PERSOL Work-Style AWARD 2021

Saya

著名人部門

芸人/会社員
ラランド サーヤ

2014年に上智大学のお笑いサークルで結成された漫才コンビ「ラランド」のボケ担当。会社員でありながらアマチュアで参加したM-1グランプリ2019にて準決勝に進出。2020年「新春おもしろ荘」への出演をきっかけにSNSのフォロワーが急増。メディアへの露出も増えた。2021年には個人の芸能事務所を設立。会社員と兼業で芸人を継続していくことを発表した。第七世代には含まれない、新時代の芸人。

可能性に天井をつくりたくない。芸人と会社員、2つの顔を持ち活躍するはたらき方

M-1グランプリ2019(以下、M-1)で準決勝に進出したことをきっかけにブレイクするも、その後も会社員として広告代理店ではたらき続けるサーヤさん。なぜ、パラレルワーカーとしてはたらき続けるのでしょうか。サーヤさんの考える「はたらく」とは? 2つの仕事に対する想いとは? リアルな胸の内を伺いました。

「どちらも楽しいならどちらもやろう。」選んだ道はパラレルキャリア

—2019年のM-1以降、活躍されている姿を本当によく目にします。

おかげさまでいまは基本的に毎日芸能活動のお仕事をいただけています。会社は定時制ではなく裁量労働制なので、毎月の成果目標を設定してタスクやスケジュールを自分で管理しています。よく「忙しそうですね。ハードスケジュールで辛くないですか」と声をかけていただくのですが、スケジュール管理は自分のやる気次第だと思っています。
勤めている広告代理店は芸能活動やパラレルキャリアにも理解のある会社で、部長がはたらき方について細かく相談に応じてくれました。はたらくうえでの人間関係は本当に恵まれていると思います。

—芸人になりたいと思ったのはいつですか。

小学生のころは子役をやっていた関係で漠然と芸能人に憧れていました。芸人になりたいと思ったのは中学2年生のとき。友だちと初めて漫才をして、客席から笑い声が波動みたいにこちらに届く感覚が忘れられなくなりました。高校生になってもその気持ちは変わらなかったのですが、学びたいことができたので一旦大学へ進学。スペイン語を学んでいたので通訳の道に進むことも考えましたが、所属していたお笑いサークルの活動が楽しくなり、それならば芸人と会社員のどちらもやろうという決断をしました。

やりたいことがたまたま複数あっただけ

—両方を選ぶという決断は簡単ではないように思います。

大学を卒業してお笑いをやめてしまう先輩たちをみて、社会人になったらこれまで頑張ってきたことを諦めなくてはならないんだろうかと不安になりました。ステージ上で輝いていた人たちが何か大きな組織に喰われてしまっているように感じたんです。だからどこまでいけるかわからないけれど、自分は両方の道をいけるだけいってみようと思いました。

—就職先に広告代理店を選んだのはなぜですか。

就活をするころに過去の自分を振り返ってみると、中学・高校では美術部に、大学ではお笑いサークルに所属し、常に何かを表現することに夢中になっていたことに気がつきました。それならばきっと自分のしたいことはアイデアを形にすることだと思い至り、それが実現できそうな広告の仕事を選びました。

—パラレルキャリアではたらくことは自分に合っていた?

パラレルキャリアに関して、よく「二足のわらじを履いているなんてすごい」と褒めていただくことがありますが、私としてはむしろ「最初から『二足』だけなんて決めつけないでほしい!」と思っています。いまやりたいことがたまたま「お笑い」と「広告作り」なだけであって、これから先、まだまだ手を伸ばしてみたいエリアもあるんです。
あとパラレルキャリアは特別にすごいことだとも思っていないんです。何か一本の道を極めることも素晴らしいし、やりたいこと全部に全力投球するのもカッコイイ。自分のスタイルに合ったはたらき方ができるのならそれが一番いいと思います。

こんなに楽しい仕事はなかなかない

—それぞれの仕事の面白さと大変さを教えてください。

芸人の仕事は基本的に毎日楽しいです。こんなに人の表情を変えられる職業はそうそうないと思います。ただ、テレビだけでは諸々の都合でできることが限られるため、劇場やYouTubeなど、さまざまな場所で個性をアピールしていかなくてはなりません。
広告の仕事の方は、人の見えないところで皆さんの生活や価値観に影響を与えられている感じが面白いです。ただ良くも悪くも芸人の仕事のように直接反応は返ってこない。後からじわじわと反響が感じられるものです。

—芸人としてのキャリアの築き方も独特です。

芸能事務所に所属せずフリーランスでいたことでしょうか。なりゆきなんですよ(笑)。「絶対にフリーランスで活動する!」と意気込んでいたわけではありません。アマチュアでM-1に出場してそのままの勢いでメディアに出る機会が増えたので、なんとなくフリーランスのままでした。
でも契約書関係をスムーズにしたかったのと税金まわりをクリアにしたかったため今年2月に自分たちの事務所を開設しました!

「はたらく」とはお金をもらう作業。だけど……

―サーヤさんにとって「はたらく」とは?

お金をもらう作業です(笑)。
もっと素敵な言葉を期待されていましたよね。でも、本当にはたらくというのは「お金をもらう作業だな!」と思っているんです。ただ私はそのお金をもらうという作業を、誰かを笑わせたり、心を動かしたりすることができる幸せな職の中でなすことができるようになりました。お笑いと広告は、私にとって表現の場であり、どんな個性も認められる場所です。

—仕事をしていてもっともうれしかったことは。

M-1 2019 敗者復活戦で初めてテレビに出られたときです。やっぱりM-1はすべての漫才師の目標ですから。そこで一定の評価が得られたことはうれしかったです。

—今後の活動目標や夢、チャレンジしたいことなどを教えてください。

M−1優勝です! ジャンル問わずいろいろなことに挑戦していきたいですが、それもこれもまずは大好きなお笑いで結果を残してから。最終的には藤井隆さんのように、演技も音楽も全力でできる人になりたいです。

—サーヤさんにとっての「はたらいて、笑おう。」とは?

自分にも周りにも嘘をつかないことだと思います。そのためには自分に合う環境と仲間を見つけることがとても重要です。私は理解のある職場ではたらけたことが本当に幸せだと思っています。
ある職場では評価が低かった人も、転職した先では高い評価を得ることがあると聞きます。仕事が「できない」のではなく、仕事が「合ってない」という可能性があると。いまやっていることが本当に自分に合っているのかどうか、自分に嘘をつくことになっていないか、自分の気持ちに敏感になってよく考えてみることが大事なのではないでしょうか。(文・大川 祥子)

著名人部門
受賞を受けて

光栄です。そして同時に感慨深いです。活動を始めた頃は、このはたらき方が理解されない空気が漂っていたので、風向きが大きく変わったなと実感しています。
「生活の基盤」「やりたいこと」「目標」など、いくつもの項目で成り立つグラフがきれいに満点を叩き出すことは難しいと思います。でも自分なりに納得のいく形には変えていける。いま私を構成しているグラフは自分にしっくりくるものとなって、自信につながっています。
私と同じように、マイナーなはたらき方を選んだ人にも、追い続けたい夢がある人にも、何かちょっとした勇気につながるきっかけになったら大変うれしく思います。

ラランド サーヤさん

芸人/会社員

光栄です。そして同時に感慨深いです。活動を始めた頃は、このはたらき方が理解されない空気が漂っていたので、風向きが大きく変わったなと実感しています。
「生活の基盤」「やりたいこと」「目標」など、いくつもの項目で成り立つグラフがきれいに満点を叩き出すことは難しいと思います。でも自分なりに納得のいく形には変えていける。いま私を構成しているグラフは自分にしっくりくるものとなって、自信につながっています。
私と同じように、マイナーなはたらき方を選んだ人にも、追い続けたい夢がある人にも、何かちょっとした勇気につながるきっかけになったら大変うれしく思います。

ラランド サーヤさん

芸人/会社員

ラランド サーヤ 芸人/会社員