小田急電鉄・丸井グループの最新事例から学ぶ

日本の大企業が、全社員型タレントマネジメントを志向する理由とは?

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    株式会社パーソル総合研究所 代表取締役社長 渋谷 和久
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    小田急電鉄株式会社 人事部長 深海 尚 氏
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    株式会社丸井グループ 人事部 人事課長 寄川 昌俊 氏

事業環境が急速に変化する中、日本企業において全社員型タレントマネジメントが注目を集めている。一部の優秀な人材だけでなく社員一人ひとりを対象に、データに基づくタレントマネジメントにより個人と組織の持続的成長を図っていく点が特徴だ。株式会社パーソル総合研究所の渋谷は「これからのタレントマネジメントは3K(記憶、経験、勘)ではなく、新3K(記録、傾向、客観性)が必要になる」と強調する。「情報を蓄積・活用する計画的な人材育成が重要」、「人事情報を一元管理し中長期にわたる支援が大切」など、先行事例として紹介された小田急電鉄株式会社と株式会社丸井グループの人事担当者は率直に語る。経営に貢献する戦略人事実現のヒントが見えてきた。

先進的な日本企業が
全社員型タレントマネジメントに
注目する理由

近年、日本においても企業変革を促進し持続的成長を実現するために、戦略的な人材活用を行うタレントマネジメントが注目を集めている。一般的にタレントマネジメントという言葉から思い浮かぶのは、次代の経営を担う優秀な人材を発掘・選抜し、計画的に配置や教育を実施し伸ばしていくといったイメージではないだろうか。しかし、先行導入する日本の大手企業の取り組みは、そうしたイメージを覆す。

「近年、日本企業において全社員の戦力化を掲げ、一部の優秀な人材だけでなく、あらゆる人材を対象とする全社員型タレントマネジメントへシフトしていく動きが活発化しています。2018年4月以降、タレントマネジメントの導入を検討する100社様とお話させていただく中でも、こうした傾向は顕著でした」と、株式会社パーソル総合研究所(以下、パーソル総合研究所) 代表取締役社長 渋谷和久は指摘する。

派遣・人材派遣のパーソルテンプスタッフ、求人情報・転職サイト「doda(デューダ)」をはじめ多彩な人材サービスを提供するパーソルキャリアなど、人と組織に関する社会課題を解決するパーソルグループ。パーソル総合研究所は、グループのシンクタンクとして調査・研究を行うとともに、豊富な知見をもとにコンサルティングや人材開発・社員研修はもとより、独自のタレントマネジメントシステムを提供している。

日本企業において全社員型タレントマネジメントへのシフトが進む背景について渋谷はこう説明する。「製造業を含むさまざまな分野でサービス業化が進展する中、企業の競争優位を確立する上で、現場で働く一人ひとりの社員の創意工夫や現場での気づきが、ますます重要になってきています。また、人手不足の深刻化や働き方改革の推進の観点では定着化と生産性向上を図るために、人材の適材適所の精度を高めることが必要です。さらに中途採用やM&Aの一般化に伴い、多様な人材の最適化も求められています」。

これまでとは人事管理の方法を変えることも必要になると渋谷は強調する。「一部の優秀な人材を対象とする場合、3K(記憶、経験、勘)でも対応できました。しかし、全社員が対象になると、記憶だけではカバーできないため、新3K(記録、傾向、客観性)が必要です。記憶から記録へ、タレントマネジメントシステムを導入済・検討中の企業(従業員1,001名以上)の合計が40%を超えるという2016年の調査結果があります(※)」。
(※)HR総研の2016年度調査より引用

記憶から記録へ、タレントマネジメントの方向性

 

【小田急電鉄株式会社 事例紹介】

保有スキル、強み、弱みなどの情報を記録し、社員一人ひとりの育成を強化

小田急グループは、1日約207万人、年間約7億5,000万人が利用する小田急電鉄株式会社(以下、小田急電鉄)を中心に、運輸、流通、不動産、ホテル、レストランなど約100社で形成されている。中核企業の小田急電鉄は社員数約3,700人、グループ会社も含め将来の経営を担う人材候補として毎年15〜20名を総合職に採用。5年程度のローテーションでさまざまな事業を経験させることでゼネラリストの育成を図っている。

少子高齢化、訪日外国人の増加、地域間競争の激化、AIやIoTの進展など事業環境が急速に変化する中で、人材育成の考え方の転換が求められている。小田急電鉄 人事部長 深海尚氏は「ゼネラリストに加え、新規事業の推進や海外事業の展開などにおいて他業種と競争するための専門スキルを保有する人材の必要性が増しています。また2020年度以降、事業環境の不確実性が高まっていく中、ハイパフォーマーのみならず社員一人ひとりの育成を強化し、生産性の向上を図っていくことが重要です」と語り、これからの人材育成で重要となる3つのポイントを挙げた。

  1. これまで人事担当者の記憶に頼っていた、個人のプロジェクト経験や保有スキルなどの情報を記録し、より一層の適正配置、新規事業などの適材発掘を実現
  2. キャリアビジョンや強み、弱みなどの情報を蓄積し計画的な人材育成を促進
  3. 上司と部下との面談内容なども累積記録し、それらの情報を活かしコミュニケーションの活性化を図り育成を強化

続けて深海氏は、「この3つのポイントに加え、ペーパーレス化による職場管理者や人事担当者の業務効率化を実現するべく、タレントマネジメントシステムを導入することにしました。現在、まず総合職に適用するべく準備を進めています」と話す。

小田急電鉄におけるタレントマネジメント導入の背景

 

【株式会社丸井グループ 事例紹介】

人事情報の一元管理を実現し、個人と組織の持続的な成長を支援

株式会丸井グループ(以下、丸井グループ)は、年間のべ2億人の顧客接点を持つリアル店舗を運営する小売事業と、約657万人のエポスカード会員を有するフィンテック事業が一体となる独自のビジネスモデルで、グループ総取扱高は2兆1,000億円を超える。同グループは、リアルとネットを融合するオムニチャネル化の強化、シェアリングやアニメといった新規事業の創出など新たな成長戦略を進めている。持続的な企業価値向上を実現していく上で「技術革新に対応できる人材とともに、さまざまな知見を持つ人材の採用・育成が急務になる」と丸井グループ 人事部 人事課長 寄川昌俊氏は強調する。

丸井グループでは独自の一体経営を行っており、グループ会社間異動率が50%近くに及ぶ。さまざまな知見や経験を有する人材が豊富に存在することは、グループの大きな強みだ。この強みをさらに活かすために、タレントマネジメントシステムを導入したと寄川氏は話す。「丸井グループ全社員5,500人のうち、顔や名前、特徴を覚えている人数についてベテランの人事担当者に尋ねたところ、回答は約2,000人。これは確かに凄い人数ですが、5,500人の全社員一人ひとりを把握した人事を行っていかないと、これからの時代に適応できません。タレントマネジメントシステムの導入は、経歴、職務適正、学び、将来の希望など人事情報の一元管理を実現することで、採用から育成、配置まで長期にわたり一人ひとりの成長を支援していくことが狙いです。変化に強い人材を育成し、イノベーションを起こしやすい組織風土の醸成につなげることを目指しています」。

戦略的な人材育成の実現へ、丸井グループにおけるタレントマネジメント導入の狙い

 

丸井グループでは、2017年度下半期からタレントマネジメントシステムの稼働を開始し、直近2度の定期人事異動で活用した。「最適人材を探すために要していた手間と時間の大幅な削減により、人事部門の残業時間が2割減りました。また会議室で画面を見ながら人材配置の検討が行えたことによりペーパーレス化の推進も図れました」と寄川氏は効果を語り、今後について言及した。「学びの見える化により、『学び→上司サポート→配置→成長実感』という好循環サイクルをつくり、個人と組織の持続的な成長に貢献していきたいと思います」

 

「データに基づく
全社員型タレントマネジメントの
必要性について」

 

渋谷 人事担当者の記憶ではなく、データに基づく人事の重要性についてお聞かせください。

深海氏 現在、導入準備を進めている総合職は総数500人程ですから、人事担当者の記憶に頼った人材管理を続けることも可能です。しかし、個人の印象も含め、その人の情報を正しく覚えていないなど、記憶には曖昧な要素が入り込みやすい。常に情報をアップデートし客観的に把握するために、データに基づくタレントマネジメントの活用は非常に重要です。

寄川氏 従来、人事に関するデータが散在していたため、例えば過去5期分の自己申告のデータを見たいときなどには多くの時間と手間を要していました。人事情報の一元管理により短期はもとより中期にわたって個人の成長を見ることができることで、より適正な配置や人材育成が行えるメリットは計り知れません。

渋谷 今後の取り組みや将来の展望についてお聞かせください。

深海氏 小田急電鉄ではお客様の安全確保の観点も含め、乗務員の健康管理を重視しています。そうした情報もタレントマネジメントシステムで記録し、適切な人員配置に活用していきたいと考えています。小田急電鉄の全社員、さらにグループへの展開を見据えながら、まずは総合職から活用をスタートしていきます。

寄川氏 タレントマネジメントシステムでeラーニングなどの受講履歴や各個人に必要な学びのメニューの見える化を図り、店舗の販売員も含めた全社員が自ら学ぶきっかけづくりを行っていきたいと考えています。また再雇用の活躍を見据えた拡張も検討中です。社員一人ひとりが成長を続け、お客様の「しあわせ」を共に創り上げていくという、丸井グループが目指す「共創経営」に貢献していきたいと思います。

渋谷 本日、お二人のお話を伺って、全社員型タレントマネジメントが企業経営にとって喫緊の課題であることを改めて実感しました。その成功の鍵を握る人事の役割の重要性、戦略人事の必要性が今後ますます高まっていくと考えています。

本記事は2018年11月30日開催の「人と組織の未来アカデミー」の講演を記事化したものになります。

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