てるようにしています。なので、今朝の時点で明日の分はもう作られているということになります。そうすることで、本来、怠け者な自分に時間への緊張感を持たせて、1日が有限であることを意識させています。そして、今、目の前にあることに集中するためです。

一日の予定が書かれた坂本さんの手帳

一日の予定が書かれた坂本さんの手帳

「組織にいた頃の自分と今の自分」、と「和菓子作家としての自分」では、仕事の向き合い方やモチベーションはどのように変わりましたか?

感覚的なことなので、どう表現すれば適切なのか難しいのですが、気持ちや意識の向き方がより広くなっている気がします。組織にいる時は、自分の仕事の領域や責任を「私の案件の中」「私のチーム中」「後輩たちの中」というふうに線が引けたけど、今は以前ほどはっきりと線を引けないんですよね。例えば、今こうしてインタビューを受けていても、少しでも読んでくださる方の参考になればいいなと願ってしまう。そういう意味では、以前にはなかった、‘無限の何かを生み出し続け、放出し続ける’という感覚が今はあるかもしれません。その分、私も多くを受け取っている意識があるので良い循環ですね。

未来は今の延長線上にある

最後の質問です。坂本さんにとって「はたらいて、笑おう。」とは?

それはきっと「一つひとつ丁寧に形づくること」ですね。 ちょうど先日、ワークショップを開催しているなかで、参加者のひとりに「紫穂さんは今後どうなっていかれたいのですか?具体的な目標などがあるのでしょうか?」と聞かれました。それに対して私はほとんど何も考えずに「私にとって大切なのは『今』なんですよね」と答えていました。あまりにも無意識にそう答えていたので自分でも驚きましたね。先に先に前のめりにいく、というよりも目の前の案件に集中したいなぁと。特に今年は強くそのように思っています。海外でももっと和菓子を楽しんでもらいたいな、といった気持ちや目標もなくはないけれど、今をおろそかにして達成できるものではないですし、今の私があるのはひとえに、応援してくださる皆様のおかげなので。

 

取材・構成:両角 晴香
写真:井手 康郎(GRACABI inc.)

 

和菓子作家 坂本紫穂さん

オーダーメイドの和菓子を作品として制作・監修。
日本国内および海外で和菓子教室やワークショップを行う。
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