ネクストキャリア部門

証券営業から鍛冶職人へ。
女性の鍛冶職人として、大好きなものづくりで勝負する

Yuki
Okamoto

鉄装飾家artist・鍛冶師

岡本 祐季

証券会社に営業担当として約4年間勤務後、鍛冶職人に弟子入り。10年間の修行期間を経て独立し、広島にアトリエ「la forgerone」(現ラ フォルジュロン デコラシオン)を構える。「軽やかで、しなやかな、鉄」をテーマにオリジナル作品を次々発表し、企業とのコラボレーションなども多数。2019年、広島国際映画祭のトロフィーを制作。

証券会社の営業担当から鍛冶職人に転身した岡本祐季さん。女性にはできない、と何度も弟子入りを断られても諦めず志願し続け、10年の修行を経て一人前の職人に。現在は鉄装飾家として彼女ならではの繊細な作品を多く生み出しています。まったくの未経験で厳しい職人の道へ飛び込んだ岡本さんの軌跡を伺いました。

「女の子には無理」と言われても弟子入りをあきらめなかった

― 前職の証券会社は鍛冶職人とはまったく違うお仕事ですね。鍛冶職人を目指したきっかけについて教えてください。

小さい頃から、編み物とか刺繍とか、ものづくりが好きだったんですよね。でも就活期は景気がよく、証券レディはみんなが憧れる花形のお仕事でした。意気揚々と証券会社に入ったのですが、入社する直前に湾岸戦争が起きて、株価の大暴落が止まりませんでした。楽しそうと思って入社したのに、毎日苦情の電話に追われて鬱々としていました。
そんなとき、仕事終わりによく通っていたカフェにあった鉄製シャンデリアに一目惚れしたんです。マスターに「このシャンデリアはどこで買ったんですか?」と聞いたら「わしが作ったんじゃ」と言われてびっくりしました。すぐに「私も鍛冶職人になりたい!」と弟子入り志願して、その月末には会社を辞めました。

― 弟子入りはスムーズでしたか?

いえ、弟子入りできたのは8カ月後です。それまでは「女の子には無理じゃけえ」と断られ続けました。毎回言うと嫌がられるので、3日に1回の頻度で「教えてください」と言い続けましたね。私がそのカフェで絵を描いたりしていたので、ものづくりに興味を持っていることが伝わったのか、最初は「絵を描いてみるか」と声をかけてもらいました。

― 退社を決断するとき、迷いはありませんでしたか?

「ものづくりで食べていきたい」という気持ちが強く、すっぱり辞めたんですが、最初は鉄は触れなくて、雑用を手伝っていました。数カ月後にようやく弟子入りできて週2~3回のアシスタント仕事をさせてもらえるようになり、アルバイトと掛け持ちしながら奮闘しました。
当時は火花がブワッと全身に降りかかってくることにびっくりしたり、鉄を叩くハンマーを数回振っただけで筋肉痛になったり…師匠には「役に立たない」と言われちゃって。ハンマー叩きを認めてもらうだけでも3年かかりました。出来はよくなかったですけど、師匠は「あいつは諦めんのじゃ」と言ってかわいがってくれました。

迷っても「絶対に挑戦したほうがいい」と覚悟を決める

― 苦しかった時期はありますか?

30歳のとき、2年くらい鍛冶職人の道を離れていたことがあります。しんどくて「もうだめかも」と思ってしまって、どうしていいかわからなくなりました。モヤモヤしながらほかの仕事をしていたのですが、知り合いに「目が死んどる」と言われてしまって。「自己啓発セミナーに行ってこい」と助言されて2泊3日のセミナーに参加し、帰りの新幹線で師匠に「お給料はいらないから、もう1回やらせてください」と電話しました。

― 何が岡本さんを奮い立たせたのでしょうか?

通話ボタンを押す手が震えました。でも、やらないと進めないですから。今でも大きな仕事を受けるときなど不安になると手が震えますが、挑戦する未来としない未来を天秤にかけると「絶対に挑戦したほうがいい!」と思うので、えいやー!と決断してきました。
最近はそこまで気合いを入れなくても前に進めるようになってきました。一歩踏み出すのは怖いですし、その一歩は確かに大きいんですけど、踏み出してしまえばあとは意外と簡単だったりします。「やるしかない」と覚悟を決めるのが大事ですね。

― なかなか一歩を踏み出せないときはどうしますか?

時間に余裕があれば、いったん寝かせます。「いやだ、やりたくない」と思ったままもがいてもうまくいきませんから、とりあえず気の赴くまま違うことをして、気分が上がるまで待ちます。そうやって待ちながら何かしらの行動をしていれば「あ、できるかも」と思える瞬間がやってくるんですよね。
断られるのが怖くて行動できないときは「たとえ断られても今ニーズに合っていないだけで、またチャンスがやってくる」と楽観視するようにしています。断られると否定されたような気分になりますけど、目の前の出来事ではなく長期的な目標に焦点を当てて「また今度できればいいや」と割り切っています。

どんなケガも作品のためなら「かすり傷」のようなもの

― 女性の鍛冶職人は少ないですが、女性ならではの苦労はありましたか?

やっぱり体力面でしょうか。男性でも音を上げるくらい過酷な仕事なんですが、私は喘息もちで運動もしていなかったので、全然だめでした。作業中に数えきれないほどケガしましたけど、最終的に満足できる作品が作れたら「かすり傷」のようなもの。それだけ作るのが好きなんでしょうね。自分の作品を作る前は師匠のお手伝いでしたが、指示通り動くだけでもじゅうぶん楽しかったんです。

― 自分の作品を作ろうと思ったきっかけはありましたか?

初めて作品を作って展示会をしたのは34歳のとき、師匠が亡くなる直前でした。それまでも「作品作りをしなきゃ」と思ってはいたんですが、現実を突きつけられるのが怖くて逃げていました。でも、師匠のがんが見つかって、もう長くないとわかって…師匠が亡くなる前に自分の作品を見せて「この子は大丈夫だ」と安心してほしかったんです。まだ師匠が動けるときに展示会ができて「お前らしいかわいいのができたのう」と言ってくれました。

苦手な営業はしない。自分でやりたいことができる環境を作っていく

― 独立すると営業活動も必要ですよね?

私、営業が苦手なので、営業しなくてもお仕事が舞い込むように自分の知名度を上げる努力をしました。雑誌などを見て「どうしたら注目されるか」を分析し、戦略を立ててホームページやブログ、SNSなどを活用して、作品を見てもらえるように情報発信していました。それでメディアに取り上げられるようになり、少しずつ知名度が上がっていって、企業からもお声が掛かるようになりました。

― これからはどんなことに取り組みたいですか?

2019年は鍛冶職人ではなく鉄装飾家と名乗るようになり、自分の活動を見つめ直す年でした。日本だとシンプルモダンが多くて、凝った装飾品の用途が限られているので、これからは海外展開していきたいと思っています。
去年フランスに行って、フランスでの販路を獲得しました。フランスメーカーとのコラボの話も進んでいて、今年はフランスでも展示会を開く予定です。2020年は弟子入りしてから25年を迎えますから、アーティストとしての活動の幅を広げて新しい扉を開き、鉄の美しさをもっと表現していきたいですね。

― 岡本さんにとって「はたらいて、笑おう。」とは、どんな意味を持ちますか?

やりたかった仕事ができると笑顔になりますね。2019年はマンションのエントランスオブジェの制作ができてうれしかったです。約3メートルと大きなサイズながら「海の中、静かに立ち上る泡」をイメージし、繊細な作品に仕上げました。「大きくても繊細な作品を作りたい」と長年思っていたので、制作中もワクワクが止まりませんでしたね。
でも、作業中に足の指を骨折したり、親指が機械に巻き込まれたりして、満身創痍になりました(笑)。鉄を綺麗に整えるときに親指を駆使するのですが、痛くて痛くて動かなくて……結局テーピングで固定して、激痛に悶絶しながら制作しました。普通に考えたら相当ハードですけど、今までの蓄積があったから「楽しいなあ」と笑って乗り越えられたんだと思います。

(文・秋 カヲリ 写真・北村 渉)

PERSOL Work-Style AWARD 2020

ネクストキャリア部門
受賞を受けて

鍛冶の世界に入って25年が経ちます。その当時の私の決心が今、このような賞を頂くことに繋がるとはまったく想像もしておりませんでした。とても光栄です。今まで関わってくださった、数えきれないほど多くの皆さまにも感謝をしております。誠にありがとうございます。一歩踏み出す、その気持ちは当時も今も変わっておりません。「怖くても一歩踏み出す」その気持ちを忘れず今後も活動していきたいと思います。ありがとうございました。

岡本 祐季

WORKS

  • 楽園

  • 湖炎舞花

  • 円舞(waltz)

岡本 祐季 (鉄装飾家artist・鍛冶師)

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HP: http://forgerone.com