ダイバーシティ部⾨
生まれつき重度の聴覚障害があり、読唇術で相手の言うことを理解する。地域の学校に通い神戸大学に進学、一般採用でソニー株式会社に入社。第1子に50万人に1人の難病があり、育児中にさまざまな選択肢の少なさを経験したことをきっかけに、株式会社デフサポを立ち上げ、聴覚障害児の親への情報提供、ことばの教育を実施。また一般の人に難聴を知ってほしいとYouTube 「デフサポちゃんねる」(10万人登録)を始める。
生まれつき重度の聴覚障害を持ち、読唇術で相手の言葉を理解する牧野友香子さん。現在は自身の過去の体験をベースに、聴覚障害児の療育支援を行う株式会社デフサポを運営し、当事者とその親が自分らしく生きられる社会作りを目指します。取り組みを始めた経緯、そしてその先に見据えている世界についてお聞きしました。
— 聴覚障害が判明したのは、2歳の時とお聞きしました。当時の様子を教えてください。
私の場合は聴覚障害のなかでもかなり重度で、生まれつきほとんど何も聞こえていませんでした。私が2歳になって、母がようやく異変に気づいたのは、ある日の夜、電気を消してからのリアクションに違和感を覚えたことがきっかけです。電気がついている時は何かしらのリアクションをするのに、消灯した途端に名前を呼んでも反応しなくなるので、何かがおかしいと感じたそうです。そこで検査をしたところ、聴覚障害が発覚し、2歳半で補聴器をつけることになるのですが、それでもほぼ人の声は聞こえませんでした。
— しかし、こうして対話をしていても、ほとんど障害を感じさせません。
私は相手の口の動きを見て、発言の内容を理解しています。どうにかコミュニケーションを取りたいと考えて、生活のなかで自然に習得したものです。だからよく誤解されるのですが、気を使ってゆっくりと話されると、いつもと口の動きや形が変わるので、何を言っているのかかえってわかりにくくなってしまうんですよ。
— つまり、コロナ禍によるマスク社会は、牧野さんにとって不便極まりないですね。
そうなんです。口が隠れてしまうので困っています。たとえばコンビニで買い物をする際も、店員さんが「温めますか?」とか「お箸は必要ですか?」と聞いていても、私には何も聞こえていないので、おかしな間があいてしまうんです。店員さんにはけげんな顔をされ、後ろに並んでいる人からのプレッシャーも感じ……いまの生活は本当に大変ですね。
しかしその反面、この2年でオンラインでのコミュニケーションが浸透したのは、私にとってありがたいことです。画面越しであればマスクをしなくていいですからね。はたらきやすさは倍増しています。
— そうしたハンディキャップを持ちながら、起業を決意したきっかけは何だったのでしょうか。
大学卒業後、私は一般採用でソニー株式会社に入社し、人事部で労務を担当する傍ら、ダイバーシティの新卒採用にも携わっていました。毎日が楽しく、非常に充実した日々を送っていましたが、在職中に産まれた第一子が50万人に1人の難病を抱える障害児であることが判明しました。そこで子育てを通して痛感したのが、療育(※障害などを持つ子どもに対する支援や育児相談のこと)やリハビリなどのサポート体制が、まだまだ不十分であるということでした。
そのため、我が子のために自由な選択をしたくても制約が多く、かといって相談する相手も身近にはいません。この子がこれからどうなるのか、そもそも学校に行けるのか、毎日悶々と悩むうちにふと気づいたんです。同じように子どもに障害があって苦悩している親御さんはほかにもいるはずで、難病に関しては私たちもまだまだ新米ですが、聴覚障害のことであればそういう人たちの気持ちに寄り添いながら、正しい情報を届けることができるのではないか、と。そこでソニー在職中の2017年にデフサポを立ち上げました。
— デフサポの事業内容は?
デフサポの事業の柱は大きく3つです。1つは難聴児にいかに言葉を教えるかという教育事業。2つ目は、人事部時代の経験を生かして、障害者の雇用とはたらきやすさを支援するコンサルティング業務。そして3つ目が、聴覚障害についてより多くの人に知ってもらうための啓発事業です。
— デフサポ設立の翌年にはソニーを退職して、この事業に専念されています。独立を後押ししたものは何ですか。
本当はソニーを辞める気はまったくなかったんです。素敵な仲間や上司に恵まれましたし、仕事も充実していました。しかし、いざデフサポの事業をスタートしてみたら、私が思っていた以上に情報を必要としている人が大勢いることがわかり、これは本腰を入れて取り組まなければならないぞと、使命感が芽生えたんです。
— NPOや一般社団法人ではなく、株式会社の形態を採ったのはなぜですか?
困っている人に向けた支援事業であるからこそ、持続性が必要です。そのためには事業としてしっかり収益をあげられるモデルを作らなければならず、株式会社という形でチャレンジするのがベストと判断しました。それに私自身が、障害があっても1人の社会人としてちゃんと稼げるんだという姿を示したいとの想いもあります。
— これまでの活動を振り返って、苦労している点は?
先天性難聴児は、年間で800~900人ほど産まれています。事業目線で考えた時、マーケットサイズは十分とは言えません。もちろん、難聴児が増えて欲しいということではなく、彼らをサポートするためにも会社経営を安定する必要があり、難聴児支援以外の事業を開拓していく必要がありました。
— では、事業を通して喜びを感じる瞬間は?
いまは、早期に難聴か否か発見するために、生後3日で新生児聴覚スクリーニング検査が実施されます。しかし、親の立場からすれば、産んだばかりの子どもに難聴児の可能性があると宣告されれば、絶望的な気持ちになるのも仕方のないことです。そこでデフサポには「どうすればいいんでしょうか」、「子育てを続ける自信がありません」といった悩み相談が多く寄せられますが、一つひとつの事例に寄り添い、時には私自身の体験を例に、できる限りの情報提供とサポートを行ってきました。
その結果、「元気がわいてきました」とか、子どもの成長に伴って「いま育児がすごく楽しいです」などと言ってもらえた時には、何物にも代えがたい喜びを感じます。何より、そのお子さんがすくすくと育ち、難聴である事実もひっくるめて自分らしく、楽しそうに親子で会話をしている姿を見るのは幸せなことです。
— 難聴児にとって、言葉を獲得することはどのような意味を持つでしょうか。
日常のコミュニケーションも頭の中で思考を巡らせるのも、すべては言葉を持っていることが前提です。言葉を覚えなければ知見やスキルを磨くこともできませんし、それは将来の学歴や年収を大きく左右します。だからこそ、幼少期から言葉の学習をサポートしてあげられれば、ある程度自立して生活できるようになるはずです。いまデフサポがサポートしている子どもたちが将来、それぞれのフィールドで普通に活躍するような未来を作ることが、私の一番の目標です。
— 牧野さんは最近、YouTubeチャンネルを立ち上げました。その狙いは何でしょう。
聴覚障害についての理解を広めることです。たとえば、聴覚障害者が日頃どのようにコミュニケーションをとっているのかなどは、動画で見ていただくのが手っ取り早いですからね。私の場合は読唇ですが、いろいろなコミュニケーション手段があることを知ってもらいたいと思っています。実際、動く私を目にしたことで、「文章で読んでいたときより親近感がわきました」という声もいただいています。
ただ、最初のうちは堅苦しい内容になってしまって、あまり反響が得られませんでした。そこで、夫にも登場してもらって2人の馴れ初めを語るなど、専門情報だけではなく生き方やエンタメ性のある内容にシフトしてからは、多くの人に見てもらえるようになりました。聴覚障害者の実情を知っていただくために、これは今後も続けていきたいと思っています。
— 障害をタブーにせず、オープンに語れる場を作ることは大切ですね。
その通りです。周囲からするとどうしても、気になっていても本人には直接聞きにくいことがたくさんあるでしょう。でも、こちらからすれば、何でも気軽に聞いてほしいですし、それによって理解してもらうことが一番なんですよ。とくに聴覚障害は見た目ではわからない障害なので、これは重要なことです。
コロナ禍でマスク生活が始まったばかりのころの話ですが、道端で次女がわんわん泣き出したので、何を言いたいのかを聞くためにマスクをはずさせたんです。すると、通りがかった男性がすごい剣幕で怒り出して……。それもマスクをしているので私には何を言われているのかわからなかったのですが、あとで子どもに聞くと、「マスクをはずすな」と怒鳴っていたそうで。これも、相手が聴覚障害者であるという想像が及ばないからこその出来事ですよね。あらためて、まだまだ知ってもらわなければならないことは多いと感じています。
— 牧野さんにとっての「はたらいて、笑おう。」とは?
私、昔からはたらくことが大好きなんです。最近は仕事と子育てに追われ、まったくプライベートな時間が持てずにいるのが悩みではありますが、仕事をしなくなったら自分が自分でなくなってしまう気がします。その意味で、こうして私と同じ境遇の人たちに少しでも役立つであろうことを生業にし、それに全力を尽くせる環境があるのは幸せなことだと思います。
事業として運営するからには、お金を稼ぐことだって大切です。でもそれ以上に、デフサポがサポートしている皆さんが、1人でも多く自分らしく生きていけるようになることが、いまの私の最大のモチベーションです。
選考委員・前野隆司様より
重度の聴覚障害でありながら、読唇術で会話ができるようになり、周りに協力を得ながら発音やイントネーションを改善していった努力が素晴らしい。また、障害者だから助けてもらうのではなく、自立ししっかり給与を得られるようになるために「言語を得る」ことが不可欠だという考え方には大変感銘を受けました。デフサポの活動、心から応援します。
このような光栄な賞をいただくことができて心より感謝しております。今はまだ障害者がキャリアアップしたり、はたらきやすい世の中とは言えません。ただ、私の様に耳が聞こえなくても、環境さえ整えば仕事の成果も出せるし、経営者にだってなれるんだということをもっと多くの人に知って頂けると嬉しいです。そして、何よりスタッフや応援してくださる皆様の支えがあっての受賞だと思います。本当にありがとうございました!