PERSOL Work-Style AWARD 2021

Kazuhiko Kijima

グローバルチャレンジ部門

MTCJAPAN 取締役 経営者/Hinomaru Noodle 代表取締役 経営者/Choudo Ramen ブランドシェフ 共同経営者/Ennichi(日式カフェ居酒屋)共同経営者
鬼島 一彦

山形市出身。看護専門学校を卒業後、看護師として横浜の複数の病院に勤務。転院の合間にはヨーロッパを中心にバックパッカーとして旅をする。国際的な医療活動をすることに憧れ、バルセロナでスペイン語留学を1年、ウクライナでロシア語留学を1年経験。医療の基礎知識と技術、そして語学を生かした仕事を模索し、ロシアに医療分野、輸出入分野、ビジネスコンサルティング分野の3つを柱としたMTCJAPANを興す。現在はMTCJAPAN、Hinomaru noodle (食品工場)、Choudo Ramen(現地合弁ラーメンチェーン)、Ennichi Cafe(合弁会社)の4社を経営。

力を生かせる場所がないなら、つくればいい。
ロシアで起業した元看護師の挑戦

2012年にロシアで起業し、日本とロシアの架け橋となってきた鬼島一彦さん。起業する前は手術室ではたらく看護師でした。医療のプロフェッショナルがなぜ新興国ロシアへ渡り、輸入業やコンサルティング、飲食まで手掛けることになったのか。その理由と面白み、異国の地でチャレンジすることの難しさややりがいについて伺いました。

—現在のお仕事の内容を教えてください。

ロシア第2の都市サンクトペテルブルクで医療、飲食、輸出入、コンサルティングの4つの事業を展開しています。随分領域が広がりましたが、もともとは医療サービスを中心にした会社を経営することを考えていました。日本ではICUや手術室の看護師として勤務していたので、その知見が医療の質が安定していないロシアでは役に立つと思ったんです。

—なぜロシアで起業をされたのでしょう?

社会人になる直前、家族でイタリアへ行ったことをきっかけに、国際的な現場ではたらいてみたいと思うようになりました。人生初の海外旅行で、世界にはたくさんの文化があることに面白さを感じました。その後は一人旅をしたり、魅力的な人との出会いがきっかけでスペインへ語学留学をしたり、そこでウクライナ人と出会い今度はキエフにロシア語留学をしたり。はたらく地をロシアに決めたのは、ロシアって日本人にとってはわからないことが多いし、他の国に比べてマーケットが成熟していない分、ポテンシャルもあるはずだと感じたからです。近い都市なら東京から2時間半で行けるほど近くにある国なのに、心理的にはフランスよりも遠い国。なんだか面白そうだと感じました。いまは妻である当時付き合っていたロシア人の彼女の存在が後押ししてくれたこともあり、やってみようと思ったんです。
それに日本の中にはスペイン語やロシア語の能力と看護師としての経験を生かせる職場がなかった。ならば作ってしまおうと思いロシアで起業をしました。

—起業後のビジネスは順調でしたか?

起業を決めたのは2012年末のこと。ロシア人の妻を会社の代表にして、医療と輸出入、コンサルタントを担うMTCJAPANを創業しました。この時点で医療以外の事業も始めたのは、ロシアはビザの手続きなどが大変で、ロシアと日本をつなぐ仕事にはニーズがあることがわかったからです。その後一時帰国し、看護師として収入を得ながら営業を開始。大手旅行代理店と契約しロシア人が日本で治療を受けられるようにするメディカルツーリズムの仕事を始めました。
開業資金はたったの50万円でしたが、タイミングがよかったのでしょう。2014年はソチ五輪があったため次々仕事が舞い込みました。

アップダウンの激しいロシア経済の中で、医療をつなぎ、製麺所を建てる

—現在は医療やコンサルだけでなく、飲食業にも携わられています。

実はいまは「ラーメンマスター」として認知されることの方が多いんです。ロシア経済はアップダウンが激しく、数年先のことがまったくわからない。僕がロシアで事業をスタートさせてから8年が経ちましたが、その間に五輪による好況、経済制裁による冷え込み、通貨危機、オイルショック、FIFAワールドカップによる盛り上がりと経済のアップダウンをかなり経験しました。加えて医療は国の予算案によって状況が大きく変わってしまうこともあり、このような環境の中でスタートアップ企業が一つに絞って経営するのはリスクが高いと思ったんです。そこで当時ロシアでも起こりはじめていた日本食ブームを支えることに。その一つがラーメンです。

—「ラーメンマスター」と言われるようになったいきさつは?

最初はモスクワでラーメン店をオープンしたいという合弁会社の支援をし、店の立ち上げや運営を手伝っていました。当初は日本で製造された濃縮スープをお湯で割り、麺も輸入していたものを使っていたのですが、経済制裁によってコストがあがり、それでは立ち行かなくなってしまって。そこで山形でラーメン屋をやっていた祖母と叔父にお願いし、店のレシピを使う許しを得て、麺やスープづくりをはじめました。山形の店は跡継ぎがなく美味しいラーメンの作り方が途絶えてしまうところだったので、祖母も叔父も喜んで協力してくれました。
この案件は一旦終わりましたが、ラーメン人気はこれからも続いていきそうだということを肌で感じたので、それを下支えするための製麺所を作ることにしました。現在では複数のラーメン店のコンサルタントをしながら麺を卸しているので、ラーメンマスターとして認知されているんです。

経済制裁で収入は激減。独自の価値観に振り回されるも「これがロシア流」

—異国の地で起業し、暮らしていくはかなりの苦労があったと思います。

五輪の後にロシアへの経済制裁があり、日露関係が冷え込みました。ロシアへの渡航は控えられ、投資も激減。2年ぐらいは本当にわずかしか仕事がなく、貯金を取り崩して食いつないでいました。
ロシアならではのビジネス慣習にも不慣れでした。日本人のビジネスは性善説に則って展開される事が多い。その都度契約書を取り交わさなくても、相手を信用して仕事をすればきちんと対価が支払われることがほとんどです。ところがロシアではそうはいかないシーンに出くわすこともあります。ビジネスのスタンダードは契約書をきっちり交わすことですよね。そこを見誤り、契約書の隙を突かれてコンサルティングの報酬を受け取れなかったこともありましたね。

—文化の違いによる洗礼を受けたのですね。

そうですね。他にもロシアのビジネスは非常にテンポが速い。ロシア人の「ほしい」は「いまほしい」であって「3カ月後にほしい」ではないんです。だから日本人の感覚で商談を進めているとまったくうまくいかない。ほかにも人間関係がものをいう社会なので、政府や企業の重要なポジションに知り合いがいるかどうかで物事の可否や進み具合が変わることもありますし、袖の下が必要なこともあります。けれどそれも全部「ロシア流」と割り切って事業を開拓し、成長させるしかない。僕が当初感じた文化のギャップをこれからロシアで事業を始めようとする方々のために埋めていくことこそ、僕の役割だと思います。

ロシアの教科書に載る人物になりたい

―いま手掛けている事業で特にやりがいを感じているものはありますか?

公官庁からの仕事も請け負い、日本企業がロシアへ進出するための組織づくりをしています。また元看護師という経歴を評価してもらい、日本の病院食や介護職ロシアへ展開するための事業や日本の母子手帳をロシアでも普及させるための支援も手掛けています。自分の専門知識を生かした領域での仕事が増えていることにはとてもやりがいを感じます。

—今後はどのような仕事を展開していきたいとお考えですか。

1、2年後にロシア産の日本酒を造りたいと考えています。元看護師が運営している企業として、ロシアのみなさんの健康づくりには寄与していきたい。そこで味噌や醤油など日本の発酵食品に目をつけました。発酵食品を食べれば腸内環境が改善され健康状態もよくなる。いまは日本から麹を積極的に輸入し、発酵食品の製造や販売準備を進めています。日本酒はその延長上にあるもの。この事業は自分自身にとってワクワクするものであると同時に、世の中に意義を感じられることなのでいまからとても楽しみです。

—夢はありますか。

ロシアの歴史の教科書に載るようなことをしてみたいです。自分のやることが、結果的に世の中のためになるといいなと。
僕は自分が一番役に立つ場所、必要とされるところにいたいと思っています。ロシアは好きですが、一生をロシアで過ごさなくてもいい。僕がいま一番世の中の役に立てる場所がロシアであるだけで、今後はもしかしたらそれが日本になるかもしれないしスペインになるかもしれない。自分ができることを最大限に生かせる場所、人に必要とされる場所へ行きたいです。

大切なのは「パチムー」を
問うこと

―自分の能力を生かすためには何が必要なのでしょう。

好奇心を持つことだと思います。うちにも3歳と5歳の子どもがいるのですが、子どもは何にでも興味を持って「何これ?」「なんでこうなってるの?」といつも問いかけてくるんですよ。ロシア語では「パチムー」というのですが、そうやって問いを立てていくと新しい課題が見えてくる。そうするとやるべきことがわかってきます。
それからやりたいと思ったことは声に出して人に宣言することが大切なのではないでしょうか。僕が「日本酒を造りたい」と言ったのもそのためです。声に出せば応援してくれる人が現れ、目標に近づける。想いを伝えること、短期でも目標を設定することはとても大切だと思います。

―鬼島さんにとって「はたらいて、笑おう。」とは?

「はたらく」って自分と社会をつなぐ重要な役割だと思っています。そして自分を知ることのできる一つの手段。人ははたらくことを通じて自分を見つけられるのではないでしょうか。自分の口ではなかなか自分自身のことをうまく表現できません。ホログラムのようにいろいろな人の眼が自分を映し出してくれるからこそ、客観的な複数の視点が結びついて自分の像が浮かび上がってくる。はたらくことを通じて多角的に自分を見られることは、自分を知るためのヒントになると思います。
仕事の報酬は次の仕事をいただけることですね。僕にとってはそれがとてもうれしいです。誰かに必要としてもらえて、誰かのために役に立てること。それを実感できることが笑顔につながると思っています。(文・大川 祥子  写真・北村 渉)

グローバルチャレンジ部門
受賞を受けて

このような名誉ある賞は、これまで私の突拍子もない取り組みに賛同し、支え、共に歩んでくれた仲間や家族に捧げたい気持ちで一杯です!そしてこの様な私の活動が、少しでも多くの人が世界に目を向け羽ばたくきっかけになれば嬉しいです。今回の受賞の喜びを糧に、これからも日本と世界をつなぐ役割として、楽しく大きく社会貢献していきたいと思っています!

鬼島 一彦さん

MTCJAPAN 取締役 経営者/Hinomaru Noodle 代表取締役 経営者/Choudo Ramen ブランドシェフ 共同経営者/Ennichi(日式カフェ居酒屋)共同経営者

このような名誉ある賞は、これまで私の突拍子もない取り組みに賛同し、支え、共に歩んでくれた仲間や家族に捧げたい気持ちで一杯です!そしてこの様な私の活動が、少しでも多くの人が世界に目を向け羽ばたくきっかけになれば嬉しいです。今回の受賞の喜びを糧に、これからも日本と世界をつなぐ役割として、楽しく大きく社会貢献していきたいと思っています!

鬼島 一彦さん

MTCJAPAN 取締役 経営者/Hinomaru Noodle 代表取締役 経営者/Choudo Ramen ブランドシェフ 共同経営者/Ennichi(日式カフェ居酒屋)共同経営者

WORKS

  • ウラジオストックの旨味ラーメンクラブで指導とメニュー開発の様子
  • サンクトぺテルブルクでシェフ向けにラーメンのマスタークラスを開催
  • ラーメンのマスタークラスの様子
  • 農林水産省 米粉事業 農林水産省ブース運営スタッフ一同
  • ラーメン2号店オープンの様子

鬼島 一彦 MTCJAPAN 取締役 経営者/Hinomaru Noodle 代表取締役 経営者/Choudo Ramen ブランドシェフ 共同経営者/Ennichi(日式カフェ居酒屋)共同経営者

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