サステナビリティ部⾨
三重県出身。首都圏の企業で人事、人材育成のキャリアを積んだ後、大学生時代から農業インターンを通して親交を深めた北海道十勝に移住し起業。「都市と農村にタスキをかけ、次世代にタスキをつなぐ」をミッションに、十勝の農家、企業と全国の若者をつなげ双方を育むインターンを軸に事業展開を行う。コロナ禍を機に十勝の仲間と自然栽培の畑を開墾し「誰もが分け隔てなく集い、働き、暮らせる居場所づくり」に取り組んでいる。
北海道・十勝地方で日本最大級の農業インターンシップ事業を運営し、これまで1,500名以上の若者育成に携わってきた山内一成さん。「地域農業×自分発掘」をかけ合わせたプログラムで、参加者と地域、双方の課題解決に貢献してきた原動力は、山内さん自身がこれまで大切にしてきた共に笑い合える仲間の存在にありました。
— 山内さんが農業に興味を持ったきっかけは?
三重県の実家が兼業農家だったという接点はありますが、だから農業に興味を持ったかというと、実はそうではないんです。両親は会社員生活の合間に米作りをしている程度で、たまにそれを手伝うこともありましたが、正直子どものころはまったく農業に関心は湧かなかったですね。
ただ、物心ついたころからやはり、田んぼは身近な存在でした。幼少期はとくに、親が農作業をしている傍らでよく蛙を捕まえて遊んでいましたから。
— では、仕事で農業と関わるようになったのは?
大学在学中に、人材開発系のベンチャー企業で「北海道農業インターンシップ」の立ち上げをお手伝いしたのが原点です。これが十勝地方とのご縁の始まりでもあり、その後、就職してからもしばらく農業インターンの受入農家さんと学生をつなぐコーディネーターとして農業に関わり続けていました。
ところが、所属先の会社の経営が悪化し、事業の継続が難しくなってしまったことから、一念発起して起業し、自分で事業をやる決意をしました。
— 農業インターンシップとは、どのようなプログラムですか?
正式には「ネイチャーダイブプログラム」、「アグリダイブプログラム」と呼んでいて、全国の若者と十勝の農家をつなぎ、農作業とそれに伴う共同生活を通して人材育成を図る、約1~2週間のプログラムです。自然と直接触れ合い、農作物を育てる苦労を肌身で感じられる農業は、作物だけでなく人を育てる最高のフィールドで、2000年にスタートしてからこれまで1,500名以上の人に参加していただきました。
— 農業を通したプログラムで、参加者にはどのような変化や成長が見られるのでしょうか。
参加者には、何かに思い悩んでいたり、生きづらさを抱えていたりする人が大勢います。そのため、当初は引っ込み思案でなかなか思っていることを口に出せない人も珍しくないのですが、土を触り水に触れ、大自然の中で感受性が豊かになる農業だからこそ、プログラムが進むにつれて次第に周囲と打ち解け、自分の考えを積極的に発信できるようになるケースは非常に多いです。
面白いもので、そうした変化は見た目にも顕著に表れるんですよ。笑顔が増えたり目の輝きが増したり、表情がどんどん豊かになっていく様子を見守るのは、こちらとしても嬉しいことです。
— 会社を辞めて、自ら起業して事業を運営することに、迷いはありませんでしたか?
それはもちろんありました。独立すると決めた直後は、崖っぷちに立たされているような不安感を覚えましたが、それでも農業インターンシップのプログラムは僕自身が20代の時から携わってきたもので、この体験が人生の転機になった若者たちが大勢います。十勝の農家さんからも「ぜひ続けてほしい」という声が多く聞かれたことから、だったら自分でやるしかないだろうと腹をくくりました。
ただし、農業インターンシップは収穫の時期に合わせた期間限定のプログラムです。事業に持続性を持たせるためには、いかに収益を安定させるかがポイントになります。そこで現在は、十勝の企業と全国の学生をつないで一緒にチャレンジする産官学連携プラットフォーム「tokachi field action Lab」の運営や、年齢・生い立ち・国籍・障害の有無など、どんな立場の人でも分け隔てなく集える居場所づくりを目指す農業法人「ミナイカシ」を運営したり、十勝の主婦・生産者・食関連事業者などとともに地産地消プロジェクト「とかPEACE」を立ち上げたり、事業の多角化に取り組んでいます。また、兼業で一般社団法人「十勝うらほろ樂舎」の人材育成室長を務めるなど、一つの組織の枠組みを超えたはたらき方を通じて、よりたくさんの仲間たちと協働することができています。
— 2016年にTASUKI 有限責任事業組合を設立してから6年目になります。ここまでの活動を振り返っていかがですか。
想像していたよりも、非常にいい形でやれていると感じます。TASUKI単体の売上げこそコロナ禍もあって当初イメージしていたレベルには達していませんが、東京にいたころよりも生活の質は向上していますし、何よりも農業を通してこれほど多くの人たちと関わり合えるとは思っていませんでした。
また、やりたいことが次々に実現できているので、充実感を持って毎日はたらくことができています。農業インターンシップを中心にさまざまな人々と出会え、そこから生まれた事業が個人の課題だけでなく地域の課題を解決する一助になるという、非常にいいサイクルが築けていると思います。
— 十勝の農業はいま、どのような課題に直面しているのでしょうか。
やはり担い手不足でしょう。十勝の代表的な作物であるジャガイモを例にすると、雪がとけた春先に種を植え、8~9月に収穫の最盛期を迎えるのですが、毎年この時期深刻な人材不足に陥ります。そこで、農業インターンシップ参加者の力も借りて、若者と地域の双方がプラスの効果を得ることを目指しています。
また、将来的な課題としては、個人的にはこれからスマート農業が浸透することで、人と農業の距離がますます遠くなるであろうことに懸念を感じています。もちろん生産効率の向上は歓迎すべきですが、その農作物を誰がどうやって作ったのか、背景にあるストーリーから学ぶことも多いはずです。これは畑作だけでなく酪農も同様で、その背景に目をやれば、たとえば牛に与える飼料の大半を輸入に頼っている現状など、潜在的な課題に気づかされることもあるでしょう。農業を持続的なものにするために、農家だけでなく私たち生活者一人ひとりがそこに関心や意識を持つことは非常に重要です。
— 人事部時代に培った知見や経験はいま、どのような場面で生きていますか?
会社員時代は採用から教育、組織開発までひと通りの業務を担当しましたが、その人が持っている価値を掘り起こし、育み、発揮できるようにサポートするという点では、現在の取り組みも同じです。そして、そのためには目の前にいる一人ひとりとしっかり向き合うことが重要で、こちらもすべてをさらけ出して信頼関係を築く必要があります。
そうしたコミュニケーションや関係構築というのは、これまでの人生で最も大切にしてきたものなので、場所が十勝に、フィールドが農業に変わっても、やるべきことは基本的に変わらないと思っています。
— では、人間関係の構築において重視していることは?
「この人とあの人が結びついたら、きっと面白いものが生まれるだろうな」という視点は大切にしています。組織や立場を問わず横断的に立ち回って新しいものを生み出すようなことを、会社員時代からやっていました。実際、立場の違いなどから相反する意見を言っているような人同士でも、それぞれの想いを掘り下げて丁寧につなぎ合わせてみると、結果的に同じ課題に取り組む「同志」だと気づいて意気投合するようなことはよくあるんですよ。
— まさに組織の名称にも使われているように、「TASUKI」をつなぐ精神ですね。
そうですね。仕事を通して心から笑おうと思ったら、やはり1人ではむずかしいですから。たまに1人で事務所にいる時に、自然に笑いがこみ上げることもありますが、それはたいてい誰かの存在を思い浮かべているときです。
誰かとつながりを感じられるというのは重要な感性で、逆に一緒にはたらいている仲間とつながりを感じられないのであれば、それはもったいないことです。農業はそういった感性を養うことにも貢献してくれるんですよ。収穫の苦労を体験したことで、食べることの価値を再確認し、ひいては「親や家庭のありがたみがわかった」と言う人も少なくありません。
— 山内さんがはたらくうえで大切にしていることは何ですか?
僕は前職の時代から、「心が先、頭が後」、「起こることは、すべて良いこと」、「だからこそ、できること」という、3つのモットーを常に心に携えているんです。
まず「心が先、頭が後」とは、自分の中から湧き上がる衝動やワクワク感が先にあり、それを実現するためにどうすればいいかを考える手順で取り組むほうが、何事も良い結果につながるということ。「起こることは、すべて良いこと」は、何らかの壁やトラブルに直面した場合でも、それ自体に必ず意味があると考え、糧に変える努力をすること。そして「だからこそ、できること」は、“自分だからできること”を考えて強みを発見したり、“コロナ禍だからできること”を考えて、いま取り組める何かに邁進したり、常に前進するために何ができるかを考えようということです。
— 山内さんにとっての「はたらいて、笑おう。」とは?
この世の生き物はすべからく、他の誰か、あるいは何かとつながりを持つなかで笑顔になれるものだと思います。年配者と若者、都市と農村、生産者と消費者、人間と地球。さまざまなタスキをつないで豊かな関係性を築くことに貢献するのが、僕にとってのはたらくことであり、笑うことです。
最近は、一緒に事業に取り組んでいる妻と笑うことが増えました。良い意味で仕事と家庭の境が曖昧なので、ご飯を食べながら、その日に出会った人やそこから生まれる新しい事業のアイデアを話していると、自然に笑顔がこぼれます。それだけ、いま毎日が充実しているということでしょうね。
選考委員・辻愛沙子様より
着眼点が面白い。人材不足に悩む地域の農家と、情報過多になり内省の時間を求めている若者のマッチング、そしてそれにより単なるサービスで終わらない社会コミュニティづくりへと貢献している、大いに大義を感じるプロジェクト。人事のキャリアあってこその事業で独自性も高いと感じました。
目立ちにくい地道な取り組みに光を当てて頂き、嬉しく思います。十勝でのご縁を基にした沢山の仲間や応援者の存在があってこそ、十勝の先人達が開拓し築かれた礎があってこその取り組みです。おごることなく「次世代にタスキをつなぐ」そのために、変わらぬ姿勢で継続していきます。「人は孤独では笑えない。繋がりを感じるからこそ笑える」のだと思います。今回の表彰を機に、新たな繋がりが生まれ、次世代が安心して笑える礎づくりをまた一歩進められたら幸いです。